夜会 5
二人で人目のつかないテラスに行く。
すでに日は完全に暮れて薄暗いその場所には、誰もいなかった。
「……久しぶりね。シェリア様」
「ええ、お久しぶりです」
三年ぶりに顔を合わせれば、会えていなかった期間が嘘のように思える。
「私のことを警戒している?」
「いいえ。レイラ様のこと信頼していますし、それに……」
「それに、何かしら」
「アルベルトが、レイラ様と二人きりになるのを止めなかったので」
「……」
レイラ様が、エメラルド色の鮮やかな瞳を見開いた。そして、プルプルと震える。
「もしかして、今もけんか腰なのかしら」
「……今は」
「端から見ていても、アルベルトがあなたに夢中なのはわかりきっていたわ」
「……それは、あの、その」
「じれったく思いながら、とてもうらやましくも思っていたの」
そこまできて、私はモヤモヤしていたことを聞いてみることにした。
「レイラ様は、アルベルトが好きだったのですか」
バサリと開かれた扇。
細められた瞳。
「まさか! あなたみたいに趣味が悪くないもの」
「えっ、ええ……」
「私はもっと年上の落ち着いた殿方が好みだわ。そうね、筆頭魔術師フール様のような」
「……フール様が、年上の、落ち着いた、殿方」
「そうよ。私たちの10倍以上生きていらっしゃるのだもの」
出会ってからのフール様の行動を振り返る。
魔法に関する飽くなき好奇心。自由な行動、若い姿。どれをとっても大人というイメージからはかけ離れている。
「うーん。確かに長く生きているという点では」
「……まあ、彼くらいがお相手でなければ、私には恋愛結婚なんて認められないわ」
「レイラ様」
「そういう意味での、うらやましい、よ」
微かなため息が聞こえた。
ガラスの向こう、デルフィーノ公爵と話を終えたのだろう。アルベルトがこちらに歩んでくるのが見えた。
「そろそろ楽しい時間も終わりね」
「レイラ様」
レイラ様は、私の耳元に美しい唇を近づけ、扇で隠した。
「……父に気をつけて。それから、これから先、私のことを信じてはいけないわ」
「……レイラ様?」
それだけ言うと、質問を拒むみたいにレイラ様は私から距離を取った。
手を伸ばせば届きそうなのに、その美しい笑顔はすべてを拒んでいるみたいだった。
アルベルトの横をすり抜けて、レイラ様が去って行く。アルベルトは険しい表情のままだ。
そっと肩を抱き寄せられる。
トンッと頬が胸に当たれば、思った以上に自分が緊張していたことに気が付いた。
「何か言われたか」
「デルフィーノ公爵に気をつけるようにと」
「それだけか?」
「これから先、レイラ様を信じてはいけないと」
「そうか」
アルベルトは、予想していたかのように小さくそれだけつぶやいた。
「帰ろうか」
「ええ……」
そのまま優雅にエスコートされ、会場をあとにする。帰りの馬車に乗るなり、アルベルトは私を強く引き寄せた。
「……」
「何の話をしたのか、気になるか?」
「気にならないと言ったら嘘になるわ」
「……君との婚約を破棄して、レイラ・デルフィーノ公爵令嬢と結婚するように勧められたよ」
馬車に沈黙が訪れる。
何も言えずにいると、アルベルトがあからさまなため息をついた。
「身を引こうなんて考えてないよな」
「……それは」
デルフィーノ公爵家は、この国の貴族たちの中でも別格だ。
「デルフィーノ公爵が欲しいのは、王立魔法院だ」
「……アルベルト」
レイラ様と結婚すれば、アルベルトはますます筆頭魔術師に近づくだろう。
「はあ、俺ばかりがこんなに君を愛しているのだと、思い知らされるな」
グシャグシャと軽く編み込んだだけのフワフワした髪が乱された。
私たちの足下に一緒に乗り込んでいたフィーが、私の手の甲をベロベロなめる。
少し眉根を寄せてアルベルトがもう一度私を強く引き寄せた。
「俺が筆頭魔術師になりたいのはなぜだと思う」
「……そんなの知っているわ。子どもの頃から憧れていたからだって学生時代言っていたじゃない」
アルベルトがなぜか自嘲気味に笑った。
「半分あたりで半分はずれだ」
「では、残り半分は」
「……筆頭魔術師になれたら、君と結婚して良いと言われたから」
「……へ?」
「王立学園に入学した直後に父からそう許しを得た」
「え、えっ?」
予想外の言葉に混乱しているうちに、馬車はローランド侯爵家に着いた。着いてしまった。
(えっ、冗談……言っている顔じゃない!? え、それが本当だとしたら)
筆頭魔術師まであと少しで手が届く位置まで上り詰めたアルベルト。受け入れてくれたローランド侯爵家の人々が生温く私たちを見つめる表情。
私の頬が真っ赤に染まったのを見てアルベルトは機嫌を直したらしい。
「ここまで、これほど努力したんだ。絶対に諦めないから、覚悟して?」
「えっ、あのその」
返答できていない私を横抱きにしてアルベルトが馬車から降りる。
そういえばアルベルトは、こうと決めたら絶対に曲げないし、少々強引な行動もいとわないのだった。
顔を両手で隠した私は、抱き上げて下ろしてくれないアルベルトとともに、ローランド侯爵家へと帰ったのだった。
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