ポンタも家族だもの
香久山 ゆみ
ポンタも家族だもの
「それでおふくろの世話もちゃんと出来るなら、別にいいけど」
子供達も大きくなったし、私もそろそろ専業主婦を卒業して働きたいと夫に申し出たところ、この回答。お義母さんは「膝が痛い」というものの、日常介助は必要としておらず、隣家から毎夕ごはんを食べに来るのは、たんに彼女の甘えだ。だいいち夫の母であり、私の親じゃない。私が働くというならせめて協力して然るべきじゃないの。という思いは言葉にならずぐるぐる胸の内に沈澱する。
子供達は我関せずで、娘はソファに寝転んでスマホをいじっているし、息子はテレビの前に陣取ってゲームしてる。あんた達の世話するために専業主婦になったっていうのに!
「でも、母さん」
テレビ画面に『YOU LOSE』とでかでか表示されて、ようやく息子が口を聞く。口を開いただけで、視線はちらともこちらに寄越さずゲーム画面を操作しているが、まあよい。
「おれ夏休み中ずっと部活で弁当いるけど。それとか洗濯とか大丈夫なら、いいんじゃね」
ぬけぬけとそんなことを言う。娘も聞いているんだかいないんだか、「手伝うよ」の一言さえない。女の子は頼りになると期待していたのに、役に立たないんだから。数ヶ月前も学生の身でありながら彼氏と同棲したいなんていうから叱ったところだ。不服なのか以来ろくに口を聞かない。ああ育て方間違えたかしら、甘やかし過ぎたのかもしれない。
これ以上不毛な会話を続ける気にならず、夕飯の準備に戻る。食卓が整うと、折角家族揃っているのに、皆自分の都合でばらばらと席に着きスマホ片手にもくもくと食べて、自室へ引上げていく。隣家の義母へ食事を届けて戻ると、リビングにはもう誰もいなかった。
流しに溜まった洗い物を黙々と片付けている間も溜息しか出ない。明日のゴミ出しの準備をして、洗濯機の予約ボタンを押す。朝食の下準備しておく。そうしてようやくリビングのソファに腰を下ろして、一息つく。
スマホを開く。料理のレシピを調べる時にしか使わない。連絡先を登録するような友人はいないし、家族から連絡がくることもない。
『ポンタくん』
検索する。正式名称は思い出せなかったが、無事お目当てのサイトが出力された。
正式には「なんたらアンドロイド」というらしい。(横文字の長ったらしい名前で理解するのは諦めた。)それの日本向けカスタマイズされたタイプで、誰が呼び始めたか「ポンタ」とネットで話題になり、通称として定着した。要は家庭向けアンドロイドで、不在の家族の代わりを務めてくれるというものだ。仕事で不在がちの両親に代わって幼子の相手をしたり。死期の迫った老人が残された配偶者のため自分型にカスタマイズしたアンドロイドを遺したり、様々に使用されているらしい。
二週間のお試し利用なら、負担のない値段だ。継続利用も勤めに出ればその収入で何とかなりそう。『購入』ボタンを押す。本人確認のあと、質問が展開される。性格を問うものから、日常の行動を確認する内容まで、全問回答するのに小一時間もかかった。けど、それでこそそっくりなポンタが出来るのだろう。機能追加は別料金ということだし、私と同じものが来れば料理も掃除洗濯もやってくれるはずなので、別に必要なし。
三日後、家族の留守中に早速ポンタが届いた。背格好は私と瓜二つだが、顔はぬぼーっとしてる。声や喋り方は似せているものの、機械感は隠しきれない。けれど、家事は私と同じく一通りできるようなので、まあいい。
さっそく日中家のことはポンタに任せて職を探した。すぐにパートタイムの仕事が見つかり、仕事に精を出す。家の心配をせずに思い切り働けるのはじつに充実していた。パートでは飽き足らず、私は契約社員の登録をして、フルタイムで働くことにした。帰宅前にポンタのスマホに連絡して、自宅前で待ち合わせて入れ替わりしれっと家に戻る。夫も娘も息子もすでに帰っており、ポンタの作った「母の夕飯」を違和感なく食べている。
今日は残業で帰宅が遅くなった。ポンタと交替して元に戻ったのは二十二時も回っていた。つまり、家族は三時間以上もポンタと過ごしていたのに、入れ替わりに気付いていないということだ。呆れた! さすがにコミュニケーション不足も極まれり。
そもそもポンタを使っていることを隠しておく必要もないのだわ。そう思い直して、風呂上りの娘を呼び止める。まずコミュニケーション不足についてお説教して。それから、この二週間ずっとポンタと入れ替わっていたのだと言ったら驚くだろうな、という悪戯心もあった。なのに、期待した反応がない。娘を見上げると、ぬぼーっとした顔をしている。
えっ! まさか。私は、夫と息子の顔を確認しに走った。
ポンタも家族だもの 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます