第4話 目覚め

「んん...?」

「あ...」

背中にふかふかとした感触を感じ、明日喪が目を開けると見覚えのある天井があった、よくよく見ると彼が寝ていたのは見覚えのあるソファだった。ちらっと周りを見てみると、見覚えのあるテレビ、見覚えのある間取り、そして見覚えのある銀髪の少女。

ここはトーカの家だ。

彼はがばっと起き上がり、自分の胸板に手を当てる。

不思議と、痛みはないし血も出ていない、傷跡もない。そもそもなぜか、服すら傷ついていない。

槍に貫かれるというのは、長い長い時を過ごしてきた明日喪にとって初めてではないものの、なかなか経験することでもない。しかし、槍に貫かれ、そして傷一つないというのは、初めての経験だった。そして彼は横を向いて、自分のそばにいた銀髪の少女、園三へと目をやる。服が破れていない理由は、もうわかった。

「やぁおはよう、園三ちゃん」

「ああ...明日喪さん...」

見れば、彼女の目は真っ赤に腫れていて、目元にも跡がついている。きっと彼女は、明日喪が寝ている間、泣いていたのだろう、泣いてくれていたのだろう。

明日喪はゆっくりとほほ笑み、優しく、歳の離れた小さな子供に言い聞かせるように言い放った。

「ありがとね、園三ちゃん」

そう言うと、真っ赤に腫れた彼女の目が潤んで、星空のようなその瞳がぼやけていく。

「ごめんなさい...ごめんなさい...」

彼に縋るように、服を掴みながら、彼女はまたぼろぼろと泣き始める。それから園三は、嗚咽交じりに、まるで言い訳をするように、語り始める。

「ひっ...私っ...あなたに助けてもらったのに...何にもできなくてっ...ごめんなさい...もっと早く気づいてたら...んっ!?」

泣きながら自分の事を責める園三の口を、明日喪は手でそっと覆う。そして優しく、なだめるような、甘やかすような口調で話す。

「園三ちゃん、いいんだ、君は君のできることをしてくれた、この服は、君が直してくれたんだろう?僕はそれで充分だよ、大丈夫だから」

といって、明日喪はぱっと口から手を離す。彼女は涙を落としながら、それでも表情は笑いながら、震える唇を動かし。

「はいっ...」

安心したように、笑顔になった。ぽたりと、彼女の目から出てきた流れ星のような涙が一滴、床に落ちる。

明日喪は優しく、彼女の頭を撫でた。何故か無性にそうしたくなった。

すると、がちゃりとドアが開いた音がして二人が振り向くと、右手にレジ袋を下げたトーカと何も持ってない流々が入ってきた、二人は明日喪を見ると一瞬止まり、そして。

「おお、起きてる」

「ほんとだおはよう、明日喪くん」

と言い、二人は彼のそばに寄って。

「その...ありがとね、園三ちゃんを守ってくれて」

と、トーカは言い。

「あの...ごめんね、私...何もできなくて」

と、流々は言った。明日喪はそれぞれの言葉を聞くとまとめるように。

「いいよ、皆あんまり気にしないで、そもそも僕が守りたくて守ったんだし、あの槍については予想外だったけど、まぁ生きてるから平気平気、てか僕はそう簡単に死なないんだけどね」

と、長ったらしいセリフを言った。まくしたてるように喋って、それはどこか、強がっているようで。

「あのさ、一個、聞きたいことがあるんだけど」

神妙な顔で、不安そうな声色で、トーカは明日喪に問いかける。

「あの顔が見えない人、一体なんなの...?」

すると、彼はすっとぼけるように。

「...さぁね、ただ一つわかるのは、あの子はことかな」

その何者か、を彼は知っている。しかし、それは黙っていた。

「ま、とりあえず僕はちょっと行ってくるよ、色々調べたいこともあるしね」

と言い残し、明日喪はそそくさと、去ろうとする、それはどこか焦っているような態度で。

「...待ってください」

その態度を見破ったのか、園三は彼の服を掴み、引き止める。彼が振り向くと、園三はどこか泣きそうな、それでも強い意志を持った瞳で、明日喪を見つめ、そして固い声で、はっきりとそう言った。

