エピローグ 蜜月

 スティアの街へと戻り色々と落ち着いた頃、私はマーヴィさんに連れられて、帝都の大神殿へと向かった。


 聞いていたとおり、神殿は私が聖女であることを認識しており、疑われることは一切無かった。


「聖女アウラ。神殿はあなたの求めには、最大限に答えるつもりです。何か望むことはありますか?」


 大神官様に問われ、私はマーヴィさんやバックス様と事前に話し合った内容をお伝えした。


 帝国内にまだ潜んでいるかもしれない魔王軍と魔獣の討伐と、汚染された土地の浄化をするため、二人で旅に出たいこと、その援助を神殿にお願いしたいことを。


 私の力もマーヴィさんの勇者の力も、独占すべきものじゃないから――


 合わせて私の魔王討伐の褒賞についても、神殿に寄付をし、魔王が残した傷跡に苦しむ人々のために正しく使って頂くようにお願いした。


 大神官様は微笑み、神殿は私の願いにいかなる協力も惜しまないとお約束してくださった。


 こうして私たちは、帝国内に残る脅威を取り除くため、旅に出た。


 その旅の途中、ダグが亡くなったことを知った。


 何でもあの戦いの後、ダグは勇者の力を失ったことや、それを隠し、魔王軍の残党討伐の際、無駄に死人を出したことが皇帝に報告されたのだという。


 それだけでなく、聖女である私を利用し捨てたこと、旅の途中、勇者だからと驕り高ぶった行動により問題を起こしていたことなども発覚したらしい。


 最終的には私が投げつけたダグの手紙が決定打となり、結果、イリス皇女様との結婚と、次期皇帝の座が白紙になったのだという。


 とはいえ、ダグが魔獣や魔族の襲撃を退けて村や街を救ったことや、魔王を一度討伐し、平和をもたらしたことは紛れもない事実。


 彼の功績も踏まえ、代替案として、爵位と領地を与えることが提案されたけれど、ダグは納得出来なかった。


 あろうことか、既成事実を作ろうとイリス皇女を襲ったのだ。

 幸い未遂に終わったけれど、駆けつけた副官によって切り捨てられたのだという。


 副官は、ダグが襲い掛かってきたためやむを得なかったと報告し、それが認められた。けれど恐らくは、


(ダグに自分の大切な部下を殺されたから――)


 陰のある笑みを浮かべていた副官の表情を思い出し、私はそれ以上考えることを止めた。


 そして一度は愛し、ともに過ごした者として、彼が女神様の元で今世で冒した罪を償うことを祈った。


 ダグの冒した罪や死んだ理由については、皇室の権威にも関わるということで全て伏せられ、不慮の事故で亡くなったと人々には伝えられている。


 そんなこともありつつ、私たちは自身の素性を隠しつつも、たくさんの人々に支えられながら旅を続け、帝国内に残る魔族や魔獣を退治し、土地を浄化していった。


 そして一年後、真の平和が訪れたのだった。


 スティアの街に戻った私たちは現在――

 

「アウラ、ずっと気になっていたんだが……」

「何ですか、マーヴィさん?」


 隣に座るマーヴィさんが、何故か渋い顔をしている。 

 彼がそんな顔をする理由が分からず、私が首を傾げると、マーヴィさんはむむっと唇を尖らせ、ボソッと呟いた。


「結婚してもう一月が経つのに、何故未だに『マーヴィ』なんだ?」

「えっ?」

「なんだ、その『そんなことで?』と言わんばかりの反応は……」

「あー……えへへっ……」


 思いっきり心を読まれ、私は取り繕うように笑うしかなかった。


 旅から戻ってきた私たちは、クレスセル領の人々に祝福されながら結婚した。

 

 マーヴィさんがバックス様たちに、私との結婚の意思を伝える前日、とても緊張したのを今でも覚えている。

 私が平民だから、反対されるんじゃないかって思っていたから。マーヴィさんは必要ないって言っていたけれど、魔王討伐の褒賞を使って、今からでもどこかの貴族の養女となるべきじゃないかと、本気で後悔していたっけ。


 だけど、迎えた当日。


「こ、こんな愛想のない息子を……貰って頂けるのか⁉ アウラ殿、大変……たいへーーーーーん感謝するっ‼」

「あ、アウラが私の娘になるなんて……今この瞬間から私のことは『お義母かあ様』って呼んでちょうだい!」


 といった感じで、歓喜されてしまった。


 バックス様からは反対されるどころか、その後数日間、何度も何度も、マーヴィさんを伴侶にしていいのかと確認され、最終的にはリィナ様とマーヴィさんに怒られてたほどだし。


