第42話 「それぞれの思いの交錯」

 ――三月二十日


 時間が経つのは早く、卒業式は明日にまで迫ってきてしまった。

 満足いくまで遊び尽くし、八神さんや狼谷かみやさんの空いている時間に、イラストの添削もお願いするほど、経験も積んだ。


 充実した最後だったと言える。

 充実したからこそ、明日のことを考えると空虚感が大きく膨れてくる。


 ただ、俺の気持ちとは裏腹に、教室の中は明日が卒業式だと感じさせないほど、普段通りの喧騒に包まれていた。


「へーい!シノ!なに一人で黄昏たそがれてるんだい!」

たちばなか、黄昏てないよ」

「あたしの目は誤魔化せないぜ!」


 橘は目を背けたくなるほど、眩しい笑顔で俺を見る。


「黄昏てるってよりは、今日もいつも通りだなって思ってた」

「あ~、明日卒業式だもんね?変にしんみりとするより騒いでた方が良いでしょ」

「なんて言うか……明日で終わりなんだなっていう現実味が無いんだよ」

「シーンとしたお通夜みたいな空気より良いと思うけど?」

「それも、そうだな」


 先程までの笑顔を引っ込めたと思えば、真面目な答えが返ってきたので、俺は納得せざるを得ない。


「明日は嫌でもたくさん泣くんだし、今日くらい笑っていようよ」

「素が出てるぞ?橘」

「ちょーいちょい!シノがそういう雰囲気だったから、気を遣ったんだけど!?」

「今日くらい笑っていようぜ」

「その言葉あたしの受け売りじゃん!あたしをリスペクトするなら、駅前のパフェ奢りな」


 こんな会話で心がすこしだけ軽くなったのだから、本当に橘には頭が上がらない。


 ◇


「凪?お待たせ、帰ろ?」

「そんなに待ってないよ、行こうか」


 学校から最寄りの駅は十分もかからないで着いてしまう。


「少し寄り道して行こう」

「ん?珍しいね、どこ行く?」

「外寒いしカフェに行こう。駅の近くにオシャレなカフェ見つけたんだ」

「寄っちゃおう!何があるかな~」


 パァッと満面の笑みを浮かべ、楽しみだと言葉にせずとも伝わってくる。

 俺にだけ見せる笑顔に、俺は魅せられている。


 店内はレトロ感のある落ち着いた雰囲気で、時間帯のせいかお客さんはまばらだ。

 月音は早速メニューを開き――


「何にしようかな~ケーキセットもある!」

「俺は、ガトーショコラと紅茶のセットにしようかな」

「早くない?もうちょっと悩もうよ~」

「俺は一度悩んだら、しばらく悩むからさ」


 月音は、しばらく悩んだあげく、ショートケーキとレモンティーのセットにしていた。


「今日も男子に呼ばれてたな、お勤めご苦労さま」

「もう、そんな事務的に返してないよ?しっかり気持ちを受け取った上で返事をしてるの」

「そっか……それは、悪かった」

「……あ!もしかして~嫉妬してる?」

「………っ!してないよ、みっともない」


 最近、卒業式が近づいてきたからか、後輩からの告白が増えていた。せめて気持ちだけは……ってとこだろう。

 たしかに、ほんの少しだけ……面白くなかった。


 動揺が表情に出てしまったが最後だ。


「んふふ~わたしも愛されてるなって実感するよ~」

「おい、だから――」

「でも、大丈夫!わたしは凪一筋だよ?」


 月音は両手で頬杖をついた状態で、ニコッと笑う。


「……分かってるよ」

「あ、そうだそうだ」


 月音は、何かを思い出したようで、ポンと静かに手を打ち鳴らす。


「去年一緒にいてくれてありがとうね、今年もよろしくね」


 何かと思えば、新年の挨拶だった。しかも、ほとんど俺と同じ。

 長くいるだけ思考も似てくるのだろうか。

 俺も返そうとすると――


「ちなみに、凪からは聞いてるから大丈夫だよ」

「ん?俺言ってなくない?」

「私の頬を撫でながら優しく言ってくれたじゃん~忘れちゃった?」

「いや、だから――……っは!」


 まさか……年越し直後、月音を膝枕してたときか??


