最終話 「またいつか」

 ――三月二十一日


 雲ひとつ無い快晴の空を、満開の桜が鮮やかに彩る。

 俺らの門出を祝福するのに、ピッタリな天気だ。


 普段は騒がしさ一色の教室も、切なさと希望の入り交じった空気で満たされている。

 普段よりも、会話のトーンも声のボリュームも控えめになる生徒が多数だった。


 時間が近づいてくると、三年生の廊下が下級生によって騒がしくなる。

 卒業生は、下級生に花のコサージュをつけてもらえるのだが、そこでも、誰がどの先輩にコサージュをつけるか争奪戦が起こるらしい。

 卒業生にしても、最後の交流の場になるだろうし悪い気はしないわけだが……。


 何人かの卒業生に下級生が群がる……なんて、偏りがあるのかと思ったが、以外にもそんなことは無かった。

 誰もコサージュを付けてもらえないなんて事がなくて良かった。

 かく言う俺も――


「はい!ナギ兄!卒業おめでとう!」

「ありがとうな、華」

「私がいなかったら、ナギ兄は卒業出来ないもんね?」

「本当にそうなるところだった、助かったよ」


 腰に手を当て、エッヘンと胸を張る華の頭を優しく撫でる。


「えへへ……でも、寂しいね?ようやく会えたのに〜」

「俺は今の家にいるから、いつでも遊びにおいで」

「ん!そうする!さく姉にも、付けてくるから、もう行くね!」


 手を振り、笑顔で去っていく華には、たくましさを覚えてしまう。

 他の下級生も、徐々に退散していく様子から、ほとんど付け終わったのだろう。


 いよいよ、高校最後の晴れ舞台が幕を上げる。


 ◇


 校長や来賓、生徒代表の挨拶で立ったり座ったりと大忙しだ。


 紅白幕に覆われた体育館や所々に卒業おめでとうの文字を見てると、少しずつ実感し始める。今日で最後なんだなと……。


 卒業証書を受け取りステージから降りるとき、偶然にも中学卒業以来、顔を合わせていない人物を見つけてしまった。


(げっ……来てんのかよ……まぁ、学校からも桜からも、便りは行ったんだろうな)


