第34話 幕間回・重要『彼がクレイヴァスだった日』 ルーヴェントの過去

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第34話は傭兵団長ルーヴェントの過去の話。

これはルーヴェントが『クレイヴァス』という名前だった最後の日の記憶。



【クレイヴァス・ダクドサフィアル・フロストハイム】

 フロストハイム王国第一王子、当時十八歳。

 国を治めるのは父である国王フロストハイム大公爵。

 彼には、姉・セントリーシアと妹・ベーグルがいた。



 エフタル王都から遙か西、フロストハイム大公爵の居城。

 長きにわたり続いたフロストハイム王国の平和は、夜陰に紛れたガシアス帝国の兵の急襲をうけ一夜にして終わことになる。



 ――― 敵襲っ、敵襲っ!

暗闇の奥底から、かすかに配下の声が聞こえてくる。



「敵襲だって、言ってるっしょが! えいやあっ」

 掛け声と共に、部屋の扉が破壊される。大剣を装備し鉄の鎧に身を包んだ若き【近衛兵長ディルト】が配下を数人を従え、血相を変えて入って来る。


「ん…んぁ、あ?」

「きゃあっ」

 ベッドで熟睡していた俺(=クレイヴァス=ルーヴェント)は、額に手を当て首を左右に振る。となりで裸で寝ていたメイド長の【カシス】は胸と股間を隠すと、恥ずかしそうに声をあげた。


 叫び声、煙の匂い、剣激の音。そして、闇を照らす赤い炎。

 周囲の異様な気配で一気に眠気が飛ぶ。

 飛び起きたカシスが、すばやく床に脱ぎ捨てていたメイド服を身にまとい、さらには腰まで伸びた漆黒の長髪を頭の後ろにまとめる。


「敵襲だと?」

 俺は全裸のまま立ち上がると、近衛兵長ディルトを睨みつける。

「ガシアス帝国の裏切りっす。……って探したっすよ、メイド長」


 言葉をふられたカシスは動揺すら見せず、鋭いいつもの表情にもどっている。部屋から持ち出せるものを選んでいるようだ。

 

 配下の兵が答えをつづける。

「ガシアスが同盟を破棄して夜襲をかけてきたようです。火の手が城の大半に広がっています」

「敵の数はおおよそにして二百、我ら五十の守備兵ですが、隙をつかれて混乱状態です」

 

 部屋に武具は置いていない、とりあえず衣服をまとうと外を目指す。


 煙のにおいが漂ってくる通路を走り、中庭に出る。

 夜でも雲は白く見えた。


 炎と人の叫び声。炎が雲に届くまで立ち上がり、完全に昼間のような明るさだった。もはや、城の大半が燃えていることを認めざるを得ない。

 父王のいる塔はすでに炎に包まれており崩落間近となっており、勝機はもはやないと悟る。


(指揮系統の立て直しは、完全に無理かよ)


「親父たちは……、あ、【姉上】は? 【ベーグル】は無事か?」

ディルトの側にいる兵にたずねるが、把握し切れていないのだろう、彼らは首を静かに振るのみだった。


「まずはご自身の安全を考えて下さい。地下水路に舟があります、それで海に出ましょう」

 カシスがそう言った時、背後から声をあげて駆け寄って来る者がいた。


「兄上、早く落ち延びて下さいっ、わたしは姉上たちを助けにいきますから」

 透明な美しい声だった。


―――― 亜麻色の美しい長髪に、水色の髪留めがあった。

 愛くるしかった妹、その藍色の瞳が、今は憎悪に燃えている。


 三つ年下の妹【ベーグル・ファンダ・フロストハイム】が、数名の兵を率いて剣と鎖帷子を身に着けている。


「ベーグル様、落ち着いて! もはや手遅れです。殿下と共に避難を!」

 押さえつけようとするカシスを払い、行く手をさえぎるディルトと配下の兵をスルリとかわす。ベーグルは勇敢にも叫び声をあげると、剣をかかげ姉の居室の方向へと走り出す。

 数人の兵が後を追う。


「待て、ベーグルッ! 行くんじゃねえ」


 叫んだ。

 お前が、いくら剣の腕が立とうと、どうにもならない状況だってのが分からないのか。

 ―――それを愚かというのだ、ベーグル。

妹を、引き戻さないといけない。


「あの馬鹿(=妹ベーグル)を止めに行くぞ」


 叫んだ瞬間、カシスがサッと手をあげた。合わせるようにディルトが後ろから手を回し俺を抑え込んでいた。カシスが無理矢理に唇を合わせて俺の口に何かを含ませている。一気に意識が遠くなってゆく。


