死んで花実が咲くものか

ユウグレムシ

 青白い月明かりが寝室へ差し込む夜、獣耳と尻尾のある男が窓辺に腰掛け、ベッドから上半身を起こした痩せっぽちの少女に、ほんのりと燐光を放つ魔法の果物を差し出そうとしている。

「さあ、キミの願いを言ってごらん」男が言った。

「大人に……なりたい、です」

「大人になりたい、か……。もし大人になれたら、やりたいことは、もう決まっているのかな?」

「はいっ」

「ではひとつ忠告しておこう。……このりんごを食べれば、キミの願いは叶う。しかし、魔法の力を持つなら、キミは、キミ自身の思い描いていた人生に別れを告げることにもなる」

「どうしてです?」

「私が救う命は、キミで最後になりそうだから。佐々波さざなみ 結愛ゆあくん、これからはキミが人々を救え。それが魔法の力を受け継ぐ者の使命だよ。キミは魔法使いになれる代わりに、普通の女の子ではいられなくなる。誰にも明かせない秘密を心の内に抱え、星の導きのみを友として、たったひとり、普通の人達よりも厳しい条件で生きねばならない。それでもいいかな?」

「いじわる言わないでください!りんごを食べなきゃ死んじゃいます。魔法使いにでも何にでも、なってみせます!」

「そうか。ならば食べるがいい」

 男の手から結愛が果物を受け取る。

 小さな口を精一杯開き、結愛が果物にかじりつこうとする。


 の出番だ!!


「ちょ~っと待ったぁ!!」

 僕は結愛の口を手で塞ぎ、が果物を奪い取ったのを見てから、手のひらに仕込んでいた錠剤を喉の奥へ放り込んだ。ごくっ、と結愛の喉が鳴る。奇襲成功!!

「何者だ!?」

 男が魔法の杖を構えた。が、から同時に魔法の杖で狙われては対処できないと悟ったのか、構えを解く。

「僕達は真咲。“魔法少年マサキ”とでも名乗っておこうかな。探したよ?おじさん」

「その子を放せ。魔法の力を与えねば、病で命を落としてしまう」

「佐々波ならもう助けた」

「なんだと……?」

 痩せっぽちの結愛が僕の腕の中でもがいたので、口を塞ぐ手をどけてやった。もう羽交い締めにしなくてもいい。なぜなら結愛の頭には、僕達と同じように、びょこんと毛むくじゃらの耳が立っているからだ。

「ぷはぁっ!」結愛は獣耳と尻尾をまさぐった。「なにこれ?私、どうなっちゃってるの!?」



 どこへも届かない恋心と魔法の力を僕に押し付けたまま結愛は死んだ。あの日、僕は心に虚しさを抱えてでも、人々を救うため魔法使いとして生きようと決心した。……だけどはそうじゃなかった。


 彼は言った。“死んで花実が咲くものか”と。


 クラスメートの結愛。魔法使いになった結愛。死んでしまった結愛……。突然の出来事の連続で感情を激しく掻き乱され、気持ちの整理が決心に追いつかず打ちひしがれていた僕のところへ、彼は現れ、結愛を救う方法を教えてくれた。そして要するに「勉強がんばれ」と言ってきた。「勉強がんばれ」だって!?

 “未来から来た僕”は、(いずれ結愛を殺す遠因になってしまう)魔法の力に頼らずに、僕達だけの秘密を守りながら結愛を救うべく、“腕のいい心臓外科医になった僕”を探していた。そのために僕の過去のいろいろな時点へ遡って、僕を医大に合格させようと、発破をかけて回っていたのだった。とはいえ、勉強さえできれば医者になれるってわけじゃあない。僕ひとりのやる気や才能だけではどうにもならない実家の太さ、親のコネ、社会の状況とかを言い訳に抗弁すると、彼は「お前が医者になれないのなら別のお前に発破をかける」と言った。


 “未来から来た僕”も、結愛から魔法の力を託された当初は、人助けに生涯を捧げようとしていた。ところがあるとき、かつて助けた相手の未来が心配になって時間を越え、何度か、その後の様子を見に行ったら、いつも同じ時代へ飛んでいたはずなのに、未来が何種類もあるようだと気づいた。彼が助けた相手は、観測された瞬間を分岐点として、別々の未来を生きていた。

