二人目『冷たくならないで』
乾三季、上六月。
記述人、ベスペル・ヴライダ。
カシンに言われた通り、同日にあった事を全て記述すること。
ノーセーターの村には三十の人間が住んでいて、アスティールの小女が一人居たという話を聞いていた。姿は見ていない。草に紛れる鱗を見つけるには、陽芯が傾いてから、森に入って目を強く据える必要がある。倒れている死体は多く人間で、灰色で、腕と脚が付いている物は少なかった。畑に倒れている者は、逃げる途中で噛まれたのか、噛まれてから外に出て来たのか。反死者が一つ、残った右腕で地面を這おうとしていたから、首と胴体を切り離した。
石積みの家屋は小さく、木が少ない場所に建っていた。
窓は全て閉じられ、蓆が掛けられている。
石段に残った土は乾いている。長く人の出入りが無かったようだ。
近い家の一つに入ってみる。傾いた戸が壁に立て掛けてあって、隙間の奥に葉を押し固めたような暗闇が満ちていた。放り出された鍬、鎌。干されている青鱗茎。木と家に張り渡した紐には衣服が掛かっていた。小さい物。大きい物。擦り切れた物。焼却窯の中に白い灰が積もっている。骨の欠片が三つ、四つ。白頭。土竜。山羊。その他には小人の骨にも近かった。
骨が少なすぎるから、死体の全体を復元する事はできないかもしれない。
欠片を袋に詰めて腰に提げておいた。
カシンが言うには、反死者の死体を死霊術で動かす魔導式はある。
反死者を動かすように魔導式を考え、朽ちやすくなった骨に刻印を施し、カシンが感染と言った反死者を生む力を再び注ぎ込む事ができれば、動き出すはずだ。ただし再び反死者となって、人を襲い、噛まれた人間を反死者にするだけだ。人間を使った方が早いという事だ。
死霊術師が反死者を作るとしたら、目的は何かとカシンは聞いた。
答える人は居なかった。
多く死体を用意する為、と答える人が居て、カシンが誤解だと言った。
黒貌党に来た時のカシンは、死霊術を見た事がないと言った。ドッドとセンチョが死体を持ってきて、その死体はカシンに切り刻まれるまで、カシンの調査に体を差し出した。カシンが言うには、今の死霊術では足りなくなる時が来る。新たなる死霊術を生み出す必要がある。
新たなる死霊術は反死者の事ではなく、反死者はコープスが生み出した物ではない。
コープスを追う必要はないとカシンは言わなかった。
ノーセーターの村には、暖かいアシナには珍しい氷術師が居た。
村の奥の、木が多い所を地面を見ながら歩いて、少し坂を上がった所に、崖に望んでいる小さな家があった。緩い坂の下に川が煙のようにふしだらに動き、右左から迫る木の向こうに回り込んでいた。細い川だ。早い川だ。岩が多くて、簡単に下りる事はできない。家の横には井戸が掘ってあった。風術で動く鶴瓶が地面に放り出してあった。井戸の底は丸くて暗い。
これから家に立ち寄って確かめたい事がある。
ベスペル・ヴライダ。
陽芯、二刻あたり。
少し前の記述に、逃げ道の確認が無い事を恐ろしく思った。
街道に出て、橋の下に身を隠した。夜に入れば、黒硝石の短剣は誰にも見つからない。よく記述が出来る。家に立ち寄った事。戸を叩くと答えはなかった。戸を開けた。左の壁に暖炉があった。火は入っていない。右の壁に寝台があった。寝台の周りは氷に包まれていた。
触ると冷たい。
水になって手が濡れた。
家の半分に氷が詰まっていて、寝台には手が届かなかった。棚も。籠も。小卓も氷の奥にあった。寝台の上に老女が眠っていて、氷に閉ざされていた。弛んだ皮。白い髪。窪んだ目。汚れた襦袢を着ている。小さい体は、寝台の半分に収まった。他の事は、濁った氷を通しては見えなかったし、手と顔を付けて見ていたら、手と顔は冷えすぎて、更に痛くなってきた。
ただし見たい物は全て見えた。
胸元に、黒い腐肉の塊のような物が付いていた。
顎の下。
左目。
服の中の体中をそれが食い付いているだろう事も分かった。
キーラ=スタンブール・ノーセーター。
この老女は病に冒されてから、治癒者が現れるまで自らを封じた氷術師だ。
老女は唇も瞼も動かない。氷も動かない。
