使い魔 2


「さ、シェリアも指を出してくれ」

「えっ……。痛いのは嫌……」

「大丈夫。魔法で痛みを抑えるから、目を瞑っていてくれ」


 恐る恐る指を差しだして、ギュッと目を瞑る。

 指先に流れ込んだ温かくてしびれるような魔力に身震いする。

 少しだけ何かが刺さったような感覚はしたけれど、痛くはなかった。


 そっと目を開けると、一滴の血液が開いたページに落ちていった。今度は光ることがなくて、魔力がやはりないのだと肩を落とす。


「君が失ったものをひとつでもいいから返したい」

「……え?」


 胸元に拳を当てて祈りを捧げているようなアルベルト。それはどこか敬虔な印象で、その美しさに目が釘付けになる。その直後、本から風が巻き上がった。


(この感覚……。あのときと同じ)


 そう、それはかつていつも一緒にいた大切な家族のような存在の気配。

 魔臓が貫かれたあの日に失い、もう二度と会えないのだと思っていた大切な存在だ。


「フィー……?」


 目の前には、真っ白な犬がいた。

 フィーは、母を亡くしたあの日も、家族に疎遠にされて一人眠る日も、いつも一緒にいてくれた大切な存在だ。


 震える指先でその毛並みに触れ、太い首を抱きしめる。

 使い魔には温かさはないけれど、確かに感じるその温もり。


「……会いたかった」

『ふぉん!!』


 少し間の抜けたその鳴き声を聞けば、確かに真っ白な犬が私の使い魔のフィーだと確信できる。

 私は涙をボロボロ流しながら、フィーを抱きしめ続ける。


「アルベルト! フィーが帰ってきた!」

「……うん」

「もう会えないと思っていたのに!」

「……俺も嬉しいよ」

『ふぉん!』


 そのとき、なぜかフィーが私から距離を取った。

 なぜか胸騒ぎがして、アルベルトのほうに視線を向ける。


「アルベルト……?」


 微笑んでいるけれど、胸元を押さえたアルベルトは明らかに顔色が悪い。

 呼吸も浅いし、体幹が揺れている。

 その症状に思い当たって、慌ててその体を支える。


「……どうして魔力枯渇症状が現れているの!?」

「ちょっと、めまいがしただけだ」

「……うそ!!」


 こうなったアルベルトをかつて見たことがある。

 それは、私が魔法に貫かれたあの日のことだ。


(そう、あのとき私よりもアルベルトの方が死んでしまいそうだった)


「アルベルト……!!」

「大丈夫だから、大きな声を出すな」

「……でも!」

「本当に大丈夫だから」


 少しよろめきながら、私のことを押しのけてアルベルトは微笑んだ。

 その体を支え、緑色のソファーに座らせる。


「ねえ、どういうことなの」

「君に受けた恩の一部を返しただけだ」

「あれはただの事故よ!」

「……違う。俺が君を巻き込んだ」


 あの日、アルベルトをかばった私は魔法に胸を刺し貫かれた。

 けれど、それは瞬時の判断だったとはいっても私が自分で決めた行動だ。


「……まだ、責任をとらなければいけないと思っているの?」

「責任を感じたから、君に告げたんじゃない」


 あの日、アルベルトから告げられた言葉。

 それは私にとって一生の宝物であり、一生の贖罪でもある。


 次の瞬間、ソファーに倒れ込んだアルベルトが手を差し伸べ、私は強く抱きしめられていた。

 

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