第33話 釣り回・ルーヴェントは魚釣りに出かける
乾いた風の吹く、穏やかな午後だった。
黒鷲傭兵団の副官二人のディルトとカシスを誘い、三人で川釣りに出掛けた。
桟橋に座り、釣り糸を垂れた。
釣り竿を握った俺(=ルーヴェント)の視線の先には、青空とロンバルディアの街並みがあった。
街に面する大きな川は、エフタル王都から流れてきており、取り引きがある日には、様々な商材を積んだ船がやって来る。
街が大きくなるにつれて、桟橋をつくり貿易用に整備したのだ。
「本当に久しぶりですね、この三人でのんびりするなんて」
隣に座っている黒髪ショートヘアのカシスが肩をすり寄せてくる。穏やかな表情をみせるカシスを見て、三人で昔も同じような景色があったことを思い出す。
(あの頃から、俺の魚釣りの腕は上がってないようだな)
「おい、カシス。あまり動くんじゃねえ、魚が逃げるだろ」
カシスは猫のように愛くるしく肩をすくめた。それにしても、波にゆれる俺の仕掛けには投入直後より全く反応がない。
「ゲット、ゲットォ! フィッシュ・オン!」
少し離れたところでディルトの野郎が、また淡水スズキを釣り上げた。すでに、二十匹近くになる。
「ここって、絶好の釣りスポットっすよ、大漁!大量! いやっほう」
俺はこめかみに血管を浮き上がらせたが、いまいちど自分の仕掛けに意識を集中させて苛立ちを押さえる。
ディルトは樽に淡水スズキを放り入れると、釣り針に餌をかけている。以前より俺とは正反対で釣りは達人級に上手かった。
戦闘面では、怪力を用いて敵をなぎ倒していく猛者だが、手先の器用な動きや道具の用い方は俺と違い巧みな男だ。
俺は気持ちを落ち着かせるように、ウキの浮かぶ水面を見つめる。光を反射し、水面は輝きつつも穏やかに揺れつづけた。
「ディルトの野郎、この前の侍女と上手くやっているようじゃないか」
「ええ、侍女ロザリナと……ですね。娼館通いもやめてるみたいですし、このままの勢いではロザリナと所帯を持つんじゃないでしょうか」
盗賊団より救助したロザリナには三か月ほど、傭兵団の館で住み込みのメイドとして働いてもらう事にしていた。
その期間が終われば、ディルトは『館を出てロザリナと同棲を始めたい』と言っている。
「傭兵団も大きくなって、掘っ立て小屋しかなかったロンバルディアも今や自治領だ。カシス……俺自身の『ガシアス帝国への復讐』なんて、どうでもいい気がしてきているんだが」
俺は水面に視線をもどすと、ゆらりと浮かぶウキを見つめ続けた。
ここ数年、三人の身に起きたことを静かに振り返った。
「あの出来事は悲惨なものだったが、おかげで俺はいまの自由を手にすることが出来たのかもしれん」
「……私には、どう答えていいかわかりません」
カシスも同じようにウキを見つめている。しかし、口調と違い、その表情は穏やかなままだった。
「そういや、ベアトの野郎……お前との訓練を志願したそうじゃねえか」
ふと話題を変える。
ベアトリーチェは、盗賊団長マティウスが来た次の日から『訓練の指導にカシスを』と願い出ていた。
カシスは、以前のように問題を起こすことなく訓練の指導をしているようだ。
カシスとベアトリーチェの仲は、意外と険悪なものにはなっていない。
「……すみません」
「どうした、何を謝るんだ」
「ベアトリーチェは、恐ろしい勢いで剣の腕をあげています。このままでは、私は……」
カシスの話によると、驚異的な速度でベアトリーチェは強くなっているらしい。もちろんカシスも全力で戦っているが、追い抜かれるのは時間の問題だと。
「それだけお前が、ベアトの野郎にとっては好敵手なのだろうよ。お前がアイツの才能を引き出しているんだ。景気のいい話じゃねえか」
「そうですか?」
「今後は、卑怯な手を使ってもかまわないぜ」
「え、ええ」
カシスの返事は歯切れの悪いものだった。以前卑怯な手を使ったカシスは、きっちりとベアトリーチェからの報復を受けていた。
カシスの性格から考えて、ベアトリーチェに対する憎悪は激しく増すものと思えたが、現実はそうではなかった。
カシス自身もどこか無意識のうちに、ベアトリーチェの魅力に取り込まれているようにも見える。
(面白い女だぜ、ベアトリーチェ……)
「しかし」
「しかし、何ですか?」
またカシスが愛くるしい表情で俺を見つめる。
「なぜ、俺の仕掛けには魚が食いつかねえんだ」
釣り好きの団員に準備してもらった三人ぶんの仕掛けは、どれも同じもので同じ餌を使っている。
「俺の仕掛けにだけ……」
カシスもすでに淡水スズキを十匹ほど釣り上げ、釣り自体に飽きたのか道具をしまって俺の隣にすわっている。
「場所が悪いのか? 座る位置が少し違うだけで、魚がいなくなるとでもいうのかよ……」
よくわからない理不尽さに、再びイラついた気持ちがわきあがってきた。
カシスが少し困ったような笑顔を見せている。
ウキがわずかに沈み込んだ。瞬間、俺は全身に力をみなぎらせ竿を引き上げる。
「うおおっ!」
やはり魚はかからず、竿をとおして糸にひっぱられた釣り針だけが勢いよく水面から跳ね上がる。
「ゲット、ゲットォ! フィッシュ・オン!」
目を向けた先では、ディルトの野郎が再び淡水スズキを釣り上げて、高々にかかげている。
(あの野郎!)
俺は釣り竿をへし折ろうと、両手で掴む。しかしその手に、カシスの柔らかい手の平がそっと添えられた。
カシスはスッと立ち上がり、コホンと咳をした。
そのまま、ディルトに向かって走り出す。
「馬鹿ディルトぉ、空気を読め」
そのまま跳躍すると、両足でドロップキックを放った。
「げふっ、あぶっ、あぶねえ」
「きゃあっ」
バランスを崩しディルトは水面に落下する。しかし、カシスも足を掴まれていて、一緒に川へと落下した。
「はっはっはっはっはー、何やってんだよ、お前ら」
俺は腹をおさえ、涙をうかべて笑った。
とおい昔、三人で釣りをした時も同じだったような記憶がある。
俺ひとり釣れずにイライラしていた。大物を釣り上げてはしゃぐディルトに、カシスが蹴りをいれた。
悪くない日々だった。
しかし、今も十分に悪くない。
ただ、その今も、いつまで続くのかは分からない。
***作者より
次回は、ルーヴェントやカシス達の過去のお話です。
【傭兵団長と副官ふたり、彼らの過去に何があったのか?】
そして、なぜ【ルーヴェントはベアトリーチェに執着をみせる】のか?
このあたりが明らかに。
第34回は 幕間回 「彼がクレイヴァスだった日」
あと、この釣り回はとある有名RPGのエンディング1シーンのオマージュです。
分かった人がいると嬉しいですね。
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