Vrexecuter 仮想世界の執行人

K-enterprise

仮想世界の執行人

 月の光が無い、深い森の中。

 座り込んで命乞いをする男へ、自動拳銃でヘッドショットを二発。

 確認するまでもなく絶命した男を傍らに移動を再開する。


 残り三人。

 残り時間は二時間を切っていた。


 直径10kmほどの孤島をくまなく捜索し、これまでの八時間で七人のターゲットをこの世から退場させていた。

 彼らに与する原住民の襲撃が予想以上に激しく、多くの時間を費やしてしまった。

 だが、残るは島の中央にある山頂。

 カルデラ盆地の中心付近にある洞窟が、残る彼らの籠城場所だ。


 山道を登りながら、原住民の散発的な襲撃を受ける。


彼ら原住民にとっては有益な存在ということか。そうやって生きる場所を確保したつもりなんだろうが」


 槍を持ってとびかかってきた男を撃ち抜き、先を急ぐ。

 どうせ殺せないだろう。

 そんな風に高を括っていたのかもしれないが、残念ながら俺は容赦しない。

 そうやってこれまでも仕事をし続けてきたんだ。


 カルデラの外縁から、すり鉢状の中央を見下ろす。

 月は無いが星の光の恩恵で視界は良好だ。

 視認できた竪穴まで素早く移動する。


 竪穴の洞窟は、進んでみるとすぐに斜めの傾斜に変わる。

 洞窟の中は、ぼんやりと緑色に光る石の鉱床なのだろうか、洞窟の外よりも視界を満たしてくれていた。

 待ち伏せを注意しながらゆっくりと進むと、大岩が点在する広い空間に辿り着く。

 奥に見える大岩。その向こうに、最後の三人が体を隠す様子が見えた。


「お前たちの手持ち武器は承知している。抵抗はやめて大人しく投降しろ」


 こちらも近場にある岩の陰に隠れながら声をかける。

 相手はリーダー役の剣士と、弓士、もう一人は道具屋だったか。

 長引かせるつもりはない。

 着ていたコートを手に持って掲げ、矢がコートを射貫く瞬間、岩陰から素早く前方へ移動し、残心中で動きの止まった弓士を銃で撃ち抜く。

 剣の届く距離ではない。中距離の攻撃手段を封じてしまえばチェックメイトだ。


 ただそれが罠だった。


 ごつごつした地面から土を跳ね上げながら、俺を中心にして網のようなものが浮かび上がり、俺の肉体を絡めとりながら中空へ舞った。

 森の中にある蔓のようなものを材料にしたのだろう。網は対辺5メートルほどで、四つの角からロープのようなものが上空へ伸び、よく見ると滑車のようなカラクリが見えた。

 それぞれのロープはいつの間にか現れた原住民が複数人で引いているようだ。

 道具屋の渾身の創造物なのだろう。


 その様子を網の中でから観察した。

 手に持っていた銃は網に絡まり自由を奪われている。

 ゆっくりと剣を手にした男が近づいてくる。

 憎悪の目が、印象的だった。


「俺を倒しても無駄だぞ。何度でも蘇るからな」


 俺と違って殺人行為に逡巡しているのだろう。一定の距離で歩を止めたリーダーに軽い口調で声をかけてみる。


「これまでの奴らもみんなそう言っていた。でも、あんたもプロの『Vrexecuterヴレクスキューター』だろ? そのあんたを、もう二度と生まれ変わりたくないと思わせるほど痛めつけたらどうなるだろうな」