「思い出した?すっごくドキドキしちゃったな~」

「寝てたんじゃなかったのか……?」

「寝てたけどくすぐったくて起きたの、そしたら、あんな優しい声で……ねぇ?」


 何も言えず黙っていると、ちょうど良いタイミングで、注文の品が運ばれてきた。

 月音もケーキの方に意識が向いたので、助かった。


「ねー、ガトーショコラも一口ちょうだい?」

「いいよ、ほら」


 皿を月音の方へ滑らすと、やや思案顔をしたあとに俺の方へ返す。

 謎行動に首を傾げると――


「あーん」

「いや、人目もあるし……」

「角の席だし、誰も見てないって!あーん!」


 恥ずかしさを堪えつつ、一口月音に食べさせる。


「甘いね~わたしのもあげる」

「まさか……?」

「はい、あーん」


 黙って、ショートケーキを一口もらう。


「甘いな……」

「でしょー?でも……次は二人の時にやろうね……恥ずかしいし」


 やはり、羞恥心はあったらしい。傍から見たらバカップルそのものだろうな。

 けど、今だけしか出来ないかもしれないし、これも経験だろう。


 ケーキと会話を楽しんでいると、不意に足に違和感が……。

 俺の右足を月音の両足が挟む……というより、絡めてくる。


「どうした?」

「なにも~それでさ――」


 行動の意図は分からないが、別に悪い気はしないので、そのままに会話を再開する。


 結局、少しと言いつつも一時間くらい滞在していたと思う。すでに外は暗くなりつつあった。

 月音が駅の中に入る直前に振り返り――


「困らせちゃってごめんね、最後に少し……甘えたくなってさ」

「いや、困ってないし嬉しかったよ。俺も、同じ気持ちだったしな」

「それなら良かった!また、明日ね!」


『最後に』が、心に引っかかったが深い意味は無いんだろう。楽しかった気持ちが寂しさに上塗りされそうになった。

 けど、月音は寂しそうな顔をせず、笑っていた。


『今日くらい笑顔でいようよ』


 刹那、橘の言葉を思い出した。

 だから、俺も笑顔で――


「おう、また明日な」


 手を振り、駅の中に消えていく月音を見届ける。


(これが最後の「また明日」か)


 俺は、ゆっくりと家へ向かった。


 ◇


 夕食、お風呂を終え部屋でくつろいでいると、静かにドアをノックされ――


『お兄ちゃん……入ってもいい?』


 静かに控えめに、俺に問う。


「入って大丈夫だよ」


 そういうなり、浮かない顔で部屋に入ってくる。いつもの『充電』というやつかと思い、イスからベッドに移る。

 案の定、俺に抱きついてくる。優しく頭を撫でてやると――


「明日、卒業式だね」

「ん?あぁ、そうだな」

「双子だから、ずっとそばに居ると思ってたけど……離れ離れになっちゃうね」

「って言っても、そんなに距離は無いし会おうと思えば会えるよ」


 ギュッと力が強くなる。


「そうじゃなくって……朝起きても、家に帰ってもお兄ちゃんがいない……」

「そうだな、その日常ともお別れだ」

「そんなの……さみしい……よぉ……」


 顔は俺の肩に埋めていて見えないが、徐々に湿り気を帯びていく感じから……何が起きてるかは想像できる。


「大丈夫……大丈夫だよ。離れていても、俺はお前のことを大切に思っているよ」


 泣き出す桜を宥めていると、いつの間にか寝息を立てていた。ベットまで運んでやり、優しく頭を撫でる。


 今日でこれなら、明日はどうなるやら……。

 なんだかんだ、一緒にいる時間は桜が一番長い。

 生まれてから幼稚園、高校と一緒に育ってきたのだから、取り乱すのも分かる。自分の半身がいなくなって、心にぽっかり穴が空いた感覚だろう。

 でも、お互いの人生があるから、いつまでも一緒にって訳には行かない。


「ったく、おかげで明日を迎えるのが、さらに嫌になったよ」


 部屋で静かにぼやき、俺も気持ちを整え、明日に臨む。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 第四十二話 「それぞれの思いの交錯」


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