婚約戦線異常あり、孕ませちゃったって本当ですか?

アソビのココロ

第1話

 戦いというものは戦闘力が強い方が勝つと決まっています。

 私の婚約戦線における恋愛戦闘力はかなり高いです。

 何故なら私エイダは、イーストン伯爵家という高位貴族の娘ですから。

 気位だけ高い貴族と違って、交易にも精を出しているので財産もありますし。

 持参金闘争ではそうそう負けると思えません。


 もちろん教養でもマナーでも隙はないと自負しております。

 場合によっては王族だってターゲットに入れられるほどです。

 もっとも王族の妃ともなると公務が忙しいとも聞くので、逆にお断りではありますね。


 ただ持参金闘争はどうなのでしょう?

 いえ、勝ち負けはわかりやすいと思いますよ?

 マネーイズパワーを否定する気はありませんけれども、お金とは使用するとなくなってしまう力ではないですか。

 最近は持参金闘争に持ち込まない勝利こそ、真の恋愛戦闘力がものを言っているのではないかと考えています。


 私のターゲットは……エドガー・ヘーゼルダイン侯爵令息。

 秀麗なお顔、物憂げな眼差し、柔らかな物腰、完全に私のツボです。

 エドガー様は、我がイーストン伯爵家から見れば格上ヘーゼルダイン侯爵の跡取り。

 私がエドガー様の婚約者になるのはとてもいい話ですから、少なくとも我が家に反対する者はいないでしょう。

 いざ、エドガー様を攻め落とすべし!


          ◇


 ――――――――――エドガー・ヘーゼルダイン侯爵令息視点。


「ハクション!」

「どうしたエドガー。カゼでも引いたか?」

「どうでしょう? ちょっと寒気が」


 王宮図書館で同学年ジェレミー第一王子殿下と勉強している。

 もっとも勉強とは名目上のことで、半分公務みたいな書類仕事だ。

 僕はジェレミー殿下の側近として期待されているから。


「よろしくないな。熱いお茶を」

「かしこまりました」


 執事に指示を出す殿下。


「少し休憩するか。エドガーには聞きたいことがあるのだ」

「聞きたいことですか? 何でしょう?」

「君、婚約者がいないだろう?」


 真っ直ぐ来た。

 苦手な話題だ。

 お茶をいただいている時でなくてよかった。

 吹いてしまうところだった。


「おりません」

「何故だい? エドガーはヘーゼルダイン侯爵家の跡取りなんだから、当然婚約者くらいは決まっててしかるべきだと思うが」

「僕はあまり女性が得意ではないのです」

「エドガーが女性に対して積極的じゃないことは知っているが、婚約の申し込みは多いのだろう? エイダ・イーストン伯爵令嬢はどうだ? キビキビした美人じゃないか。明らかにエドガーを好いているし」

「残念ながらイーストン伯爵家からは話がないんですよ」

「えっ? 意外だな」


 僕だってエイダ嬢のことは気になっている。

 いつも近くにいて、明るく小気味いいエイダ嬢は魅力的だ。

 というか、僕とエイダ嬢は婚約寸前だと周りに思われているふしがある。


「オレもてっきりエイダ嬢との惚気話が出てくるかと思って、こういう話題を振ったのだが」

「御期待に沿えず、申し訳ありません」

「エドガーには他にも縁談はあるのだろう?」

「あるにはあるのですが、家格や年齢の離れたまるでピンと来ない話ばかりですね。少なくとも父の目から見て、進めてもいいと思う縁談は来ていないようです」


 多分僕とエイダ嬢が結ばれるものと見て、他の令嬢方は遠慮しているんじゃないかなと思う。


「ふうん? おかしな話だな」

「今のところ待ちかと、父と話してはいるのですが……」

「エイダ嬢がエドガー大好きなのは間違いないし……」

「その前提がそもそも間違っているという可能性はないでしょうか?」


 僕もエイダ嬢に好かれているつもりでいる。

 でも自分の関わることなので、客観的に見ることができていないのかもしれない。


「ないなあ。わかりやすいじゃないか。知らない人が見れば完全にエドガーの婚約者の態度だ」


 頷かざるを得ない。

 殿下からもそう見えるか。

 では何故イーストン伯爵家は婚約申し込みをしてこないのか?

