☆わたしの美しい人生☆

 ずいぶん前から壊れている屋上のドアノブを回して屋上へ出る。そこには、いつもはいない制服を着た少女が立っていた。立っているだけなら問題ない。けれども彼女はフェンスで囲われている外の屋上の淵に立っていた。多少は驚きつつも、僕はそれだけでこの少女が今自殺しようとしているのだと察したのだった。

「止めないで……」

少女は静かに僕にそう言った。

「うん。止めるつもりなんかないよ」

僕はそう言って、すぐ近くのフェンスを背に腰を掛けた。

「君は、なぜ死ぬの」

僕は学食で買ってきたパンの包装を開けた。

「……あなたが知る必要なんてないわ」

「……そう」

「……」

しばらく沈黙が流れる。

「わたしは、自分が嫌い」

「……そう」

「わたしは、このセカイが憎い」

「……そう」

「わたしは、早く自由になりたい。誰にも干渉されないで、わたしらしくいたい」

「……そう」

「ねぇ、あなた。本当にわたしの話を聞いているの」

「ん。聞いてる……半分」

「まあいいわ」

「ひとつ言うならば、君は一番馬鹿だ」

「へ?」

「君は、この世で一番馬鹿で、一番意味のない夢をみているよ」

その少女は静かに僕の方を向いた。

「このセカイが醜いなんて……そんなこと昔からみんな知っているさ」

「……」

「そんなこと百も承知でみんな生きているんだよ」

「……」

「人生がつまらないなんてみんな言っているけど、だれも自分の人生を変えようとしない。結局は、この醜いセカイで馬鹿みたいにあがいて生きているんだよ」

「……」

彼女は何も言わずにそのまま僕の話に耳を傾けていた。

「でもさ、そうやって馬鹿みたいにあがくのが人生ってもんだと思うんだ。そうやってあがいて、今自分は生きているって感じるんだよ。自分が嫌いだって良い。このセカイが嫌いだって良い。そう思うんだったらあがけ。これ以上できないくらいまであがいてみろ。人生なんて所詮死ぬまでの暇つぶしだ。自分が嫌いなら、自分が好きになったその時に君の人生はやっと終わるんだよ」

「あなた、クラスではぼっちでしょ」

「……かもな。でも、僕は意外と今の生活が好きだぞ。なんならこのセカイで一番美しい生き方をしているとも思う」

「……」

「君のこと、僕は嫌いじゃない。だって、今まで死にたくなるほどあがいて生きてきたんだろ。君、今とても輝いてるよ。セカイの誰よりも美しい」

「……あなた、何を言っているの」

「こんな醜いセカイでここまで生きてきた君は、一番綺麗でえらいってことだよ」

「このセカイで一番美しいものは、死ぬほどあがいて生きている人なんだ」

「……わたしが美しい……か」

「そう。君は美しいよ。自殺したいなら、僕は君を止めたりしない。でも、馬鹿だとは思う。」

そう言って僕は食べ終わったもののゴミをもって立ち上がる。そうして、真っすぐとドアへ向かい、屋上を後にした。しばらくして、階下から悲鳴が聞こえた。やがてたくさんの足音が聞こえてくる。同時に、焦っているかのような教員の怒鳴り声と、集まってきた生徒の悲鳴、教室へ帰そうとする教員の声、さまざまな声が聞こえてくる。

「……僕は君をよく知らないけれど、さっき、僕には君がこのセカイで一番美しく見えた。腐っている僕の目に、君は美しく映ったんだ……」

教室へ戻りながら、そう僕はそう心の中でつぶやいたのだった。死を選んだ彼女は、飛ぶ直前に何を思っただろうか。僕は彼女を止めるべきだったのだろうか。そうは思わない。もちろん死を選ぶことは愚かである。けれど、彼女を死にたくなるように仕向けたのは何だ。だれだ。こんなことを考えても仕方ないことはわかっている。けれど、考えずにはいられない。おそらく彼女は死の直前まで自分を嫌い、このセカイを嫌っていた。けれど、彼女は一つ大事なことに気づけなかった。それは、誰かに言われて気付くことではなく、自分で気づくことである。死にたくなるほど自分を嫌っていることは、それだけ自分のことを考えていたということ。自分に対して無関心でなかったということ。自分のことを心から嫌い、嫌えた時点で、自分は自分を愛していたということ。常に生と死は紙一重だ。これに気づければ、彼女は違った選択をしていたのかもしれない。


 今日、また一つ美しいものが散った……。それはすなわち、一目惚れで始まった僕のハツコイ、セカイで一番美しいと初めて思ったものとの別れを意味したのだった。

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わたしの、美しい時間 凪村師文  @Naotaro_1024

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