 未来や過去を訪れるたびに世界はわずかずつ変容し、彼は、“時間がタテ方向だけでなく、ヨコ方向にも、網の目のように広がっているのではないか”と気づいた。のだ。


「真咲くん、待ちたまえ」獣耳の男が話を遮った。「時間が一本道ではなく、過去にも未来にも無数の可能性があるとするなら、キミが……とは何だ?」

「そう。僕達が佐々波を救っても、可能性のうえでは、。だから今、僕達は、と考えている」

「ほぇー……。真咲くん、私と同い歳とは思えないです」

「佐々波のためにみんなで勉強したんだよっ!」


 過去や未来を巡って仲間を集めた僕達は手分けして、無限の可能性の中から、アメリカ航空宇宙局、いわゆるNASAの重役になった僕を捜し当て、辛抱強く交渉を重ね、僕達のことを信用してもらい、月面探査計画に極秘のミッションを追加させた。そしたら……聞いて驚けよ?月の裏側に、太古の果樹園があった!!

 魔法使いの力の源だった宝石は、単なる石ころじゃなくて、“人間をに改造する微小機械ナノマシン”を詰め込んだカプセルだったんだ。そのカプセルは、“この時間軸の現代”では研究と応用が進み、指先でつまめるサイズの錠剤になってて、月面からの魔力、すなわち“星の導き”を昼間でも受信できるように、中継衛星とか基地局とかが電話並みにありふれてる。だからもう、錠剤さえ飲めば、夜を待つ必要は無いし、トラックが突っ込んできても誰も死なずに済むし、昼間でも最強。人類みんな魔法使い。

「そんなことになってたなんて知りませんでした!」

「僕達が過去を変えたから」

「そのようなものを、古代の誰が、いったい何のために……」

「誰かさん達は、魔法で地球を侵略するつもりだったけど、大昔にあきらめたか、滅んだか……らしい」「僕達が見てこれた過去ではね」


「さて、狼男のおじさん。佐々波に錠剤を飲ませ、あんたの行動を阻止することも計画のうちではあったが、まだ戦いは終わっちゃいないんだ」

「……」

「あんたや、佐々波や、僕達を、こんな目に遭わせた黒幕がまだ残ってる。そいつは“死にぎわにひと花咲かせるキャラクター”とやらのメリーバッドエンドを、僕達の住む世界が相対的に平面に見えるほどの高次元から悠々と眺めて、他人の生き死にをおもちゃにしてる。僕達は、このあとも過去と未来と無数の時間軸から知恵を集め、いつか高次元へ乗り込んで、そいつと戦う。協力してくれるかな?」

「……断る」

「じゃあ死ね」

「ひゃあ!?」

 結愛が身体をこわばらせる面前で、左右から攻撃魔法が男の胴体を貫き、魔法使いは果てた。

「なにも殺さなくたって!」

「佐々波の仇だ」

 ……なぁに、こいつがダメでも別のこいつをあたるだけさ。



「佐々波。さっきの話、ついてこれてた?」

「んー、ぜんぜん」

「これから一緒にじっくり勉強しよう。僕達には時間なんていくらでもある」

 魔法使いを倒した僕達は、こうしてまたひとり救った結愛とともに時空を越え、別の結愛が助けを待っているはずの、次なる時空を探した。

「行く先々で、あの魔法使いさんを殺すことが、ほんとうに正しいのでしょうか……?」


 黒幕との戦いは熾烈を極めるだろう。なぜって、そいつがひとこと「真咲は死んだ」「結愛は死んだ」と書けば、僕達の努力ごとき一瞬で消し飛ぶのだから。でも僕達はあきらめない。たとえ相手が神だとしても。

 誰かを救ってくれだなんて勝手な想いを託されたまま女の子に死なれて、宙ぶらりんの恋心を一生引きずる身にもなってみろ!“死にぎわにひと花咲かせるキャラクター”なんか、メリーバッドエンドなんか、認めない。この僕が救いたい相手は最初から結愛しかいない!どんなに手間がかかろうと、すべての結愛を必ずハッピーエンドへ導いてみせる。命あっての物種だ。死んで花実が咲くものか!!

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