六体目『海峡に会いにいく』

「人間、か。あんた、とあんた。と、そこの……あんた?」

「赤平さん以外に姿を見られたらまずいですね?」

「我々は二人だ。あなたは生存者か? 名前は?」

「シシタ=ハンスブック・ノーフィルター。あんたはボゥマドか?」

「そう。我々は森の奥から来た。字はノースラッシャーだ。ミミ=コスタライカ・ノースラッシャー」

「その耳。見たことがある」

「シシタ、その手枷は罪人だったのか。脱走したのか」

「牢番が反死者になって、格子を通り抜けようとして頭が嵌まって、その頭を潰した。外に出たら、反死者だらけだった。十よりもたくさん反死者を倒した。生きている人間には会わなかった。あんた達が初めてだ。他に生きている人間は居るのかあんたに聞く」

「ヴルカーン・パドには来たばかりで、一人も見ていないよ」

「ミミ、あれ手枷なの? 全然、手動かせてるけど」

「石術師が刻印を入れた石だ。壊れない、重い、そして牢番を攻撃できないはずだ」

「頭、潰したって言ってたけど」

「あの腕の力で枷の力に勝ったのかもしれない。あんなにも大きい人間だから」

「あいつ、二メートル以上ありそうだな」

「そうか。大きいな。ミミがもう一人居るくらい大きい」

「二人分か、そんなになさそうだけど。あの人、どこに行くつもりなんだろう」

「シシタ。これからどこへ行くんだ?」

「行くのはドリーハーベン」

「ってどこ?」

「アシナ大陸の、三叉海峡にある国だよ。シシタ、生存者がそこに集まっているのか?」

「そう、それだ。おれは、牢番がしてるその話を聞いたから行くんだ」

「手枷をつけたままで大丈夫なのか?」

「これを外す方法が分からない。あんたか、あんたは知ってるか?」

「それを付けた石術師以前の石術師じゃないと外せないよ」

「僕は何も……シアン、何か分かるか?」

「それを教える事は出来ませんね?」

「石術師は首を折って投げ飛ばした。他の石術師を知っているか?」

「……ドリーハーベンに行けば会えるだろう」

「ミミ=コスタライカ。ドリーハーベンはどこにあるのか聞く」

「わえぇ、ドリーハーベンか。この道を行って……これを、シシタ。この緑玉を持っていれば鳥が先導をしてくれる。迷ったら空に向けるんだ。他に、必要な物はあるか。このクレタは火筒も持っている」

「いや、あげられないけど。火薬くらいなら」

「腹に物を入れたい。牛か鳥か魚はあるかあんたに聞く」

「無いよ。少し降りた所に川が……あれは毒の水か、近くの家から取ればいい」

「それはできない」

「ああっ、じゃあ。少し戻って釣りをしよう。我々は帰らないといけないから」

「ついていけばいいのか」

「そうだ。ノースラッシャーの村の近くで底舐めが取れる。川に石を投げ込んで網に追い込むんだ。手伝ってくれるか?」

「そんなとんでもない漁するのか……」

「クレタは腕の力が少ないからな」

「石なら投げられる。村は近いのかあんたに聞く」

「今からだと暗くなる。途中の村で休んでいいか。食料も探そう。さあ」

「赤平さん、赤平さん、あそこから見られてますね?」

「誰に、反死者か?」

「街を移したという赤金商工隊の人間ですね?」

「ミミ、あそこに人が居るって」

「本当だな。シシタ、止まれ。少し様子を見て、……逃げる気か」

「あ、おい、ミミ。疾いなあいつ」

「おい」

「わ、な、なに。シシタ……さん。道なら僕全然知らないけど」

「あんたのそこに、誰か居るか聞く」

「そこって、後ろにか。いやあ、居る……感じはする、と思うんだけど」

「それは牢番か」

「いや、違う。違わないか。シシタさんには、なんか、害はないんじゃないかな」

「居る事に害など思わない」

「姿を見せたいくらいお優しい方ですね?」

「見えないからそう思うんだろうけど、なんか。ミミ遅いな」

「来ている。醜い肉膨れの男を連れている」

「見えるんだ。デカいからかな。……太ってる人?」

「おーおーい、ほぅ、ふう……、捕まえた。クレタ、火筒を持て」

「クレタさん、どうぞ。戦いの始まりですね?」

「っしょ、たく、人はあんまり撃ちたくないんだけど」

「珍しい秘石術だな」

「この人間は、サール=プールトール・ノーボーダー。赤金商工隊の会計人と言った」

「あ、あの。勝手に見てたのは、悪かったと思っています」

「気の張り詰めた人間で、ずっと隠れていたんだ。高台の、パドマードだったか」

「そうです。パドマードは塀がある商工隊の居住区で、鉱山労働者は入れないんです」

「歩きながら話すんだ、サール。シシタ、クレタ、行こう」

「だからパドマードは反死者も入れない事になってたんですけど、二季だか前、客人の護衛兵が急に倒れて、起き上がったと思ったら人を噛み始めて、住民が逃げ出すまでに多くが反死者になったんです。我奴は地下の貯蔵庫に隠れていたんですけど」

「反死者は塀の外に出たんだな」

「そうです。それで、たちまちに大切な書面とか宝具をまとめようと思ったら、はて」

「どうしたんだ、サール」

「声を掛けられたんですけど」

「誰に?」

「分からないんです。部屋の奥の暗闇から声が聴こえて来たんですけど、見ても誰も見えなくて、その時です、首に短剣が当てられて、言われたんです。死霊術師を見なかったか。見なかったって答えたんですけど、また言われたんです。取引の記録を見せてもらいたい」

「見せたんだな」

「石秘術で、陽芯光を当てると文字が焼き出されるんですけど、その部屋に放り込んだら石が消えたんです。どうなったのか確かめるのが怖くなってそのまま逃げて来たんですけど、戻ってみたら誰も居なくなってて、石だけが足元に落ちてたんです」

「石術師が居るのか」

「わぇ、ええ、もう居ないですけど」

「サールは、死霊術師が反死者を作ったと思っているのか」

「分からないですけど、他の街では黒貌党は弾圧されてるんです」

「黒貌党って?」

「死霊術師の寄り合いみたいな組織の名前ですね?」

「サール。なんで私とシシタとクレタを見ていたんだ」

「なんでって、人間だったら一緒に居たいからです。もう食料も無いから」

「私も持ってない。探しに行くところだ。ついて来るのか」

「置いて行くんですか?」

「クレタ、どうしようか」

「ええ、どっちでもいいけど、なんか……いいけど」

「よかった。ああ、酢漬けが少しあります、どうですか。この瓶がノッフェルで」

「何の……じゃあ一個だけ。シシタさんも、お腹空いてるって言ってたけど」

「おれはノッフェルを食わない」

「そうですか。わ、石術枷か、外れるといいですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る