第21話 ベアトとルーヴェントの甘々な帰路

戦いの帰路。


「ベアト、しっかりつかまっていろよ」

「はい、傭兵団長。もう少し速度を上げてもらえませんか?」


 風を切って駈ける。


 深夜の街道を、盗賊団の本拠地ベラヌールから、館のあるロンバルディアに向かっている。

 俺(=ルーヴェント)はベアトリーチェを後ろに乗せ、速度をあげ馬を飛ばす。

 月灯りがあり、整地された街道とはいえ大きな石や木の根がそこらにあり、目を凝らし集中して馬を走らせる必要がある。


 ディルトは盗賊団の館から侍女ロザリナを救出し、応急処置をすませると、先に本拠地へと向かっていた。


 乗って来た馬を一頭ステファノに貸し与えて、ディルトと共に一足先にロンバルディアに向かわせた。帰りの馬が減ったため、俺とベアトが共に一頭に騎乗している。

 カシスは騎乗の下手なマハマ達とともに、後方を安全な速度で走っているはずだ。


「心配するな、ロザリナを運ぶディルトの騎乗の腕は確かだ。お前の侍女をつれて、もう館に着いている頃だろう」

「……その」

「どうした?」

「ロザリナを助けてくれた礼金として、盗賊団からの上納金を渡します」

「その必要はない」

「えっ」

「ロザリナは回復したら館でメイドとして働いてもらおう。三か月もタダ働きしてもらえば、あとは自由だ。上納金は、お前が持っていればいいさ」

「そうですか」

 ロザリナのこれからの話を聞いて、ベアトリーチェは安堵したような気配をみせた。


「ベアト、おまえ盗賊団長相手に良い立ち回りをみせたじゃねえか。見直したぜ」


 正直言って彼女は、盗賊団長を気が済むまで脅すだけ脅して屈服させるくらいですませるのだと思っていた。自らの配下に引き込み、今後の上納金までせしめるとは想像以上の動きだった。

「い、いえ。私ひとりで乗り込んでいたら、きっと逆上してマティウスを斬って盗賊団員との戦いになっていたと思います。冷静に行動できたのは、貴方が後ろにいてくれたおかげです」

 

 ―――そうだ、かしらになる人間は、常に冷静である必要がある。


 そして、俺は出来うる限り人を殺さない主義だ。正義ぶるつもりはない、余計な事で恨みを買ってはならないからだ。

 いずれにせよ傭兵団として戦争に出れば、必ず敵兵を殺すことになるし、部下も死ぬ。

 

「あと、お前……盗賊団長に、女王の戴冠がどうとか言っていたな……」

「はい、お金をためて、貴方に買取金額を払って自分を買い戻します。それから、盗賊団の他にも配下を増やし、エフタルへ攻め入り王権を奪うんです」


(おいおい、ベアトリーチェ! いいよ、面白れえよ、お前)

 腹筋がつりそうになった。どうしてコイツは毎度面白いことを言えるのだろうか。


「今なら、そうだな白金貨二十五枚だな。俺に払うとしたら」

「ま、待ってください。私は貴方に白金貨二十枚で買われたんですよ。どうして二十五枚になるのですか? 五枚増えていますよ」

 顔を見る事は出来ないが、今のベアトリーチェの困惑した表情を想像するとゾクゾクした興奮が湧き上がって来る。


「お前、相変わらずの世間知らずだな。の価値ってずっと同じじゃねえんだよ。今日の活躍でお前の価値はいっきに上がったんだよ」

「そ、そんなぁ」


(まあ、価値があがったってのは、それだけお前を……)

 俺は心の声を悟られぬよう、歯を食いしばりニヤリと笑った。


「あとは……前にも言っただろ? 俺を殺して自由になるかだ」

「……」

「まあ、無理だろうがな」

「それが出来るなら、そうしたい。でも、貴方は私とロザリナの命の恩人です……、その、殺すなんて出来ないんです」

「けっ、馬鹿げた目標があるくせに、真面目な野郎だ」

 コイツは本当に面白い。俺はまた、クスクスと笑ってしまった。


「あ、あの、傭兵団長」

「んだよ」

「殺すのは無理ですけれども、貴方から木剣の試合で一本取れたら、私の頼みごとをひとつだけ聞いてもらえませんか?」

 そう言うと、ベアトは両腕にしっかりと俺の胴にまわし、額を背中にぴたりとあてる。


 俺は少し考え込んだ。


(単純な女だ、どうせコイツの『頼み事』は先ほど言っていた事だろうよ)


 ―――傭兵団を率いてエフタル王国へ攻め入り、兄王グスタフから王権を奪い取る


 出来ない話ではないが、あまりにもリスクが大きすぎる行為だ。

 そして、木剣の試合で一本といっても、は確実にとられることはない。しかし、ベアトリーチェの剣の腕は、得体の知れない天性の才能がある。本気で鍛えこんだ彼女が、半年、一年後どうなっているか? は俺にも予想がつかない。


「一本といっても、まぐれで取れてしまう事もあるじゃねえか。そうだな、俺に『完全にまいった』と思わせる一本をとれたら、考えてやろう」

「はい、わかりました」

 ベアトリーチェは額を押し付けたまま答える。


 耳にぶつかり続ける風の音。その中でも澄んで聞こえる、星空に抜け通る声だった。


「ベアト、俺だって何でもアリの地獄の戦場で生き抜いてきたんだ。そうだなあ、一本を取るのに、どんな卑怯な手を使ってもいいぜ」

「……考えておきますね」

 今度は弱々しい声での答えだった。


(綺麗ごとだけで戦えるわけじゃない。学ぶんだ、ベアトリーチェ)


 騎馬の駈ける蹄の音、何度となく風を切るヒュウという音が耳に入る。

 エフタル国境の城壁を右手に、しばらく走っている。

 ロンバルディアの本拠地まで、あとわずかだ。


 俺は、片手を手綱から外すと懐から包みをひとつ取り、後ろのベアトリーチェに渡した。

「これは?」

「ベラヌールの酒場でマスターから貰った、乾燥チェリーといって干したサクランボだ。酒に浸して食うらしいが、そのままでもいけるらしい……お前、食ってみろよ」



「あっ、甘い……」

首の後ろあたりから、ベアトリーチェのモグモグと頬を動かす気配を感じた。




「ロザリナは無事か! どこの部屋だ!」

館に到着すると、ベアトリーチェは吠えた。


すぐにユキが声を聞きつけてやって来る。


一度だけ俺と目を合わせ頭を下げた後、彼女はロザリナの寝かされた部屋へ駆けて行った。




*次回、第22話は、出だしからほぼすべて性的表現、性癖的表現が入ります。あからさまな描画、下品な描写ではないことは約束しますが、苦手な方は様子をみてご遠慮ください。

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