第32話 ベアトは性的に奔放になる
*前半部分、性癖的表現がいくつかありますので苦手な方はスクロールしてください。
□第32話はベアトリーチェの視点で物語が進む
ロンバルディアの夜。
ベアトリーチェとマティウスが泊まる、宿屋二階の部屋。
事後。
開けたままの窓から、涼しい夜風が入って来る。今の、汗をかいた体には心地よい。
石畳を歩くカツカツとした足音が複数名で聞こえてくる。
宿の二階より下を見降ろすと、ほろ酔い加減の旅人が数名で騒ぎながら歩いている。
窓の外、ロンバルディアの街は深夜にも関わらず音楽は鳴り響き、
窓は、開けたままだった。
私(=ベアトリーチェ)の声は、道を歩く者にも聞こえていたのだろうか。
抱かれながらそう思う時、喜悦が体のなかで狂った獣のように暴れた。
「なかなかに刺激的であった……よかったぞ、マティウス」
全裸の私は、振り返る。
盗賊団長マティウスはいつの間にかズボンを履きベッドに腰をおろしている。どこか、表情が硬く、目も泳いでいる気がする。
「おい、なんだその『やっちまった』って表情は! 私は良かったと言っているだろうが」
私はふたたび隣にすわり顔を寄せると、顎をつかんでクイクイ動かす。マティウスの顔は面白いくらいに揺れた。
「は、はあ、不肖マティウスめ、全力でご奉仕いたしました。今夜の事は、一生私めの心の中にとどめておきますゆえ」
「隠し立てすることはない。私は良かったと言っているだろう、若い娘に何度も言わすなよ」
マティウスが用意した銘酒『黒騎士』を、手に取るとソーダ水も足さずにコクコクと飲んだ。喉が焼けるような熱さは、逆に私の心を気持ちよく冷ましたような気がした。
そのグラスを手渡し、マティウスにも飲むようにすすめた。
マティウスは困惑した表情を浮かべる。
「ところで、マティウス」
「はあ」
「あのユーナギという田舎娘は、お前と恋仲ではないのか? 良いのか? 傭兵団長に差し出して」
マティウスは垂れた目の片目だけを縦に開き、やや困ったような微妙な表情をうかべる。
「へえ、まあ恋仲て言えばそうなんですが、その……ユーナギとは、付き合いも長くて、マンネリ気味ていいますか、『互いに気に入った相手がいれば寝ても良い』って決めてまして」
「はあっ? なんだとっ?」
信じがたいことだった。
『女は一人の男に仕え、不貞など許されぬ』そう王宮で教えられて育った私は耳を疑った。
私がマティウスを誘惑したのは、傭兵団長への当てつけの意味が大きかった。そしてやはり、やってはいけないような事をしている背徳の意識もどことなくあったのだ。
「いやまあ、その、王宮の作法的にはいけない事でしょうが……。失礼ですが、王宮の常識が世間の常識って訳じゃねえんです。ユーナギだって、色んな男を試してみる権利があるはずでさぁ」
マティウスは申し訳なさそうに頭を掻いている。私は頭に岩を打ちつけられたような衝撃をおぼえた。
(なっ……女にも、いろんな男を試してみる権利があるだと? ん……?)
「いやまて、お前は平気なのか? 愛する女が他の男に抱かれても」
「へえ、もちろん嫉妬にもだえ苦しんだりするってもんです。が……この嫉妬がいいんです、互いに」
嫉妬がいいだと? 一時的に頭が混乱した。
「意味が、わからんな」
言葉では、そう言ったものの……。
冷静に考えると意味がわかるような気がして、急に怖くなった。
考えるのを止め、妙な表情のままのマティウスを眺めた。
(盗賊団長マティウス、私好みの良い男だ……だからこそ、ユーナギは手放さないだろうな)
ふたたび、外を歩く酔っ払いの声が聞こえた。打楽器の打ち鳴らされるリズムが聞こえてくる。美味しそうな食べ物の匂いも、風に乗って来る。
街はいまだ眠りにつかず、人々はまだ浮かれ騒いでいる。
その夜の街の様子がなぜか気になった。
「マティウス、酒を飲みに行こう。街はまだ賑わっているぞ」
「げっ、今からですか?」
「酒代は出してくれ、何かあったら私を守るのだぞ。ユーナギをおおいに妬かせてやれえ!」
「はっ、はへえ」
帽子をかぶると、男性の衣類をすばやく身に着け、まだ上半身裸のマティウスの手をとった。
□
翌朝、目ざめるとマティウスは隣で熟睡していた。
額に唇をかるく当てると、マティウスはビクっと反応したが、ふたたび熟睡した。
テーブルの上には、水色の髪留めが置いてあった。昨日飲みに出た際に、マティウスが露店に並んでいたものを買ってくれたのだ。その髪留めで、亜麻色の長髪をアップにまとめた。
そのまま、館に戻ると日課のランニングを三人組とこなした。最近はわざと鎖帷子を着込むことで体に負荷をかけている。
汗を拭き着替えをすませホールへ行くと、傭兵団長とユーナギが共に朝食を取っていた。
傭兵団長に軽く会釈をすると、ユーナギと目が合う。彼女はどこか気だるそうな表情を浮かべる。
彼女の銀髪ショーヘアに水色の目が、どこか勝ち誇ったように笑った……ように見えた。
(この、色気づいた田舎娘が!)