 気付かないふりをして、席に戻った。



 ◇



 あれから特に事故もなく、つつがなく卒業式は終わり、今は教室で最後のホームルーム中だ。

 先生からの言葉を受け取り、俺らの感謝の印を担任に送り、解散となった。


 クラスメイトそれぞれが名残惜しそうにしつつも、席を立ち始めたとき――


「あ、あの!……最後に……みんなで写真取りたいなって……思ったんだけど……」


 意外なことに、月音から写真を撮ろうと……しかも、クラスの注目を集めるような形で願い出た。

 こういうのは、拓馬の役割かと思っていただけに、俺に限らず、みんなが言葉を失っていた。


 ただ、やはり最後までノリの良いクラスだ。


 ――『そうだった!忘れるところだった!』

 ――『ありがとう!雨宮さん!みんなで撮ろうよ!』

 ――『おーい!委員長最後まで仕事しろ〜!!』


 次々に、賛同の声が上がる。

 予想外の反応だったのか、月音は驚きつつも、嬉しそうに、はにかんでいた。


「おい凪、何ボーっとしてんだ、早く撮ろうぜ」

「あ……おう、ごめん」


 別のクラスの人に写真を撮ってもらい、すぐさまクラスのグループLINEに送られてくる。

 みんなは、眩しいくらいの笑顔を咲かしている。

 俺は……まぁ、妥協点と言ったところか。


 月音と拓馬に連れられ、玄関前まで行くと、卒業生、在校生、保護者と人の多さに目が回るほどだ。

 学校の敷地面積が広かったことが幸いしてか、人の多さに比べて、余裕は感じられた。


「凪、雨宮さん、悪い!部活連中のところ行ってくる!」

「おー、ちゃんと挨拶してこいよ」

「また後でね?神宮寺くん」


 拓馬を送り出したタイミングで――


「東雲くん!久しぶりだね!去年の正月以来かな?」

「ご無沙汰しています、修也さん。お元気そうで何よりです」

「そんな、かしこまらないでくれ!二人とも卒業おめでとう!」

「ありがとうございます」

「ありがとう!お父さん!」


 正月に会ったときと同じく、雨宮家からの信頼は、前よりも上昇していた。

 その結果、本格的に新生活が始まる前に、月音の実家に赴くことになってしまったが……。

 こうでもしないと、伺えそうになかったし、厚意に甘えておく。


「ちょっと、お兄ちゃん」


 振り返ると、桜がジト目で睨んでいた。


「お父さんとお母さん待ってるから、ほら行くよ!」


 俺の腕を掴み、引っ張って行こうとしたところで、ようやく月音の両親が目に入ったらしい。


「あ!お話中でしたか……?」

「いやいや、構わないよ?君は……東雲くんの妹さんかな?」

「はい!東雲凪の双子の妹で桜と言います!月音ちゃんとは、友達として仲良くさせてもらってます!よろしくお願いします!」


 元気よく挨拶をしぺこりと頭を下げる。

 修也さんとイリーナさんも、自己紹介を返し、俺は桜に引きずられていった。



 ◇



 両親の前に引きずられてくるやいなや、母親から抱擁を受けた。


「凪、大きくなったね!元気そうで、お母さん安心したよ!」

「桜から、聞いてたでしょ?」

「聞いてたけど、実際会わないと分からないじゃない!ほんっと安心したわ〜……」


 嘘は言っておらず、全て本心だ。


「あー……その、なんだ……凪、卒業おめでとう」

「うん……ありがとう」

「デザイナーの道に行くんだってな」

「そのつもりだよ」

「険しいだろうけど……頑張るんだぞ」

「分かってる、頑張るよ」


 父親の前だと、返事が淡白になってしまうな。


「それと……正月くらい帰ってこい」

「仕事始まったら分からないけど……できる限りそうするから、それまで死ぬなよ?」

「孫の顔を見るまで死ねるかってんだ」


 お互い冗談を言えるくらい、余裕は出てきた。

 少し穏やかな雰囲気に包まれ始めたとき、桜はなにかブツブツと呟いていた。


「孫……孫……ハッ!お兄ちゃん!」

「なんだよ、びっくりしたな」

「お父さんは孫の顔が見たいんだって!」

「聞いてたから知ってるよ」

「なら、お嫁さん紹介しなくていいの!?」


 こいつ……余計なことを……!!


