第4話 まかないごはん

 アンプデモアのアルバイトが始まり、ほぼ毎日働いていた。早く仕事を覚えるためにあえてそうしたのだ。


 高校時代に、イベントのスタッフの短期バイトをしたが、その時は社員から怒られてばかりでいい思い出がない。気を利かせたつもりが余計なことだったり、様子を見てると使えない奴と思われたり。同い年のほかのバイトは社員と楽しそうに話しながらやれていたので、自分がダメ人間なのだろう。大学に入ったらバイトはしなくてはいけないと思っていたが、そんなトラウマがあり、不安だった。


 アンプデモアは、オーナーシェフと橘の二人で回している。オーナー曰く、橘が来てから繁盛するようになったらしい。やはり橘の人たらしは強力なのだ。


 仕事は全て橘が教えてくれた。橘は教えるのも上手かった。必ず最初に手本を見せてくれて、なぜそれをするのか、どうするとうまくいくかのコツも全部教えてくれた。相手の立場に立って、必要なことを考えるのは案外難しい。教育学部で学んでいることを橘がいとも簡単にやっていることに驚いた。


 仕事を覚えていく中でヘマをしてしまったことはあったが、橘から怒られたり嫌味を言われることは一度もなかった。むしろ仕事がやりやすいようにやり方を変えてくれる。オーナーから覚えが早いと褒められたことがあったが、それは橘のおかげに違いなかった。


 仕事終わりには、橘とまかないを食べながらおしゃべりをする。長居はできないが、そんな毎日は楽しかった。



「先輩は何の研究が専門なんですか?」


 橘は理学部で宇宙関係の勉強をしている。星を見る会に入っているのは伊達ではなかった。


「宇宙都市開発だよ。一般の人が宇宙で暮らすにはどうしたらよいか、っていう研究」


「……難しそうですね」


「まあね。国境がなくなって、地球人が一堂に会すわけだから」


 相変わらず優しい表情でそう言った。


「いつから興味持ったんですか?」


「小学生のとき。実家が沿岸で、星がキレイに見えるところだったんだ。その景色が忘れられなくて。就職に有利な学部も考えたんだけど、本気で宇宙と関わるなら大学で勉強するしかないと思って……」


 橘は見た目の美麗さとは反対に、強い意志を持って大学に来たのだ。那央は改めて橘に感心した。


「宇宙かぁ……壮大過ぎて、なんか想像つかないです」


 教科書の内容としては覚えているが、那央はそこまで天文には詳しくなかった。


「母親が若い頃、天文台で事務の仕事をしていたんだ。家に宇宙の本や、おもちゃが最初からあったんだよね。だから物心つく前からもう宇宙が好きだったんだ」


 子どもの頃の先輩が、宇宙の本を一生懸命読んでいるところを想像した。やっぱり賢くて、可愛い子だったろう。


 橘は母子家庭だった。大学費用を自分で払うために、去年はバーでも働いたらしい。通りでうまいはずだ……と納得した。


 田舎から出てきた純朴な那央にとって、橘の夢や行動力はどれも刺激的だった。橘と一緒にいると、自分も頑張ろうという気になる。


 結局、仕事を覚えたあともそんな毎日が楽しくて、ほぼ週5で働いた。二人で食べるまかないはとても美味しかった。


 橘との接点となるはずのサークルには、特別なイベントぐらいしか顔を出さなかった。



♢♢♢



 ある日、まかないを食べていたとき、ついに彼女について聞いてみた。


「こんなに忙しくて、いつ彼女と会ってるんですか?」


「ここが休みの時はそうしてるよ」


 彼女と週3なら、週4の俺の方が会ってるじゃん……と、心の中で無駄なマウントをとった。


「デートはどこに行くんですか?」


「『星を見る会』で知り合ったから、最初は科学館やプラネタリウムだったんだけど、さすがに飽きたみたいで。水族館や映画館も行ってたけど……今は街歩きかな……。タイプが違うんだよね。俺はインドア、あっちは旅行やアウトドアが好きで。彼女は友達ともよく出かけてるよ。この間もキャンプ行ってたし」


 活動的な彼女なんだな、と那央は思った。インドア派で「彼女いない歴=年齢」な自分からは想像が及ばない。


 『星を見る会』に行ったとき、橘の彼女を見たことがある。ゆるふわの茶髪のパーマで、可愛いらしい人だった。誰とでも話せて、どんなくだらない話でも笑ってくれる。コミュ障の俺から見たらコミュニケーションの化け物だった。


 一方で、よくない噂も聞いた。彼女が他の女の子の彼氏を誘惑してるとか、橘と付き合ったのは気に入らない女の子が橘を好きだったからだ、とか。


 本当のことはもちろんわからない。なんにせよ、橘が彼女を好きで付き合っているならそれでいい……と思っていた。


 橘と水族館に行ったり街歩きをしたりするのは楽しそうだな、と想像した。それがあの可愛い彼女なら、美男美女で本当にお似合いだ。ロマンチックな街の景観すら二人のためにあるようなものだ。



「那央、ボーっとしてるけど、大丈夫? 具合悪いの?」


 色々考えていて、食事が進んでいなかった。


「え、いや、ちょっと考え事しちゃって……」


「何か用事があるなら、先に帰ってもいいよ。あとはやっておくから」


「いや! 大丈夫です! なんでもないです」


 急いで残りの食べ物をかきこんだ。


「ところでさ、今週の日曜日空いてる?」


「空いてますけど……」


 バイトでも代わってほしいのだろうか、と思った。


「ムーンライトビルのプラネタリウムで、新作が上映されるんだ。一緒に行かない?」


 ホントに? そんな都合のいい話ある?

 妄想が実現して、喜びと驚きが入り混じる。


「い、行きます。本当に、1日何も用事ないんで……」


「それなら良かった。まあ、一人でも行けるんだけど、那央も一応『星を見る会』の部員だしね。ムーンライトビルは行ったことある?」


「いや、ないです」


「服のお店もたくさんあるし、飲食店も充実してるから、そっちも行ってみない? 上映時間はあとで連絡するよ」


 これは、デートなのでは……?

 胸が高鳴るとはこういうことなのか、とわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カフェ・アンプデモア 千織@山羊座文学 @katokaikou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