ひとりdeこっくりさん

上山流季

ひとりdeこっくりさん

 

 そのメッセージに気付いたのは受信から3日が経過した頃だった。北川きたがわとはサークル所属時に連絡先を交換して以来、会話した記憶がない。俺はサークル掛け持ち系にぎやかし要員だし、北川は陰キャだ。大学生始めたての頃は飲みに誘ってやったりもしたが、来たことがあるかも怪しい。北川だけに。


 メッセージはURLリンクだった。ほかになんのコメントもない。タップするとスマホアプリのダウンロードページが展開される。アプリの名前は――


 ――ひとりdeこっくりさん


「なんだこれ」


 思わずツボに入って笑い出してしまう。ひとりdeこっくりさん。陰キャからの紹介アプリにしては出来過ぎだ。こっくりさんをする友達もいないのか。もしや寂しさがピークなのか? 今度飲みに誘ってやるか。


 笑うついでに、アプリをインストールすることにした。マジでおもろい。話のネタになる。どうせあとは寝るだけのところだ。今日は深夜までバイトに入っていたので缶チューハイ1本分のアルコールしか摂取できていないが、酒の力を借りても面白くないならアンインストールでいいだろう。


 起動すると黒背景に仰々しい赤の鳥居が画面いっぱいに表示された。が、タップと同時に小さくなり、画面中央に収まった。画面下部に入力部、入力部と鳥居の間には「はい」と「いいえ」が白文字で浮かんでいる。中央の鳥居のすぐ上には横に細長い薄紫のボタンがあり、黄色の文字で「お帰りいただく」と記されていた。アプリ上部は大きく開けているわりに、なんの表示もない。


 ぼんやりと、子どもの頃に流行ったこっくりさんの記憶が蘇ってくる。霊が質問に答えてくれるおまじないだったはずだ。五十音、0~9の数字、はい、いいえの書かれた紙の上、指で押さえているはずの10円玉が勝手に動くといったものだ。アプリに鳥居が表示されていることから、そういえば鳥居も必要だったと思い出す。本来複数人で遊ぶものだが、このアプリは文字通り一人用なのだろう。


 やがて、スマホ上部の空きスペースに白く文字が打ち込まれていく。メッセージウィンドウだったらしい。文字の浮かび上がる速度に特徴があり、あらかじめ用意されたメッセージではなく即席で文章を作っていると感じた。生成AIだ。


 急に現実的な落としどころを見せられ、若干冷めてしまう。

 まあいい、どうせ暇潰しだ。


『ひとりdeこっくりさんを開始しますか?』

『鳥居に置いた指を「はい」「いいえ」どちらかに動かしてください』


 お、ちょっとこっくりさんっぽい。

 けど、指は自分で動かすのか。


 俺は飲みかけの缶チューハイを軽く傾けてから、右手の人さし指を鳥居に乗せ「はい」へ動かした。


 瞬間、左手に持つスマホが振動した。思わず「うわっ!?」と声をあげてしまう。同時に、スマホから人さし指を離していた。あれ? こっくりさんって、たしか途中で指を離しちゃいけないんじゃなかったっけ?


『ひとりdeこっくりさんを開始します』

『こっくりさんへの質問を入力してください』


 続く文章に胸を撫でおろす。スマホでの文字入力を必要とするなら画面から指を離さないなんて無理な話だ。というか、マジにならなくてもいい。ただの生成AIアプリなのだから。


「つっても、質問か……」


 特に考えてなかった。俺は、材料はないかと部屋を見回す。


 部屋のほぼ半分を占めるベッド。の上に積まれた衣服。の横のゴミ箱。の隣で捨てられるのを待っているゴミ袋。ほとんど見ないテレビ。繋がれたゲーム機。小さく広がる折り畳みテーブル。飲みかけの缶チューハイ。食べ終わったコンビニ弁当のゴミ。電子タバコ。財布。鞄。あとは乱雑に置かれた大学の教科書か。