「あら?凪にお嫁さん候補なんているの?」

「ほぅ?お前に?」


 両親の目の色が変わったのがわかる。

 まぁ、月音は自分の両親に俺を紹介してくれたし……。


「わかった……紹介するから……待っててくれ」


 緊張のせいか足取りが重い……。

 月音は、拓馬と佳奈と合流していた。


「月音……ちょっといいか?」

「ん?大丈夫だよ、どうかした?」

「その……紹介したい人がいて……」

「??分かったけど……凪……顔色悪いよ?」


 ある気がてら簡単に説明すると――


「凪のご両親に会わせてもらえるんだ!頑張るね!」


 なんて、意気込んでるが……多分平気だろう。

 人混みをかき分け、ようやく本命にたどり着いた。

 両親は文字通り目をまん丸にしていた。


「紹介するよ、彼女の――」

「雨宮月音と言います!凪とは一年ほどお付き合いさせてもらってます!」


 月音は、俺の声を遮り一歩前に出て自己紹介をする。かつて、俺が月音の両親に自己紹介するときそうしたように……。


「まぁまぁ……なんて可愛らしい……。月音ちゃんって言うのね?わたしは、凪と桜の母の佳代で、こっちは夫の太一。よろしくね」


 父さんは会釈だけする。


「それにしても、凪にこんな可愛らしい彼女ができるなんて……なんで、もっと早く教えてくれないのよ!」

「別にいいだろ、遅かろうと早かろうと」

「バカおっしゃい!お嫁さんのことは早く知っておきたいでしょ」

「お、お嫁さん……!?」


 桜のせいで、何年も先の話を当たり前のようにする母に、月音は動揺をみせる。

 ――が、適応は早かった。


「良い奥さんになれるように頑張りますね!」

「凪に何かされたら直ぐに言うのよ?懲らしめるから!」

「はい!遠慮なく!……これで凪も悪さできなくなったね?」

「……今までも悪さなんてしてないだろ」


 俺の横でニコリと笑う月音から、俺は目を逸らす。

 視線の先には、父さんと桜がいて――


「凪、彼女を傷つけるようなことをしたら絶縁だぞ」

「お兄ちゃんベタ惚れだから絶対にしないよ〜」


 月音もまた、東雲家からの信頼は勝ち取ったようだ。



 ◇



 色々あったが、これにて俺らの晴れ舞台は、無事に幕を下ろした。

 最後にいつもの五人で集まり、賞状筒の先端を重ね――


「また、みんなで遊ぼうね!」

「会うとしたら、三年後だな!」

「わたしは〜一年おきに会ってもいいよ〜」

「次会ったとき、みんなでお酒飲みたいね!」

「また……いつか会おうな」


 月音から始まり俺で終わった即興の一言リレーを終え、賞状筒の先端を空に届くほど掲げ――


「「「「「また、いつかどこかで会おう!」」」」」


 どこか、やり切った笑顔で俺たちは、バラバラにその場を後にした。



 ◇



「ハァ……ハァ……」


 夕方の展望台に向けて、俺は走る。

 卒業式だろうと日課はこなす。今日で無事に皆勤賞なんだから、休むわけにはいかない。


 展望台にたどり着き、眩い光が俺を包む。初めて見た感動は、三年経った今でも色褪せることなく、今でも俺の心に沁みるものがある。


「毎日見ても飽きないのが、不思議だよ」


 ひとつの夕陽でも、見る角度を変えれば、また違った表情を見せてくれる。

 三年前の俺には、到底理解できないことだし、理解しようとすらしなかっただろう。


「けど、今日で見納めかな」


 仕事が始まれば毎日来ることも、夕陽を見る機会もなくなるだろう。


「わたしは見納めだけど、凪は見ようと思えば見れるでしょ」


 びっくりして振り向くと、月音が立っていた。


「なんか……付き合いが長くなると、行動まで読まれるのか?」

「凪が読みやすいんだよ?毎日やってたことを、今日だけやらないなんてありえないもん」


 二人並んで夕陽を眺める。

 確か仲良くなる前も、二人で見ていた気がする。

 あの時と違うのは、俺と月音の距離。物理的な距離は言わずもがな、心の距離もグッと縮まった。


「また、会えるよね?」

「当たり前だ、寂しすぎて俺が耐えられない」

「……凪も寂しいって思うんだ」

「思うさ」


 穏やかな静寂が俺らを包む。

 ずっと、この時間が続けばいいのに……と、柄にもなく思ってしまう。


「月音」

「ん?なに――……ん……」


 こちらを振り向いた隙に、唇を奪う。

 一度離れ――


「少し我慢させちゃうけど……待っててくれ」

「大丈夫……待ってるよ」


 再び口付けを交わす。先程よりも長く……長く……。


 ようやくお互い満足し、顔を離す。


「浮気しちゃダメだよ?」

「しないって!待っててくれって言ったろ?」

「ふふっ……分かってるよ」


 どちらからともなく、展望台を後にする。

 下りる直前に俺は後ろを振り向き――


「お前とは付き合いが長くなりそうだ、よろしくな」

「凪?どうしたの?」

「なんでもない、今行く」


 俺の言葉が届いたのかどうか分からない。

 ――けれど、夕陽は俺らの歩く道を、穏やかに……そして力強くどこまでも照らし続けていた。


 終


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 最終話 「またいつか」


 ここまで拝読して頂きありがとうございました!

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誰にも懐かないはずの訳あり美女が俺にだけ懐いてるんだが? 水無月 @nagiHaru

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