☆わたしの、美しい放課後☆

 わたしは閑散とした音楽室でひとり、ピアノを弾いていた。部活の時間が始まってから、もう三十分以上たつけれども、わたし以外のメンバーは誰一人として顔を見せない。最初に音楽室に来たメンバーが楽器の準備をするという規則にのっとり、わたしは今日も一人でメンバーの楽器の手入れをしていたのに、その苦労はいまこうして誰も来ないという形でわたしに返ってくる。


 わかってはいた。コンクールが終わり、先輩たちも引退して、残ったメンバーはコンクールという目標が消え、燃えつきてまともに部活に参加しなくなることくらい。実を言えば、先週もこんな感じだった。下校時間になるまで誰も来ず、わたしはピアノの清掃をして、自分で準備した他のメンバーの楽器もわたしひとりで片付けたのだった。今日も誰も来ないのかな、と思いながら、わたしはピアノを弾く。校庭から聞こえる運動部の喧騒に混じり、わたししかいない音楽室に美しい旋律を奏でる。


 別に、来ないメンバーに怒りの感情はわかない。逆に、馬鹿みたいに毎週、音楽室に通うわたしの方がおかしいのだと自分の中で結論付けていた。独奏はそれで、楽しい部分はある。誰にも合わせる必要が無く、好きなように弾ける。普段よりも幾分か時間の流れがゆっくりと感じるこの瞬間だからこそ、落ち着いた心で弾くことができるのだった。


 わたしは、心のどこかでうずいている感情を押し殺していた。とっくの昔に、この感情が何かは気づいていた。けれどもその感情は、自分勝手で卑しくて。見て見ぬふりを今日も続ける。さっき自分が手入れをしたトランペットに目をやる。窓から差し込む光を反射して、それは美しかった。それと同時に、わたしには醜かった。わたしと同じ気持ちを抱いている者は誰もいないということを否応なしに示してくる。


 外れた音が響く。わたしは気付く。ああ、ミスをした。ピアノを弾く手が段々と絡まってくる。それはまるで今のわたしの心を表しているようで、思わずわたしは自分の手から視線をそらした。わたしの自分勝手で卑しい感情から目をそらした。もうだめだ、そう思ったときにはもうわたしはピアノから手を離していた。両手が震えている。もう一度ピアノの鍵盤に触れようと手を伸ばすが、わたしが思う以上に遠かった。


 わたしは静かにピアノの鍵盤に布をかぶせて、立ち上がった。そうして、準備した楽器に目も触れず、音楽室を出て鍵を閉めた。片付けはしていない。けれどもわたしは迷うことなく鍵を閉めたのだった。それはまるで、ずっと前から気付き、感じていた、コンクールでメンバーと演奏した時の、今となってはもう二度と感じることは無いだろう感動と幸福感を、心の扉の奥底深くに閉じ込めるかのようだった。


 不思議と、今こうして一人音楽室に通う時間を醜いとは思わない。美しいと思うのであった。

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