「……大学生活中、俺は留年しますか? と」


 打ち込む。実は単位が足りていない。そろそろ巻き返さないと、今年、特に厳しい。


『鳥居に置いた指を「はい」「いいえ」どちらかに動かしてください』


 言われた通り、鳥居に指を置く。まず「いいえ」に動かした。スマホは震えない。次に「はい」に動かすと、ようやく振動した。


「マジかよ」


 ちょっと面白くなってきた。

 俺は次を考え始める。


「元カノの由美子ゆみこにはすでに新しい彼氏がいますか?」

『鳥居に置いた指を「はい」「いいえ」どちらかに動かしてください』


 俺は鳥居に置いた指を「はい」へ動かした。途端、即座に振動する。マジか。別れたの先月だろ。


 というか、ずっと「はい」で振動してないか? やはり適当に作られたアプリなのだろうか。


 今度はちょっと考えて「はい」「いいえ」で答えられない質問を試す。


「由美子の新しい彼氏の名前はなんですか?」


 画面上部のメッセージウィンドウに文字列が生成される。


『やまうちたける』


 息を呑んだ。あの山内やまうちが新しい彼氏? たしかに最近由美子といるのをよく見かける。しかし、ごく一般的な名前だ。適当に生成しただけのまぐれかもしれない。


 そして「はい」「いいえ」で答えられない質問には生成AIが打ち返してくるらしいことも理解する。俺は慎重に次の質問を入力する。


「俺の母親の名前は?」


 当ててくるはずがない。

 当たらないことを確認するつもりだった。


『とだはるよ』


 果たして、生成AIは俺の母親の名前を的中させた。


 本物かもしれない。心臓がにわかに鳴り始める。


 いいや、違う。脳内で冷静な自分が反論する。スマホの情報を読み取っているだけかもしれない。戸田とだ晴代はるよ山内やまうちたけるも電話帳に登録がある。そこから無作為に選んだと仮定すれば、テクノロジーの域を出ない。……だとしても当ててくるか?


 俺は適当なプリントの裏にボールペンで走り書きをした。

 直後、尋ねる。


「今、俺が書いた文章を当ててください」


 生成AIはしばし沈黙した。が、答える。


『あててみろ』


 俺が紙に書いたのは、正確には漢字混じりの『当ててみろ!』だったが、しかし、合っていると表現していい範囲だ。推測になるが、ひらがなでしか回答できないのかもしれない。本来のこっくりさんが紙に書かれた五十音の範囲でしか応答できないように。


「マジかよ……」


 生唾を飲み込む。手に汗が滲む。

 このアプリは本物だ。生成AIじゃ絶対ない。


 もし、アプリが本物だとしたら何ができる?


 俺が知っていること、知らないこと、どころか誰も知らないはずのこと――この先、俺が留年するかとか――未来についても質問可能と判断していいだろう。それなら……。


「今年の春の天皇賞で勝利した馬は?」

『ジャスティンパレス』


 小手調べに過去のG1レースについて聞いてみる。今は秋だ。そして今年の春の天皇賞を制したのはもちろんジャスティンパレスだった。


 指が震えるのを感じながら質問する。


「今年の秋の天皇賞で勝利する馬は?」


 明日開催されるG1レース。今なら、当たり馬券が買える。

 生成AI――否、こっくりさんは返答した。


『イクイノックス』


 即座に次を、本命の質問を打ち込んだ。


「三連単の組み合わせは?」

『7-6-9』


 思わず「ッシャ!」とガッツポーズする。


 そのままこっくりさんアプリをスワイプで終了させ、JRAの馬券購入アプリを起動する。三連単7-6-9! とりあえず2万、いや、3万くらい買っておこう。ハズれる可能性もあったが、当たれば一攫千金だ!


「明日、イクイノックスが勝てば本物! マジの神アプリかも!」


 缶チューハイを煽り、一気に飲み干す。

 気分はすでに乾杯だった。


 さて、缶もからになったことだし、寝るにはいい頃合いだろう。


 スマホを充電器に繋ぎ、電気を消してベッドへ潜り込んだ。目を閉じればすぐにでも眠れそうだったが、なんとなく、閉じたばかりのこっくりさんアプリを再度立ち上げる。由美子と山内がうまくいくのか、無性に気になったのだ。仰向けになってスマホを見上げながら早く起動しないかと画面をトントン叩く。


 やがて黒い画面いっぱいに赤い鳥居が表示され、小さくなって画面中央に収まる。上から順にメッセージウィンドウ、鳥居、白文字の「はい」「いいえ」、そして俺の入力スペース。


「ん?」


 なにか、どこかに違和感があった。メッセージウィンドウをスライドすると、過去のやりとりを読むことができた。どうやら自動で保存されるらしい。でもこれじゃない。


 メッセージウィンドウと鳥居の間の、不自然な空白。ここになにかなかっただろうか?