気づいた時には、ユーナギに蹴りを入れ椅子から叩き落としていた。立ち上がろうと中腰になった彼女の懐にもぐりこむと片腕をつかみ、腰で重心を跳ね上げ投げ飛ばした。
大きな音をたてユーナギは床に打ち付けられる。私は、這いつくばる彼女を見降ろす。
「傭兵団長に一晩媚びを売ったくらいで、調子に乗らないことね」
いい終わる前に、後ろから腰に蹴りを入れられ壁まで転がった。よろけつつ立ち上がると、傭兵団長に襟をつかまれた。
「テメエ、何しやがる」
「ごめんなさい……わたし、嫉妬してしまって」
私は下を向いたまま、わざとしおらしい声で謝った。
傭兵団長は私を離し、ユーナギに手を貸すと抱きおこしている。
それから、着替えを終えてやってきた三人組が驚いたように駆け寄って来る。
「もおー、朝っぱらから何なんだよ! ベアト、何をやってんだよ」
カウンターのほうからユキと数名の団員が走って来る。
「ごめんなさい、ユキさん。これ、喧嘩の罰金です。傭兵団長のぶんも払っておきますね。あと、ユーナギさんは巻き込まれただけですから」
そういうと私は、傭兵団長をにらみつける。マティウスから巻き上げていた金貨二枚を取り出し、ユキに渡した。
「ごめんなさい。反省しています」
ぽつりと、しかし誰にも聞こえるように、そう言ってテーブルについた。
朝食を取りながら、昨日の『エフタルによるガシアス帝国への奴隷献上』について考えた。
あってはならぬ事だ、絶対に阻止せねばならない。
そして、昨日の傭兵団長の言葉を思い出す。
『エフタル領から奴隷千人集めるにしたって、今日明日の話じゃねえ。村々から徴発するにせよ、奴隷狩りをするにせよ、準備に数ヶ月はかかるだろうよ』
まだまだ、時間の余裕はあるようだ。
まずは、自分に出来る事を考えてみるしかない。
冷静に、想いを巡らす。
私は、ベラヌールからの帰り路での、傭兵団長との約束を思い出す。
――― 傭兵団長、貴方から木剣の試合で一本取れたら、私の頼みごとをひとつだけ聞いてもらえませんか?
『一本といっても、まぐれで取れてしまう事もあるじゃねえか。そうだな、俺に「完全にまいった」と思わせる一本をとれたら、考えてやろう』
やるべきことは決まった。
傭兵団長から完全にまいったと思わせる一本を取る。
そこから、傭兵団の力でエフタルの兄王に対処する行動をとる。
『知恵』はステファノに借りればいい。
『力』は傭兵団長に頼ろう。
目をあげると、三人組が幸せそうに朝食に取りついている。彼らといると、私の凝り固まった頭が、解きほぐれていくような気がする。
(こいつら、悩みなどなさそうな顔をしやがって)
そう思うが、けっして憎らしくはなかった。
「マピロ、マハマ、ディロマト! 飯を食べたら午前の訓練に行くぞ」
「「「はっ!」」」
意味なく元気な三人組の声がホールに響き渡った。
****
参考:
>ベラヌールからの帰り路での、傭兵団長との約束を思い出す。
>――― 傭兵団長、貴方から木剣の試合で一本取れたら、私の頼みごとをひとつだけ聞いてもらえませんか?
このエピソードについては第21話『ベアトとルーヴェントの甘々な帰路』で復習できます。
https://kakuyomu.jp/works/16817330667950508394/episodes/16817330668617521699
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