 このケース、家格が上のヘーゼルダイン侯爵家からの申し込みだと先方が断わりづらいので、イーストン伯爵家からの申し出というのが一般的なのだが。


「伯爵家の事情なのかもしれんな」

「事情って何です?」

「当事者の君に心当たりはないのか?」

「ないです」


 イーストン伯爵家にヘーゼルダイン侯爵家と結ぶと、都合の悪いことがあるのだろうか?

 父も先方と当家の事情に類することは言っていなかったが……。


「エドガーの方から面会を申し込めばいいではないか」

「いえ、先方の事情があるのでしたらよろしくないでしょう?」

「イーストン伯爵家に婚約を申し込むということではなくてだな。機会を作ってエイダ嬢に聞いてみろということだ」


 なるほど、それなら詳しい事情がわかりそうだ。

 イーストン伯爵家に申し込むのでなければ、事情次第でなかった話にできる。

 しかし……。


「……エイダ嬢に直接恋愛や家のことを聞くって、逆にハードル高くないですか?」

「提案してみてなんだが、オレもドキドキする」

「ダメじゃないですか」

「いや、何かの口実があれば問題なかろう。もちろんオレも協力するから、考えてみようではないか」


          ◇


 ――――――――――エイダ視点。


「わたくしのお腹の子の父親はエドガー様なのです!」


 全校集会で子爵令嬢シャノン・リドル様から発せられた爆弾発言に、校内は騒然としました。

 えっ? そんなことあります?

 エドガー様は……固まってしまっているから、御様子だけからは真偽が判別できませんね。

 しかしS級エドガー様ウォッチャーの私に言わせてもらえば、少なくとも王立貴族学校内でエドガー様とシャノン様の接触などありません。

 これは断言できます。


 あら、私もチラチラ見られていますね。

 恋愛戦闘力で押しに押した、エドガー様の隣は私のものよ作戦は成功してると見ていいでしょう。

 あとはエドガー様に告白されるだけなのに、とんだハプニングが挟まったものです。

 愛の試練とはこういうものなのかもしれませんね。


 ならば淑女らしくないなどと言っている場合ではありません。

 このエイダ・イーストンが、エドガー様をお救い申し上げようではありませんか!

 

「横から申し訳ありません。シャノン様、お腹にエドガー様の御子がいらっしゃるとのことでしたが、それに相違ございませんか?」


 会場のボルテージが上がった気がしますね。

 先生方も収拾にお困りのようです。

 ならば少々時間を頂戴して、私が真実を明らかにしてみせます!


「間違いありません」

「では、エドガー様と御子をなすような行為があったと」

「はい」


 ざわめく会場。

 エドガー様はぶんぶんと顔を振っていらっしゃいます。

 やはりエドガー様は無実ですね。

 女狐め、成敗してくれます!