「あ」


 ようやく思い出す。薄紫に黄文字の「お帰りいただく」ボタンだ。

 それが、ない。


 こっくりさんの手順を思い出す。

 こっくりさん、お越しください。そうやって呼び出したこっくりさんには終わるときにもルールがある。こっくりさん、お帰りください。そうして「はい」に指が移動しないと終わってはいけないのだ。それまで指を離してはいけない。


 指を離す。アプリに置き換えると――


「お帰りいただくボタンを押してからじゃないと、アプリを閉じちゃいけない……?」


 さっと血の気が引いていく。

 そんな馬鹿な。


「こっくりさん、お帰りください」


 ボタンがないのだ、仕方がない。俺は文字を入力した。


『鳥居に置いた指を「はい」「いいえ」どちらかに動かしてください』

 

 言われたとおり、鳥居に指を置く。そのまま「はい」へ移動した。が、スマホからの反応はない。もう一度、鳥居に戻ってから「はい」へ指を移動させる。が、やはりスマホは振動しなかった。


 仰向けからうつ伏せに体勢を変える。鳥居から「はい」へ指を移動させる。……駄目だ。埒が明かない。恐る恐る「いいえ」へ指を移動させた。途端、


「ひっ」


 スマホが振動した。驚いて指を離すが振動はやまない。ベッドの上をバイブレーションしながらスマホは振動音を立て続ける。掴み取り、スワイプでアプリを強制終了させようとする。が、画面がフリーズしていて受け付けない。電源ボタンを押す。が、落ちない。スマホは震え続けている!


「どうしろってんだよ!」


 叫ぶと、振動が止まった。やがてメッセージウィンドウに文字が入力される。


『供物を捧げてください』


 理解が遅れた。あまりにも普段目にしない文字列だったからだ。

 供物? 捧げもの?


 ここでようやく合点がいって、俺はベッドの上、安心して笑い出した。なんだ、課金しろってことか。ここから先は課金しないと遊べない、そういうことなんだろう? きっと悪質なウイルスアプリなのだ。違いない。


「いくらですか?」


 アプリに入力する。値段にもよるが、金で解決できるならさっさと払って寝たい気分だった。


 が、この質問に答えが返ってくることはなかった。


『鳥居に置いた指を「はい」「いいえ」どちらかに動かしてください』


 払う意志を見せているのに、面倒だな。


 鳥居に指を置き、雑に「はい」へ移動させる。

 スマホは一度だけ振動した。満足と安堵が混じった感情を覚えながら指を離す。


 次の瞬間、画面が真っ暗になった。スマホが落ちたのかと焦ったが、画面には俺の顔が無彩色ながら映り込んでいる。バックライトだ。完全な暗闇は回避できたらしい。


 が、どうにも心細い。早く復帰しないだろうかと画面を指先で二度ほど叩いて、気付いた。


 画面の中の俺は鼻から黒い液体を滴らせていた。思わず右手で鼻を触る。なんともない。もう一度画面を見る。画面の俺は黒を滴らせる鼻を触り、指先を黒く濡らしていた。そのうち目からも零れ落ち、端から黒ずんでいく。半開きになった口から黒い濁流がごぼりと溢れる。色彩のない画面に映るそれが血液なのだと気付いたときには遅かった。


『確かに受け取りました』


 画面に赤く表示される文字を目にした途端、俺の意識は暗転した。

















 目を覚ますと病院だった。連絡がつかないからと由美子が俺の部屋を訪ねたところ、顔中血まみれでベッドに横たわっていたという。外傷もなく原因は不明だと医者は説明した。命に別状はないとも。しかし、俺はなにか、もっと重大なものを持っていかれたような気がしていた。


 こっくりさんアプリはスマホから消えていた。

 北川からのURLリンクも同様で、送信を取り消したか、最初から気のせいだったか、どちらかなのだろう。


 化かされた気分だった。

 でも、生きていてよかったと思った。


 入院は3日で済んだ。退院前日、母親が見舞いに来た。大学に通わせてやっているんだからちゃんと勉強しろ、部屋も掃除しておいた、酒の飲み過ぎだとこってり絞られた。俺は、俺としてはかなりマジの調子でわかったと返した。いい加減反省していたし、このままだと留年するからだ。どうにかして、こっくりさんの予言を覆さなくてはならない。


