専属司書 2
今日はまず全体を把握しよう。
そして目録を作り、テーマごとに最適な順に整理する!
(……そう思っていたときもありました)
気がつけば、日は高く昇っていた。
以前から読みたいと思っていた使い魔についての本を見つけて読みすすめてしまった私。
王立学園に所蔵されていたこの本の原本はすでに劣化が進んでインクの文字も掠れていた。
触れることは許されず、ガラスケースに収められたその本の開かれているページだけを何度も読み込んだものだ。
「綺麗な写本なんて……。思わず夢中になっちゃった」
『ふぉんっ!』
「お腹空いたわね。フィーもお腹が減ったでしょう? でも、私の魔力は無くなってしまったからあのころみたいにあげられないの……。どうしましょう」
『ふぉんっ!』
フィーは、尻尾を振りながら私を見上げた。
その瞳の色は、以前は真っ青だったのに今は淡いアイスブルーだ。
私の瞳の色が変わってしまったことと関係あるのだろうか……。
「……そういえば、本の中にはフィーが暮らす世界についても書かれていたわ」
『ふぉんっ!!』
「どうして、使い魔のいる世界とこの世界は繋がるのかしらね?」
『……ふぉん』
もちろん、フィーがそれに答えてくれることはない。
そのとき図書室の扉がノックされ、「失礼いたします」と穏やかな声とともに開いた。
立ち上がり、深く礼をする。
「お嬢様、私にそのような挨拶は必要ありません」
「こちらでしばらくお世話になります。シェリア・ウェンダーと申します」
「ローランド侯爵家の執事長を勤めております、ビブリオと申します。シェリア様のことは、坊ちゃまから何度も話を伺っておりましたので、初対面の気がいたしません。どうかなんなりとお申し付けください」
「はい」
アルベルトは、私について何をそんなに話したのだろう。思い返してみても口げんかしていたことくらいしか浮かばない。
「昼食の準備ができております。……その前にこちらをお預かりしておりました」
「これは……」
ビブリオさんが差し出したのは、美しい細工の鍵だ。その鍵には金色の魔力が込められた眩いばかりの魔石がはめ込まれている。
「この魔石……」
「はい、お気づきだと思いますが、最高純度の魔石に坊ちゃまが魔力を込めています」
「恐ろしいほど価値がある物よね……」
「それから、この屋敷のどの部屋にも入れるマスターキーです」
「は!?」
戸惑っているうちに、鍵を手渡されてしまった。
キラキラ輝いている魔石。もし私の魔臓が壊れていなければ、強い魔力を感じたことだろう。
「フィー様にはこちらを」
ビブリオさんは、フィーに魔石がついた首輪をはめる。フィーが嬉しそうに『ふぉんっ』と鳴いた。
この魔石も金色に輝いているから、アルベルトの魔力が込められているに違いない。
(これなら、フィーはいつでもここから魔力を食べることができるわ)
「ありがとうございます。でもこちらはお返しします」
「なぜですか?」
「日常生活を送るだけなら、以前頂いた魔石で十分です。それに、私はお仕事を頂いただけなので、マスターキーなんて預けられても……」
「なるほど、ここにも坊ちゃんがはっきりとお気持ちを伝えていない弊害が」
ビブリオさんが、顎に手を置いてぼそりと呟いた言葉は、よく聞き取れなかった。
「何か仰いましたか?」
「いいえ、お気になさらず。しかし、困りましたな……」
ビブリオさんが、眉をひそめた。ロマンスグレーの髪と美しい緑の瞳をしたビブリオさんは、落ち着いた印象の老紳士だ。
そんな彼が困ったように微笑めば、大人の色気にドキリとしてしまう。
「あの、何か不都合でも?」
「いえ、こちらの鍵は何があっても必ずシェリア様にお渡しするように厳命されておりまして……。受け取っていただけないとお叱りを受けてしまいます」
「えっ!」
手の中の鍵にはめ込まれた魔石は、明らかに価値が高い。しかも、ローランド侯爵家のお屋敷のマスターキーだという。
(アルベルトは、物の価値に無頓着なところがあったから……)
愛用しているペンを嫌がらせで隠されたとき、私に譲ると言って差し出してきたペンは、一流ブランドの一点物だった。
あのとき、全力でお断りしたのに押し付けられて、代わりにねだられたのが刺繍入りのハンカチだった。
(そう、グリフィンの刺繍入りハンカチ……)
断じて羽が生えた豚ではない。でもまさか、まだ大切に持っているなんて思わなかった。
私もペンは大切に使ってきたし、荷物なんてほとんどなかったけれど、もちろん持ち出してきた。
「……わかりました。私から直接返します」
「ええ、よく話し合われてください。こちらのチェーンで、ネックレスにいたしましょう。それでは昼の食事にご案内します」
「ありがとうございます」
貸してもらったチェーンで首に鍵をさげながら、使用人と一緒に食事をするのだと思ってビブリオさんについていく。
(ふふ、お昼寝するほど甘えられないけれど、三食食べられるなんてありがたいわ)
――しかし予想は裏切られる。
「それでは、私はこちらに控えておりますので」
「えっ?」
「よく来たね。シェリア嬢」
「聞いたわ。大変だったわね」
「よろしく、姉様って呼んでいい?」
「もう! 初対面でしょう!?」
そこにいたのは柔和な笑顔の紳士と優しげな婦人。ものすごく可愛い男の子と明るい印象の美少女だった。
男の子は私のそばに走り寄り、人懐っこい笑顔を向けてくる。
(えっ、いったいどういうこと!?)
慌てて深く礼をする。紳士と男の子は、色合いは違うけれどアルベルトに良く似ている。婦人と女の子はアルベルトと同じ黒髪に金色の瞳をしている。
(……間違いない! どうして、ローランド侯爵家の皆様がいらっしゃるの!?)
案内された先にはなぜかローランド侯爵家の家族一同が勢ぞろいしていた。
「……シェリア・ウェンダーと申します」
何とか挨拶したものの、私は深くお辞儀したまま、時を止めることになるのだった。
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