魔力ゼロ令嬢ですが元ライバル魔術師に司書として雇われただけのはずなのに、なぜか溺愛されています。
氷雨そら
魔力ゼロ令嬢 1
――白銀の髪とほとんど色のない瞳は魔力ゼロの証。
街を歩けば魔力がない珍しい私に、誰もが好奇と哀れみの視線を向ける。
『……シェリア・ウェンダー。やはり君のように魔力がない女を妻にするわけにはいかない』
三日前、そう言い放った婚約者の腕には可愛らしい御令嬢が絡みついていた。
魔力がないから、なんて家の繋がりで決まった婚約なのだから、体の良い言い訳でしかない。
『かしこまりました』
けれど私は、大人しく引き下がるしかなかった。
元から魔力がないわけではない。むしろ私の魔力は多かった。
けれど今の私は、魔力がない。日常的に使う魔道具さえも、魔力が込められた魔石なしには使えない半端な存在だ。
(魔力を産生する魔臓は、目には見えないけれど心臓の真裏にあるという)
そっと触れた胸には、今も傷跡が残っている。
卒業式のあの日、参列席から放たれた魔法は、私の心臓や肺、大動脈をすり抜け、魔臓だけを貫いた。
魔臓が壊れたときにはたいてい重要臓器や大血管を巻き込むから、ほとんどの人は死に至る。
けれどあまりにもど真ん中で刺し貫かれた魔臓は、魔力暴走を起こすことなく、ただ沈黙した。
――狙われたのは私ではなかった。
私を巻き込んだ事件。それは魔力がなくても人は生きていけることを証明する過去に前例が数例しかない稀有な事例でもある。
「ううっ、私だってそんな珍しい事例にはなりたくなかったわよー!!」
枕を投げて叫んだところで、婚約破棄された事実も、私から魔力が消えてしまった事実も代わりはしない。
壁に掛けられた肖像画には、夜空みたいに青みを帯びた黒髪に深く青い瞳を持ったかつての私が描かれている。
(魔術師にあこがれ、いつかなるのだと夢見ていた)
いつか魔力が戻るのではないかと抱いていた希望はもう潰えた。私はその肖像画をそっと取り外し、ゴミ箱に捨てた。
続いて机の上に飾っていた、王立学園の校章を手にする。これは私の校章ではない。
卒業式直前に彼と交換したものだ。
卒業式のあの事件以降、彼と話したのは一度きりだ。それからは、かつてライバルだった彼の活躍を噂で聞くだけだった。
「ずいぶん遠くなっちゃったな……」
思い出の品もゴミ箱に捨てようとしたけれど、どうしてもできなかった。
ため息をついて、小さな鞄の裏ポケットにしまい込む。
「……神殿に行くしかないわね」
すでに婚約破棄された私は用済みで、義母から手切れ金を渡されて家から追い出されることが決まっている。
そもそも庶子である私が、平民だった実母を亡くしたあとウェンダー伯爵家に引き取ってもらえたのは、豊富な魔力を持ち、王立学園に特待生として入学できるほど勉学に秀でていたからだ。
神殿にはお世話になっている神官様がいる。
運が良ければ、孤児院のお手伝いや神殿の清掃係として置いてもらえるかもしれない。
小さな鞄を1つ持って私は家を出る。
「シェリア!」
「……アルベルト・ローランド」
そして玄関を出た途端、なぜか酷く息を切らし額から汗を流した彼と出くわしたのだった。
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