 なるほど。遺恨を断つ方法を心得ているようだ。

 復讐の連鎖を止めるのは、どちらかが諦めるか相手を根絶やしにするしかない。

 それ以外の方法として、恐怖を伝道する生き証人を残しておくのは十分に抑止力になるのだ。倫理観さえ気にしなければだが。


「さすが世界を独り占めしようと企む奴はイカレてるな」

「独り占めして何が悪い! ここはもともと私たちのものだ。ここまでどれだけ苦労してきたのか知らないくせに! それを奴らの好き勝手にさせるものか!」


 俺の挑発にしっかりと反応する。

 やはりこいつらは人殺しに慣れていない。まだ別の道を模索しているのか、それとも自分たちの正義を喧伝したいだけなのか。


「俺にそんな言い訳をされてもなぁ。そういった主張は、俺の雇い主になってからにしてくれないか」

「……それは、あんたと交渉する余地があるということか?」


 こいつらにしてみれば、戦いのプロを引き入れたい思惑もあるのだろう。

 もしくは自分たちの手で殺傷することを忌避したいだけかもしれない。


「俺の生きる場所はここじゃあない。ここには仕事に来ているだけなんでな」

「対価は払う。我々が向こうに残してきた財産の在処を教えてやる」

「魅力的だが、俺は依頼は完遂する主義なんでな。お前らを排除した後にもう一度で依頼してくれや」


 その言葉をトリガーにして剣士の禁忌がはじけ飛び、彼は無表情に剣を振りかぶる。

 俺は左手のグローブを強く握り込む。

 瞬時、そこから雷光が瞬き、同時にドン! という爆音が響く。

 光の速さで暴れまわった雷は、蔓の檻と周囲の人々を焼き尽くしていた。


 周囲の数十メートルに渡り焦げた匂いと白煙が立ち込める中、俺はゆっくりと立ち上がり周囲を見回すと、リーダー格の剣士が炭化しつつもわずかに口を動かした。


「き、さ、ま……クソ……そんなモノ……」

「ああ、もちろん俺はノーダメージだ。なにせご都合主義の魔法というヤツだからな。お前らが最後まで否定したファンタジーの要素だとよ」


 いつの間にか絶命していた彼が、俺の言葉を最後まで聞き取れたか分からない。


「詳細はあの世でたっぷり聞いてくれ」


 俺は残り時間が数分であることを確認し、笑みを浮かべて虚空に呟く。




◆ ◆ ◆ ◆




「お疲れさん」


 脳内のスイッチが切り替わる不快な感じと共に目を開けると、そう声をかけてきた狡猾そうな中年の顔が見える。

 起き抜けに見たい顔じゃないな。


「連中は?」


 まだ張り付いているセンサー類を気にしながらベッドから上体を起こし、簡潔に聞く。


「全員無事に帰ってきたよ。君と違って拘束具付きの目覚めだがね」


 中年の男は、枕元にある俺のバイタルモニタを眺めながら静かに告げる。


「彼らは、どうなるんだ?」

「どうにもこうにも。知ってるだろ? 脳内にジャマーがインプラントされ、二度とVRには潜れないさ」


 仮想空間接続法違反による外科手術だ。彼らの生きる場所はこの現実地獄しか残されていない。

 食事も旅行も冒険も、ifの人生も彼らは二度と手にすることができない。

 それが仮想空間を私物化し、その世界で生き残ることを決意した彼らの対価だった。


「そんなことは分かっている。この会社での立場がどうなるのかって話だ。彼らがこれまで創り上げてきたVRゲームの数々によってここまで大きくなったんだろ? いわば貢献者って立場だ。俺だってクリエイターとしての彼らはあこがれの存在だったんだぜ」

「恩赦なんてないさ。彼らが仮想世界の中で生き続けようとした思想は危険なものだ。こちら側の肉体がVR法によって生命維持しなければならないことを逆手に、自分たちだけあっち天国で生き続けるなんて許されるはずがないのさ」


 中年の男は、少し辛そうに言葉を吐き捨てる。


「……なんで、行ったり来たりする現状で満足できないんだろうな」

「思い通りの物語を現実に変えたいくらい、この世界がお嫌いなんだろうさ。多くの研究者が仮想空間とフルダイブの開発を進めたのは、そういう理由だ」

「貢献者なんだから、十人くらい自由にさせてあげても良かったんじゃないか?」


 会話の途中で様々なケーブルが外され自由になった俺は、冷たい床に足を下ろし大きく伸びをしながら聞く。


「例外は許されない。脳はこちら側にある。それを維持するために人が必要になる。その人たちはこの世から逃げ出した人の世話を良しとしない。不公平だからな。それに世話をする人たちがうっかり殺人を犯す機会を与えてはいけない」