「それはいつ頃のことでしたか?」

「三ヶ月ほど前でした」

「三ヶ月、ですね。では学校の夏季休業期間よりは前になりますか?」

「はい」


 助かりました。

 私も休業期間中のエドガー様の活動は把握し切れていませんから。


「では、前期の定期考査よりは?」

「後です」


 期間は半月ほどに絞られました。

 肌身離さず持っている手帳を取り出します。


「ことに及んだのはヘーゼルダイン侯爵家邸ですか?」

「いえ、我が家です」

「状況を教えてくださいな」

「いい天気だからとエドガー様に誘われまして……その夜に」

「正確な日時はおわかりになりますか?」

「いえ、そこまでは……」


 目が泳いでいますよシャノン様。

 手帳をチェックします。


「……七月からは夏季休業。その前の六月二一~二六日、エドガー様は王宮泊まりだったのですよ」

「えっ?」

「これに関しては、ジェレミー第一王子殿下からも証言を得られるかと思いますが」

「ああ、間違いない。文官業務の詰め込み講義があってな。貴重な機会だったから、エドガーはじめ数人を王宮泊り込みで教育してもらった」

「改めてシャノン様にお伺いします。ことがあった日は、二一日より前ですか? それとも二六日より後ですか」

「……」

「おや、お忘れですか? 忘れてしまえるほどのことでしたか?」

「ま、前です!」

「おかしいですね」


 シャノン様は震えています。

 追い詰めるのは本意ではありませんが、エドガー様に迷惑をかけた罪は償ってもらいます。


「定期考査が終わってから二一日までの間に晴れた日は一日だけ。そう、ペンデュラム座流星群の極大の日だけです」


 そういえばそうだったな、土砂降りが続いたわ、などの声があちこちから聞こえまする。


「徹夜の流星群観察は全員参加の課外授業でした。もちろんエドガー様も出席しています。となるとシャノン様の主張に当てはまる日はありませんが」

「……」

「お答えをお待ちします」


 俯き震えるシャノン様。

 言い逃れはできないでしょう。

 シャノン様が意を決したように顔を上げます。


「……ウソを吐いておりました。エドガー様におかれましては多大な御迷惑をかけてしまい、お詫びのしようもございません」

「理由をお聞かせ願いますか?」

「……わたくしのお腹に子供がいるのは本当なのです」


 えっ? そこは本当なんですか?


「とある愛する騎士様との子なのです。ただ身分の違いから、その騎士様との結婚は許してもらえず……」

「それでどうしてエドガー様との子、ということになるのですか?」

「わたくしの過ちではございました。しかしお腹の子に罪はありません。愛する方との間の子供ということもございます。どうしても産みたかった」


 シャノン様の頬を涙が伝います。

 うっ、これは大変に恋愛戦闘力が高いです。

 身分や財産、教養を越えて勝てない気になりますね。

 ぜひとも参考にせねばなりません。


「お腹の子も育ってまいります。わたくしも切羽詰っておりました。お優しいエドガー様ならば、お腹の子を認知してくれることもあり得るかと、埒もないことを考えてしまいました」


 なるほど、ヘーゼルダイン侯爵家が認知する子なら粗末にできないからですね?

 大雑把過ぎるやり方ですが……。


「私エイダ・イーストンは提案いたします。こたびの罰として、シャノン・リドル子爵令嬢に一年間の停学処分を下すことを」


 一年間? それって……などの声が聞こえます。

 そう、丈夫な赤ちゃんを産んでくださいということです。


「さらに提案します。シャノン様が愛するお相手と結ばれるよう、貴族学校全員の署名活動で応援することを!」


 ものすごい声援と拍手に包まれます。

 よしよし、先生方も賛成のようですね。

 エドガー様もホッとした顔をしていらっしゃいます。


「エイダ様、ありがとうございます……」

「よろしいんですのよ。謝罪ならエドガー様に……」

「さすがはエドガー様の正妻でいらっしゃる」

「えっ?」


 正妻?

 思わず顔がにやけてしまいますね。

 こういう攻撃を仕掛けてくるとは。

 シャノン様の恋愛戦闘力は高いなあ。

 私はまだまだ甘いです。


 校長先生が場を締めます。


「さあさあ。大した事件じゃったが無事収束した。本日の講義は二限目からとしよう。では解散!」


          ◇


 ――――――――――エドガー・ヘーゼルダイン侯爵令息視点。


 一時はどうなることかと思ったが、無事に終わった。

 エイダ嬢のおかげだ。

 エイダ嬢は危機に強いというか、頼りになるなあ。


 ヘーゼルダイン侯爵家から特にリドル子爵家に慰謝料は請求しなかった。

 実害がなかったこともあるが、丸く収まったところに野暮であるから。


 感謝を伝えるいい機会だったので、エイダ嬢を王宮に呼び出すことになった。

 貴族学校は王立であり、その穏やかならざる事件を鮮やかに解決したことに対する王家からの謝意、という建前でだ。

 実際のところは僕とエイダ嬢の会話に参加したいという、ジェレミー殿下のやじ馬根性なのだが。


「やあ、エイダ嬢。よく来た」

「お招きありがとう存じます」

「先の全校集会での件、後腐れなくまとめてもらってすまなかったね。教師陣の評価も高いんだ」

「いえいえ、とんでもないことでございます。お恥ずかしい」

「エドガーもぜひ礼を述べたいとのことだが、実は今日わざわざエイダ嬢を呼び立てたのは別件なんだ」

「えっ?」


 あっ、エイダ嬢がポカンとしている。

 どうしてジェレミー殿下はドラマチックにしようとするんだろうな?