「私も...連れて行ってください」

明日喪は、少し迷ったような顔をした。この少女の瞳には、強い決意が宿っている。きっと今の彼女は、その先に何が待っていようとも、明日喪についていくつもりだろう。

だからこそ、迷った。彼女にこのことを伝えるかどうか...いや、今の彼女なら、きっと受け止められるはずだ、彼女の覚悟に免じて、言おう。

明日喪は意を決し、ゆっくりと口を開いた。

「園三ちゃん、僕この家で紙とペン探したいだけなんだけど」

「....へ」

園三は3秒ほどフリーズし、やがて顔がどんどんと紅く染まっていった。






「んじゃ、始めようか...って園三ちゃん、そろそろ出ておいでよ、あれは僕の言い方も紛らわしかったからさ」

明日喪はテーブルの上に50音、数字と鳥居、はいといいえの文字が書かれた紙を置くと、先ほどからずっとソファにうつ伏せになり顔をうずめている園三に話しかける。

「いやでしゅ....」

「園三ちゃーん、君は完全に包囲されているー、早く出てきなさーい」

「そうだそうだー、無駄な抵抗はやめるんだー」

「無理です...明日喪さんのせいです...」

「僕のせい!?」

彼女はソファから顔を離そうとしない。トーカや流々も説得(立てこもり犯に対して警察が言うやつ)を試みているが、効果はなさそうだ。

「私あんなにかっこつけたのに!頑張ったのに!もうお嫁にいけません!明日喪さんのせいです!」

「僕のせい!?じゃあ責任取って僕がお嫁に迎えるしかない!」

「真実の愛を見つけて駆け落ちします!」

「急に展開が昼ドラに!?」

「そして駆け落ちた先の旅館で殺人事件が起こります!」

「火曜サスペンス劇場!?」

「そこにはメガネをかけ、蝶ネクタイをした子供の探偵が!」

「月曜19時からの探偵アニメだった!」

「今のコ〇ンは土曜18時からだよ明日喪くん」

「アンタ、何か微妙に今と色々ズレてない?」

「そりゃあ長生きしてるからね...って話それちゃった」

明日喪はテーブルの上に置かれた紙に手を置き、この場にいる全員に呼びかけるように。

「とりあえず、これから『こっくりさん』をするからさ、皆に協力してほしいんだ」

「は?こっくりさんって...あの都市伝説の?なんで?」

トーカがそう問いかけると、彼は「それはね」と言って。

「これを使って、黒幕...ってか、僕を襲った奴がどこにいるのかをあぶりだすんだよ」

「そんなのできるの?」

「ま、物は試しだよトーカちゃん、とりあえず僕の合図に合わせて『こっくりさんこっくりさん、どうぞおいで下さい、もしおいでになられましたら『はい』へお進みください』って言ってね、そこから先は僕がやるから」

と言うと明日喪は部屋の電気を消し、鳥居の絵に10円玉を置いてその上に右の人差し指を乗せ、他の人にもそうするように促す。

「あ、そうだ、今回は僕がいるから何しても平気だけど、皆でやるときは指を離さないようにね」

「するわけないでしょ、てかなんで平気なの」

「僕、実は結構すごい悪魔だからね!」

彼は左手を使い

「ふーん」「そうなんですか」「へー」

「皆興味なさそうだね!?」

「みんな指乗せたよ、早くしようよ」

「無視!?もういいや始めちゃう!いくよ!」

明日喪が「せーの」と言うと。

「「「「こっくりさんこっくりさん、どうぞおいで下さい、もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」」」」

と、全員で声を合わせて言った。

するとゆっくりと、10円玉が動き出し、『はい』へと進んだ。

「...本当に動いた、あるんだ、こういうの」

「初めて見ました...」

「すごーい...なんかあとで質問してもいい?」

「いいけど、まず僕からね」

「こっくりさんこっくりさん、園三ちゃんを襲った人はどこにいますか」

そう彼が問うと、10円玉はゆっくりと動き出し、そしてある文字の上で止まる。

『し』『ゆ』『う』『き』『よ』『う』

「『しゆうきよう』...宗教?は?」

「あのー、こっくりさん?宗教なんて世界中にあるし、そもそも宗教は場所じゃないんだけど...」

『し』『せ』『つ』

「宗教施設...?」

「宗教施設?そんなの世界中に山ほどあるよ、神社仏閣だって、教会やモスクだってその一種だし」

『だ』『ま』『れ』

「黙れ!?え!?僕こっくりさんに罵倒された!?」

『だ』『ま』『つ』『て』『き』『け』

「黙って聞けって言った!この子意思を持ってる!僕に反逆してる!一応僕のが偉いのに!」

「アンタなんか関わる人全てに馬鹿にされてない?いや私が言うのも何だけど」

『し』『な』『や』『ま』『し』『ゆ』『う』『き』『よ』『う』

品山---それはトーカたちの住んでる街。明日喪の顕現によって、異常がみられるようになった街。

「品山宗教...もしかして、あそこ?」

「ええ、だってこの街で目立った宗教施設なんて、あそこしかないわけですし」

「真偽はともかく、だけどね」

「僕がいる時のこっくりさんは信用できるものだよ、何せ滅多にいない高級な霊を無理やり召喚するわけだし...とにかく、場所は決まった」

「場所はこの街の西の山の麓、僕が召喚されたところだ」

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日常使いの独り言 くろいきつね @Kuroino-Kitsune

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