(カシスの野郎め、眠り薬を飲ませやがったか……)


 赤い闇の中に落ちてゆく。


 赤い闇はやがて、真の漆黒の闇へと変わってゆく。


「ディルト兵長お願いします、殿下を地下水路まで運んでください」

 暗闇のかなたでカシスの声が、最後に聞こえた。



 その闇の中で、妹ベーグルの夢を見た。

 幼いころの夢だ。


 ベーグルは幼いころから剣術の天才であり、木剣の模擬戦では何度も俺を打ち負かしていた。頭を強打され空を見上げ地面にのびている俺を、ベーグルは小生意気に見降ろしている。


「兄上は本当に弱いな……まあ、私は剣術の天才なのだから仕方ないか! 兄上が王になったら私は将軍職につくぞ。フロストハイム王国は私が守り抜くから兄上は安心して政治に励むが良い!」

「ちっ、可愛い妹に自信をつけさせるために、わざと負けたんだよ」

 憎まれ口をたたく俺に、ベーグルが手を差し出してくる。

 その柔らかな手を掴み、起き上がるとベーグルに冗談の蹴りを入れた。


 空が……。 


 青く、奇麗だった空が黒くなっている、空はふたたび闇へと変わってゆく。




 目が覚めた時、数人の配下と共に、海に浮かぶ小さな舟の上にいた。

 黒い海は波音をたて、雲が白い空は残酷なまでに静かだ。

 地響きが波となり、海上にまで伝わって来る。


 カシスが傍らで、無言のまま手と額を舟底につけている。

 うずくまる彼女を、無理矢理に起き上がらせ、力強く抱きしめる。


「俺を眠らせたのは良い判断だったぞ、メイド長」

 そうでもしなければ、俺は近くの者を殴り倒しても妹ベーグルを助けに行っただろう。それは誰が考えても自殺行為であり、仮にも王位継承者のとる行動ではない。


「…………申し訳、ございません」

「言うな。お前の判断は正しかった」

 俺のかえしに、近衛兵長ディルトも小さい声で「そうっすよ」と言い、カシスの両肩に手を当てる。


 目を合わせる事も出来ずにいるカシスの長髪を撫で続けた。

「カシス、櫛を持ち出す暇もなかったな、すまない」

「…………」

 カシスは首を激しく振ると、嗚咽を上げるように泣いた。



 海が、ひどく明るく照らされている。

 遙か遠くの陸地では、炎の柱があがりフロストハイム王家の居城が崩落していた。




 ―――— これは後になって、掴んだ情報だ


 辺境の小王国フロストハイムは、同盟ガシアス帝国の裏切りにあい滅亡した。


 父王と母である女王はガシアス兵の手にかかり討ち死に。

 父たちの救助に向かった妹・ベーグルは、敵の手に落ち凌辱された末に自死を選んだという。


 そして【姉・セントリーシア姫】も、同じく敵の手に落ち凌辱の末、ガシアス帝国の娼館に売られたと。


 俺は、王子クレイヴァスとしての過去を捨てる。

 ガシアス帝国への復讐を心に秘め『ルーヴェント』と名を変え、カシスやディルトら、共に落ち延びた配下たちと『黒鷲傭兵団』を組織する。


 しばらくして、奴隷として売られていた少年・ユキを配下に加えると傭兵団は急速に成長していった。


 王子としての過去は捨てた。


 しかし最後の……、

 剣を振りかざし炎の中に向かってゆく妹ベーグルの、止めることの出来なかった、愚かな、しかし勇裂なる後ろ姿は ―――― やはり忘れる事は出来ない。



***

参考

クレイヴァス(=ルーヴェント)の姉『セントリーシア』の過去登場回のリンクです。

第15話 幕間回・ルーヴェントと貴娼セントリーシア ♥♥

https://kakuyomu.jp/works/16817330667950508394/episodes/16817330668449641975

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