 男は似合わない笑みを浮かべながら言う。


「向こうでは殺させたくせにか?」

「それが君の仕事だろ? 『Vrexecuterヴレクスキューター』くん。また君の名声は響き渡ることだろう」


 それから報酬の支払いや、守秘義務などの事務手続きを経て病院を出た。

 病棟を見上げながら、この病院に収容されているらしい強制ログアウトさせた彼ら十人に思いを馳せる。

 同時に、先ほどまでの戦いを思い出す。

 ここにいた十一人が、眠りについたまま、別の世界でゲーム殺し合いをしていたなんて、考えるだけで笑えてくる。


「いや、ゲームですらなかったな」



『仮想空間に逃げ込み、ログアウトを拒んでいる社員を、その世界から強制排除してほしい』


 VRという機能が確立され世の中に浸透すると、その名の通り“現実逃避”する人たちが社会問題になった。

 彼らは『ダイブ中の人体は生命維持を含むあらゆる危険から保護されなくてはならない』というVR法を逆手に取り、いくつもの世界で籠城を図った。

 だがもちろん、VR法には仮想空間を供給する企業に対する罰則も多く、強制ログアウトに関する法令は細則に渡り細かく規定されていた。

 どんなにフルダイブする条件が整っていたとしても、望む望まないに関わらず、一定時間を越えてあちらに滞在することはできなかった。


 そうプログラムされていたからだ。

 だが、プログラムを管理する側が、それを改変したならば?


 もちろん肉体はこちらにあるため、フルダイブしている世界との回線を切ればいいという処置も取られたが、こちらにある肉体に対し、五感情報の入出力を強制処理した場合、ごくまれに二度と精神が体に戻れない事象が確認されると、人道的な理由から物理的な回線遮断も厳禁とするようにVR法が修正された。

 そんな経緯もあり時間制限を解除プログラムを改変して、あちらに残った人を仮想空間違法滞在者と呼び、彼らを強制的に排除する職業が生まれた。

 

 簡単な話、仮想空間での命を奪うという仕事だった。


 いつしかその職に就く人は『Vrexecuterヴレクスキューター』と呼ばれた。

 VR-executer

 仮想空間での執行人。

 私人逮捕のように、正義を振りかざして悪を断つという大義に溺れ、多くのゲーマーが正統的な人狩りを希求した。

 必要悪、ダークヒーローを気取り、多くの場面でVRに逃げ込む人たちを殺し続けた。

 だが大きな代償があった。

 フルダイブ型の仮想空間はあまりにも現実的過ぎたため、ゲームでプレイヤーキルに慣れている人も、現実の殺人と区別できなくなっていた。

 多くの人が精神を病み、仮想空間どころか自身の内的世界に引きこもる事態が起きた。


 彼らには、対象となるゲーム内で立ち回る技量だけではなく、強い精神力が求められた。

 そう。俺のように。


 俺は、これまでたくさんのゲームの中で修羅場を潜っていた。

 もちろんゲーマーとしての腕前だけでなく、あらゆる世界観にも精通し、依頼達成率はこの界隈では一、二を争う。


 今回の事件、有名ゲーム企業内で往年のクリエイターが引き起こした事件は高難度を極め、俺に白羽の矢が立ったのはごくごく自然な話だった。

 というか、俺以前に何人もの『Vrexecuterヴレクスキューター』が依頼を受け、そのどれもが廃人になって戻ってきたのだという。


 ゲームとはルールがある。

 そこを逸脱し、外部からの干渉に対する防壁を施し、天の岩戸に籠った彼らは自由と引き換えに秩序を捨てた。


 “現実に帰る”というルールを反故にした彼らに対し、同じ土俵で対抗する必要はない。

 今回、彼らが創造し永遠に生きようとした理想郷には“魔法”の概念はなかった。

 もちろん、銃もだ。


 彼らの所属する企業が、自社の醜聞を無かったことにするために、反逆した最高のクリエイターたちを葬るため、期間限定、範囲限定で実装させた機能が銃や魔法だった。

 言ってしまえばチート技を駆使し任務を達成した訳だが、彼らの創りだした世界に干渉する手段はずいぶんと面倒だったようで、恐らくあの制限時間に任務を遂行できたのは俺自身の能力だ。


 俺はこれからも最強の『Vrexecuterヴレクスキューター』として君臨する。

 そう、仮想空間がこの世に存在する限り!




 満足感と達成感を持ちながら踵を返して歩き始める俺の前に、見知らぬ誰かが立ち塞がった。


「さて、そろそろごっこ遊びを止めて現実に帰る時間だよ」


 俺の前にいきなり現れた男は、言いながら俺に銃を向ける。

 冗談じゃない。俺はまだでやることが残っているんだ。


「お前の手持ち武器が無いことは承知している。抵抗はやめて大人しく投降しろ」 


 男は俺にそんな最後通牒を告げる。

 その通り。この世界の設定で俺は武器を持っていないが、それでも去勢を張って気勢を上げる。


「俺は『Vrexecuterヴレクスキューター』、仮想空間の秩序を守る者だ!」

「奇遇だな、俺も『Vrexecuterヴレクスキューター』なのさ」






―― 了 ――

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