 帰り際、母親は「そういえば」とスマホの画面を見せてきた。


「アンタ、このメッセージなに?」


 俺から母親宛てにURLリンクが送信されていた。送信日時はあのアプリを使った日の早朝近く。こんなもの送った記憶はなかったし、その時間俺は意識を失っているはずだった。


「貸して」


 母親からスマホを取り上げ、URLリンクをタップする。


 ――ひとりdeこっくりさん


 心臓が激しく打っていた。震える手で開いたばかりのダウンロードページを閉じ、メッセージを削除する。


「母さん、このアプリ、ダウンロードした?」

「アプリ?」


 母親は訳がわかっていないようだったので、間違えて送ってしまったのだと説明した。もう消したから大丈夫、とも。


 こっくりさんにはこんな手順もある。

 おまじないに使用した紙は小さく千切って捨てなければならないというものだ。


 アプリに置き換えると、捨てるとはもちろんアンインストールのことだろう。

 では、小さく千切るをどう解釈するか。


 紙を小さく千切ると、当然、紙片はその数を増やす。こっくりさんではそれら紙片のすべてを捨てるか燃やすかしなければいけないとされている。


 俺はメッセージアプリの全連絡先を確認し、URLリンクを送っていれば送信を取り消したうえで相手に謝罪した。ウイルスを踏んでしまったから絶対に開かないようにと警告もした。よく遊ぶ仲間から久しく連絡していないような友達まで全員だ。


 数えると、俺のスマホはメッセージアプリだけでなくSNSでの交友関係も含めて48人もの知り合いにメッセージを送っていたとわかった。紙を千切るというルールには千切った紙片の数が指定されている場合がある。それが48なのだそうだ。


 48件のメッセージすべてを削除し終える頃には朝を迎えていた。


 もう、大丈夫だろう。俺はベッドに沈み込む。目が覚めたら退院だ。すでにURLリンクを開きアプリをダウンロードした知り合いがいたかもしれないが、もう、どうしようもない。俺はできる限りをしたのだ。


 最後に、そもそもアプリのURLリンクを送ってきた北川に「大丈夫か?」とメッセージする。URLリンクに覚えがないならないでいいのだ。寂しいんだろう? 飲みに行こうぜ、陰キャ。


 瞼が落ちる。意識がほどけていく。夢の中、俺は赤い鳥居の前に立ち10円硬貨を握りしめていた。こっくりさん、こっくりさん、どうぞお帰りください。そう唱えて10円玉を鳥居へ投げると、硬貨の落ちる音とともに左手のスマホが振動した。が、一度きりでは終わらなかった。まだ振動している。し続けている。あまりにうるさいので目を開けると、退院に間に合うようセットしていたアラームが鳴っているだけだった。意識が覚醒しきる頃には夢はぼんやりとした忘却の彼方へ消えていた。


 入院費は三連単の当たり馬券が支払ってくれた。

 ありがとう、イクイノックス。これからも応援するよ。人間マジ塞翁が馬。
















 イクイノックスが電撃引退を発表する頃には冬になっていた。

 北川が見つかった。秋からずっと見ないなと思っていた。退院した直後は心配していたが、時間が経つうち、気にも留めなくなっていた。


 最初は右腕。大学近くの用水路で見つかった。警察は周囲を捜索していたがこれ以上が見つかることはなかった。次に、数日前に隣県の海で見つかっていた左足が鑑定の結果北川だったとわかった。そして昨日判明したのだが、数週間前に関東近郊の登山客が拾って通報していた左手首も北川だったらしい。


 北川はバラバラになって各地で見つかった。流石に48個に分割されたわけじゃないだろうけど、それでも、全部見つけるのは相当苦労するだろう。


 俺にできることはなかった。ただ、北川が見つかるたびメッセージアプリを開いた。スマホに向かって手を合わせたこともある。でも絶対にメッセージは送らなかった。画面の中、退院の日の朝に送った「大丈夫か?」が未読のまま残っていた。


 北川のほとんどが見つかったタイミングで連絡先を削除した。あのこっくりさんアプリに聞けば北川を全部見つけることができるかもしれない。あるいは、亡き北川宛てにメッセージを送ればもう一度教えてもらえるんじゃないか。そんな考えがよぎって恐ろしくなったからだった。北川の頭部は今も見つかっていない。




◆終

 

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