話せたら目的に近かったけど、まず家の中を探す事にした。高位の氷術師と、コープスとの関係について。事の起こりは、反死者に襲われる前のノーセーターの村で、死霊術師を見たという人が居た事だった。黒い外套、黒い覆面。死体を動かしてれば正解に近くなるけど、その時は死体は無かった。黒貌党の誰に聞いても、ノーセーターの村には行っていなかった。
それより、死霊術師は全員が黒屍病を広めた下手人として追い立てられている。
どこの村に街に出向けるような場合ではない。
カシンが言うには、新たなる死霊術には氷術が必要になる。
魔導式を刻むとしたら、氷でしかない。氷は、水を集めて凍らせる。氷術が安定すると、氷術は強力になる。水辺で。山岳で。地下で。特に力を持つ。崖に近くて井戸があったら、最強かもしれない。砂を飲んだように喉が痛く、指が冷たくて痛かった。歩くと、濡れた床に足を引かれた。水たまりになっていた。波が震える。音が言った。ここで何をしているのか。
音も操れるとは思っていなかった。
下を見て、スウォート・コープスに会ったのかと聞いた。
水は凍りついて動かなくなった。
寝台の周りの氷に近づいて、短剣で突いてみた。砂のように少し崩れて、床に落ちたら溶けて染みこんだ。夜を越え朝を越え、キーラ老女を取り出すまで氷を削るのか。そのどこかに魔導式が見つかるのか。氷から離れてキーラの名前を呼んだ。キーラの体は動かなかった。
見える所に魔導式を刻むなんて事はしない。
魔導式はキーラの体に刻んだのかもしれない。
それか、氷全てが氷術だとしたら。
破片を水に付ければ魔導式が読み取れるかもしれない。
切り取れそうな所を探していると、また床に足を取られた。動けない。下を見ると履物が氷に覆われていた。氷が足首に上がった。膝下に。床と氷の間を短剣で突いた。割れ目が生じると、割れ目の上から氷が上がって来た。已まずか。袋から骨の欠片を取り出して投げた。
床の下の地面が盛り上がって土が噴き上がった。
足の周りに出来た生き物の死骸は足と氷の間にも入り込んでいた。
赤い血は冷たくても液体を保っていた。氷の中の死骸は氷よりも柔らかくて、力を入れて引っ張ると足の周りの氷が砕けて破片が散らばった。勝ちを得た気になって、キーラ老女を見てしまった。その姿が見えず、寝台も見つけられなかった。氷が更に濁ったのかと思った。
違った。家の中に霧が立っていた。
霧は氷の礫になって、目に鼻に張り付いた。
急いで戸を開けようとした。凍りついて開かなかった。
窓がないのではなく、見つけた。高い所に一つだけ、登るのは難しそうだ。
戸に肩をぶつけながら、出る手段を考えた。戸と壁の間に短剣を突き立ててみると、氷に阻まれて少しも刺さらなかった。白い滓みたいな物が床に落ちた。木の板が剥がれて、土が剥き出しになっている地面に。体が冷たい。指に力が入らない。体を小さくして、地面の方に歩いた。カシンが言うには、死体は地面に埋葬するものだ。骨だけになって、あるはずだった。
孤独の身になるまで暮らしたキーラの血族が葬られているかもしれない。
復元する事。動かす事は、別の死霊術だ。
並べて行うのは難しい。だから、死体を復元するだけだ。
家が傾いた。地面が傾いていた。死体を一つ作るのに、家が一つと同じ大きさの材料が必要だった。だから誰にも教えていない。死体なんて人が死ねば手に入るから。死体を復元するなら、生者に戻せないと意味がないから。そこで家が地面に沈み、壁や屋根が崩れていった。
瓦礫の下から抜けだして崖から離れた。
海を越えて響くような音が鳴って、遠くに、下の方に離れていった。
後ろを見てはいけない。走る。走る事だけする。
森の中を走り抜けて、一つの助けにとノーセーターの住民の死体に死霊術を刻み込んだ。
反死者にならずに死んだ人間が居たら動き出しただろうけど、死体は一つも動かなかった。
剣と魔法と死霊術と金髪碧眼ロリ巨乳エルフ少女オブザデッド仮 @godaihou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。剣と魔法と死霊術と金髪碧眼ロリ巨乳エルフ少女オブザデッド仮の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます