第20話 ベアトは盗賊団を従える

 テーブルは隅に片付けられていた。

 酒場は燭台に立つ蝋燭、そのオレンジの炎で揺れているようにも見えた。


「さあて、と」

 敗北を悟った盗賊団長マティウスは、中央の木の床の上にあぐらをかいて座ると、カラフルな上着と青のスカーフを脱ぎすて上半身裸になった。

 端麗な顔つきとは違い、幾多の刀傷が残り引き締まったその逞しい体にベアトリーチェは「ほう、なかなか」と小さくつぶやいた。


 マティウスは、持っていた短刀を柄におさめベアトリーチェの足元に蹴って転がす。

「そ~の短刀はな、ガシアスの貴族家からかっぱった宝刀だ、高値のつく高級品さ」

 

 ベアトリーチェは、足元に転がってきた短刀を拾うと、少しだけその刃をみつめた。

「奇麗だな、よい剣だ。余の懐を守るものとして使わせてもらうぞ」

 

 ベアトリーチェが本心でそう言っているのが、マティウスには伝わったのだろう。

「へへへっ、そりゃありがたいね」

 そう言うと、どこか穏やかな顔つきをみせた。


「さあ、面倒でしょうが、この首きれいに刎ねてくれ……、できれば剣歯虎ザベルティガの旦那にスパーンって、一気にお願いしたいねえ」

 マティウスは、自分の首に手刀をトントンとあてる。そして、垂れ目を片方だけつむり、おどけたように首を傾けた。


「部下の命だけは、たのみますよ~」

盗賊団長マティウスの最後となろう言葉だった。



 ベアトリーチェはふうっと短く息を吐く。

「盗賊団長マティウスよ、エフタル王国の存続をかけた王女の輿入れを襲撃し、あろうことか壊滅までさせた貴様の蛮行、万死に値するものぞ」


 ベアトリーチェは床板をきしませながらマティウスに歩みよると、ダマスカスはがねの剣を鼻先に突きつけた。


「死ぬことは、許さん。余の配下に下るがいい、いちど死んだ命と思って働いてくれぬか?」


「はへぇえ? なんらと?」

 マティウスは目元と整った鼻筋をぐにゃりとゆがめて、また奇妙な声をあげた。ルーヴェントを除く者すべてが、極度の緊張感の中で息を飲み込んでいる。


「マティウス盗賊団よ……貴様らは、ガシアス国の商隊に限り襲撃を許す。半年は月収益の五割を余に上納せよ。その後は一割でよい。存分に働き、余の、エフタルの力になるが良い」

「は……はひ……?」


ベアトリーチェは静かに剣を鞘に納めた。

「余が王国女王の戴冠を受けし時、そなたら盗賊団を余の私軍として迎え入れようではないか」

「ま~、ままま、マジ……かよ」

 マティウスは閉じた垂れ目を両目ごとあけ、上目遣いでベアトリーチェを睨みつけた。盗賊団員は互いに顔を見合わせている。


「今はロンバルディアの街で黒鷲傭兵団に身を隠している。都合をつけて挨拶に来るがいい。訓練もせねばな、根性はありそうだが、貴様らは弱い」

 ベアトリーチェは懐から水色の髪留めを取り出し、マティウスに投げる。


 べっ甲と言う素材で出来た高級品だ。

「……こいつは」

 右手で受け止めたマティウスは、髪留めの美しさに息をのむ。


「約束の証としてくれてやろう、今は手持ちがそれしかないのだ」

 ベアトリーチェは振り返ると、マピロ達に『すまない』と言う感じで頭を下げた。

 元々はマピロ達三人組からもらった髪留めだった。

 極度の緊張下にいた三人組だが、とたんに満面の笑みで白い歯をみせ、両手の平を体の前で『とんでもない』と振り返していた。



「ルーヴェント団長!」

 後ろから、凛と通る女の声が響いた。

 酒場の扉がひらき、少しだけ冷たい風が舞い込んだ。

 黒革の戦闘用ジャケットとハーフタイツ、膝までもあるブーツをまとった女が床板を踏み鳴らし入ってきて、ルーヴェントの側に歩み寄る。

「おう、カシス、お疲れさん」


「計画通り侍女は救出しました。応急処置を施し、ディルト達は急ぎロンバルディアに戻っています」

 振り向いたベアトリーチェには目を合わさず「無事」とだけカシスは告げた。


 酒場の中央で盗賊団長が上半身裸であぐらをかいている状況に、だいたいの成り行きを察したカシスが近づいていき立膝をついた。


「黒鷲傭兵団の副官カシスと申します。盗賊団長のお館からエフタル王宮侍女をお預かりいたしました。怪我人は多数出しておりますが、命は一つとしてとっておりません。これは侍女の身受け金としてお支払いいたします」

 カシスは盗賊団長に金貨袋を渡す。袋の中をのぞいたマティウスの垂れ目がまたも大きく縦に開いた。


「そして、もう一袋。こちらは今日の出来事の『口止め料』としてお収めください。盗賊団員の皆様方ともども、外部に漏らしてはなりませぬ」

 カシスは更に金貨袋を渡した。つづけて中をのぞいたマティウスは、その額に口をだらりと半開きにしたまま、顔をひきつらせ青ざめていく。


「と言う訳だマティウス団長……お騒がせしたな。お前とは、いろいろ話をしたい、早いところロンバルディアに出向いてくれ。そうだ、直営の娼館も安くしておくから配下もたくさん連れて観光にくるがいいさ」

 そういうとルーヴェントはマティウスに背を向けた。歩調をそろえてカシスも後に続き外へ向かう。


「また会いましょう……マティウス団長、ロンバルディアで待っているわ」


 ベアトリーチェはマティウスと一度視線を合わせると、気品を漂わせ出口へ向かう。極度に背筋を伸ばして立つ三人組をしたがえ、そのまま酒場を後にした。

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