魔力ゼロ令嬢 3
「ここ、アルベルトの家じゃないの?」
「……そうだ」
「どうして私をここに連れてきたの? というよりも、どうして我が家の前に……」
「説明はあとだ」
アルベルトが私の質問に答えてくれないのは、学生時代から変わらない。
突っかかってこないだけ大人になったのかもしれない。
少し突き放すような言葉と裏腹に、アルベルトは馬車から降りるとすぐに私に手を差し出してきた。
「……自分で降りられるけど」
「淑女をエスコートもしない残念な男になりたくない」
「大人になったのね……」
「シェリアにだけは言われたくないな」
文句を言ってしまう私は、本当に可愛げがない。
王立魔法院の制服に身を包んだアルベルトにエスコートされた恥ずかしさを、ついごまかしてしまった。
そんなことはお見通しなのかもしれない。目が合うと金色の瞳が細められた。
「あっ……」
エスコートの手を重ねたのに、躓いてしまってバランスを崩す。
けれど、衝撃は訪れず思わず瞑ってしまっていた目を開くと、アルベルトに抱きとめられていた。
「ごめんなさい!」
「いや、怪我はないか……?」
「大丈夫……。ありがとう」
「当然だ」
慌てて距離をとると、アルベルトはなぜか私から視線をそらし、手で口元を覆った。
(学生時代、アルベルトはいつだってけんか腰なのに、困ったときには助けてくれた)
庶子だと馬鹿にされ、良い成績を出せば教科書を隠されたり破かれたりもした。
そんなときも隣の席だったアルベルトはそれとなく教科書を見せてくれた。
少しの沈黙のあともう一度差し出された手。
私は今度は黙ったまま手を重ねる。
ゆっくりと引き寄せられて歩き出す。
これから始まる生活も、幸せな日々も、新たな知識の扉も、何一つ知らないままに。
***
アルベルトは、私の手を引いたまま三階へと上がっていった。
明らかに客をもてなすためではなく、このお屋敷のプライベートなエリアだろう。
廊下には仲が良さそうな家族の肖像画が飾られている。
チラリとそれとなく観察する。真ん中にいる少年は、黒い髪に金色の瞳をしている。
きっと、アルベルトに違いない。
(どこまで行くのかしら……)
応接間に案内されるのだと思っていたけれど、どんどん広大な屋敷の奥へと連れていかれる。
そして、部屋の前でアルベルトはようやく歩みを止め私の方を振り返った。
「……」
「……アルベルト?」
深呼吸する音が聞こえた。なぜか全身汗だくになっていたり、手に汗をかいていたり、深呼吸をしてみたりといつも完璧なアルベルトにしては珍しい姿ばかり見ている気がする。
「シェリアに頼みたいことがあるんだ」
「……構わないけれど」
どうせこのあとは神殿に向かって俗世とは離れる予定だ。
学生時代のライバルの願いを聞いて、思い出にするのも良いだろう。
そんなことを思っていると、なぜかアルベルトが眉を寄せた。
「用件を聞く前に了承するなよ……。だまされるのではないかと心配になる」
「……アルベルトが私をだますはずないわ。その程度はわかるもの」
「そういうのもやめてくれ」
「えっ……。では、私はどうしたら!?」
断ってほしかったのだろうか……。でも、まだ用件すら聞いていない。
アルベルトは前髪を軽く掻き上げた。そんな仕草に学生時代にはなかった大人の色気を感じてドキリと心臓が音を立てる。
「……実は、魔術書の管理を頼みたいんだ」
「……魔術書の管理?」
「禁書指定の物もあるから、選択肢はシェリアにある」
心臓が急に早鐘を打ち始める。もう関わることはないと思っていた魔術。
けれど、魔術書の管理なら、魔力がない私にも出来るかもしれない。
「断らないでほしい……。屋敷に部屋も用意するし、君の好きな食事を出すし、三食昼寝つきで、服もアクセサリーも君好みの物を準備する……」
「至れり尽くせりね?」
「……もちろんだ。だって君は俺にとって」
「私がどうかしたの……?」
まっすぐに見つめられた金色の瞳は、少し潤んで熱が籠もっているみたいだ。
私もアイスブルーの瞳をまっすぐに見つめ返すと、なぜか露骨に視線をそらされた。
「俺にとって君は。……っ、魔力がないから魔術書を劣化させないし、魔力があると開けない魔術書があるから都合が良いんだ!」
そんなに大声で言わなくても良いのに……。と私は思った。
『都合のいい女』宣言されてしまった私は、一瞬アルベルトを見つめて、けれど口元を緩める。
私の魔力が無くなった原因が自分にあると打ちひしがれていたけれど、アルベルトはもう完全に立ち直ったようだ。
「――実は、住むところがなくなって困っていたの。役に立つのなら、しばらくの間は置いてもらえるかしら?」
「……しばらくと言わず、ずっといてほしい」
「え?」
「……俺の専属司書に任命するから、長期契約だ」
専属司書という言葉は聞いたことがない。
けれど、開かれた扉の中の光景に私は言葉を失う。
高い天井の中心はドーム型になっている。高い書架で埋め尽くされた室内。
書架に治められた蔵書は、一見しただけで貴重なものばかりだとわかる。
王立学園の図書館の蔵書は素晴らしかったけれど、ローランド侯爵家の図書室は格が違った。
「素晴らしいわ」
「それはそうだろう。……たぶん君好みの本が多いと思う」
「そうなの!?」
こうして私の新しい日々が始まった。
アルベルトの本心も知らないままに……。
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