 僕がやりにくいんだが。


「先日のシャノン嬢の妊娠騒動では大変世話になりました。素晴らしいお手並みでした」

「いえいえ、エドガー様のためでありますれば」


 明らかに僕に好意があるなあ。

 でもどう切り出せばいいのやら。

 イーストン伯爵家はうちのヘーゼルダイン侯爵家に含みでもあったろうか、って聞くの?

 どう考えてもおかしいんだが。

 あっ、殿下?


「オレは将来王になるだろう。エドガーにはオレの片腕として働いてもらうことになる」

「はい」

「そのエドガーが独身では少々障りがあるのだ。実はエドガーはエイダ嬢に惚れていてな」

「まあ!」


 間違ってないけど、殿下はストレート過ぎ!

 あっ、でもエイダ嬢すごく嬉しそうだな。


「オレからみても似合いに思える。しかしエドガーに聞く限り、イーストン伯爵家から婚約の申し込みは来ていないというのだな」

「イーストン伯爵家と当家との間に諍いでもあっただろうか?」

「ないと思います」

「エイダ嬢は将来を約した男がいるのか?」

「おりません」

「エドガーは嫌か?」

「いえ、大変心穏やかで好もしい殿方です」

「では何故?」


 エイダ嬢の答えに安心した。

 問題はないように思えるのだが。

 どうしたんだろう?

 エイダ嬢らしくもなく、モジモジしている。


「……ではありませんか」

「何と?」

「私ばかりエドガー様にアプローチするのは、フェアではないではありませんか」

「……つまりエドガーの方からハッキリ言えと」

「はい」


 そういうことだったのか。

 真っ赤になって俯いてるエイダ嬢がとても可愛い。

 キビキビとした女性かと思っていたけど、こんな一面もあるんだな。

 しかし一番嬉しそうなのがジェレミー殿下って、どういうことだろう?


「もしシャノン様の件で褒美をいただけるというのなら、エドガー様にしっかりバッチリ告白していただきたいです」


 こういうところはエイダ嬢らしいなあ。

 ままよ。


「エイダ嬢、僕の婚約者になってくれ。君が、好きだ」

「……はい」


 思ったよりスラスラ言葉が出てきた。

 多分、僕が言いたかったことだからだろう。


「いやあ、エドガーは決めるところは決めるな! さすがオレの片腕」

「茶化さないでくださいよ。近日中に正式な婚約申し込みを行う。伯爵によろしく」


          ◇


 ――――――――――エイダ視点。

 

 無事エドガー様と婚約することができました。

 天にも昇る気持ちです!

 貴族学校を卒業後、ちょっとしてから結婚ということになるでしょう。

 幸せですねえ。


「シャノン嬢が、嬢と言うのはおかしいか。夫人が無事出産を終えたと聞いた」

「まあ、そうなのですね?」


 シャノン様は学校の後押しで愛する騎士様と結ばれることになりました。

 あれほど恋愛戦闘力が高い方ですから当然ですね。

 もうじき停学期間を終え、学校に戻ってくるでしょう。


 苦労もあると思いますが、学校の全員に祝福された結婚です。

 却って交友も増えたとの噂です。

 素晴らしいですね。

 良き未来であることを祈りましょう。


「男の子でしょうか? 女の子でしょうか?」

「女の子だよ。エイダという名を付けたと聞いた」

「えっ?」

「君に感謝しているんだろうね」


 何てことでしょう。

 照れますね。


「あの妊娠偽告白事件には、正直思うところはある。でも君と婚約することができて嬉しい」

「まあ、エドガー様ったら」


 冷静な方なのに、本当に決めるところは格好いいんですから。

 『君が、好きだ』のセリフは一生忘れませんよ。

 私は記憶力がいいですから。


「名前を呼んでくださいませ」

「エイダ」


 そっと抱きしめられます。

 穏やかな愛に包まれる感じが心地良いです。

 私はエドガー様の婚約者でよかったです。

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