裏:身代わりのゆずりはが生贄となるまで
雨の降らない日が何日も続いている。
段々と森の恵みが減っていく。
井戸が枯れ、水もほとんど湧かなくなった。
――村民の普通は壊れていった。
ゆずりはの家系は村の名士だ。代々村を守り導き、――いざというときには土地神に生贄を捧げてきた。
その役目は土地神ホズミの好む清らかな乙女が担うことになっている。そうやって、何代も前にも危機を乗り越えたと伝えられている。
そして昨日、ゆずりはの姉が生贄として旅立った。
村を守る立派なお役目。神の御許へと向かう名誉。教えられてきた通り。
けれど、姉の、さくやのいない家はどこか物足りない気がした。
寂しいと思うのはいけないことだ。さくやは村のためにおつとめしているのだから。
賢くて綺麗な姉はきっとホズミ様に気に入られている。それで、村にいるよりも精のつくものを食べさせてもらっているのだ。
そう、信じていたのに、信じていたから姉を見送れたのに、ホズミ様から届いた一通の文が願いを否定する。
見たこともない上等な紙に黒々とした墨でしたためられ、静謐な香がほのかにかおる。
品のいい見てくれに反して書いてあったことは衝撃だった。
土地神ホズミは健在であること。日々の信仰に感謝していること。生贄の少女は受け取れないこと。送られてきた少女に非はないこと。近々送り返す予定であること。云々。
ゆずりはは愕然とした。姉の何が不満だというのか。
さくや以上に生贄を担える人は村にはいない。少なくともゆずりはに心当たりはない。
もちろん、この文に仰天したのはゆずりはだけではない。一族の大人たちも上から下への大騒ぎだ。
特に爺さん婆さんなどは生贄を捧げれば全てがうまくいくと信じて疑わなかったものだから、受取拒否だなんてどうすればいいかわからず三途の川に沈みそうな勢いだ。
ああでもないこうでもないと檄を飛ばす大人たちに、ゆずりはは言い放った。
「僕が代わりに生贄となりましょう」
しんと静まり返った皆の視線がゆずりはに集まる。
彼は、さくやのように美しく笑んでみせた。
「ホズミ様は少女の贄に飽きたご様子です。次点で候補となるのは子どもでしょう? ならば、僕がいっとうふさわしい。そうは思いませんか」
兄弟の中で一番さくやに似ているのはゆずりはだ。一番懐いていたのもゆずりはだ。
大事な姉が不当に扱われている。神といえどあまりに横暴ではないか。
ゆずりはは衝撃が一周回って怒っていた。
なんとしても直接文句を言ってやりたかった。
「いやしかし、望むものを示されていないんだ。また追い返されなどすれば村に未来はないぞ」
「であれば、ほかに案をお出しいただきたいものです」
否定する大人を一刀両断。
姉の笑顔で武装したゆずりははいつも以上にキレキレだった。
「何も差し出さずとも未来がないのには変わらないでしょう?」
そう丸め込んで、ゆずりはは、姉を否定した人でなしに会う権利、基生贄になる権利をもぎ取ったのだった。
神さまは生贄がお嫌いなようで 都茉莉 @miyana
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