 元々クレスセル家の初代当主は平民出。

 良くも悪くも代々の当主は皆大らかで、血筋よりも中身だと言って過去にも平民を伴侶に迎えていたこともあり、一般的な貴族ほど血筋にこだわりがないのだと、マーヴィさんが教えてくれた。


 まあ一般的な貴族では考えられないことだろうけれど。


「あんたが聖女じゃなくても、父も母も同じことを言ったと思うぞ」


 そう言われて初めて、私が聖女だと知っているはずのバックス様とリィナ様の態度が、全く変わっていないことに気付いた。


 聖女という立場ではなく、私自身を見て結婚を認めてくださったことが、そしてお二人と家族になれることが、嬉しくて堪らなかった。


 私たちの婚約を知った領民たちも、大喜びしてくれた。

 結婚すれば力が失われると知っていても、


「神官様はいくらでも代わりはいるけど、マー坊の伴侶はアウラ様一人しかいないんだから、そんなことは気にすんな!」

「そうそう! 今までこの街のために尽力してくださったんだ。今度はアウラ様が幸せになる番だよ!」


 と祝福してくれて、涙が溢れそうになったっけ。


 大神殿にも結婚することを報告したけれど、止められるどころか、むしろ祝福されて拍子抜けしてしまった。まあその理由は、すぐに判明することになるけれど。


 旅を終えて、スティアの街の神殿で結婚式を挙げた時は、たくさんの人々がお祝いに駆けつけてくれた。


 私たち的にはこぢんまりとした式を思っていたけれど、あの祭りのときみたく、いつの間にか広場に作られた宴会場に連れて行かれ、夜遅くまで続くどんちゃん騒ぎとなったのを、昨日のように思い出せる。


 その後は、まあ……うん、夫婦となって初めてともに過ごす夜として、幸せな時間を過ごした。


 ついでに言うならベッドの上のマーヴィさんは、クマさんという可愛いものではなく、飢えた熊だったと付け加えておく。


 驚いたのは、次の日。

 諸々の理由で全身に痛みを感じた私は、神聖魔法が使えない体なのを忘れ、ついいつものように癒しの魔法をかけたのだ。


 神力が流れ、全身からすーっと痛みが引いていく。


(あー……神聖魔法、発動してるなー……って、あれ?)


 異変に気付いた瞬間、私は隣で眠っていたマーヴィさんをたたき起こしていた。


 その後、確認だと言われて再びベッドに引き込まれ、離してもらえなかったのは、別の意味で大変だっ――いや、それはまた別の話だけど。


 後々それとなく神殿に確認したところ、神聖魔法と【祝福】は別物だから、清らかな体でなくても力は失われないと言われた。


 というのも、勇者と結ばれた聖女様たちも、子育てしながら世界安定のために奔走していたらしい。


 それなら、先に教えて欲しかった……

 だって国を救う旅も、結婚すれば私の力が失われるからと理由で始めたことだったから。


 今となっては笑い話だけど、私の力を愛する領民たちのために使えることが、とても嬉しい。


 思い出に浸っていると、マーヴィさんの顔が私の目の前に近付いた。


「アウラ、何か別のことを考えているだろ」

「ふふっ、マーヴィさんには、バレちゃいますね?」


 悪びれもなく正直に答えると、


「……次から『さん』付けするたびに、こうする」


と言って右頬にキスされた。


 突然不意打ちでキスされ、私は両目を見開きながら抗議する。


「ちょっと待ってください、マーヴィさんっ! これはもう癖というか、慣れというか……」


 問答無用とばかりに、私の右瞼に彼の唇が触れる。


「って、聞いてます? 別に呼び捨てでも、さん付けでも、私たちの関係は変わらないでしょう? ね、マーヴィさん?」


 今度は、左頬に口づけられた。


「そんなにも気にするなら、私も少しずつ頑張って呼びますから、落ち着きましょう、マーヴィさ――」

「……わざと、さん付けで呼んでるだろ」

「…………あ、バレちゃいました?」


 不機嫌そうにしているマーヴィさんに向かって、笑ってみせた。


 だって私が『マーヴィさん』って呼ぶ度に、ムキになってキスしてくる彼の姿が、何だか可愛かったから。


 だけどこんな会話が出来るのは、あなただからこそ――


 不機嫌そうな彼に微笑みかける。

 その頬を両手で包み込みながら、ずっと私を見守り、絶え間ない愛情を注いでくれる黒い瞳を見つめる。


「……大好き、マーヴィ」


 彼の口角が満足げに上がったかと思うと、互いの唇が触れあった。 

 しばらく唇に留まっていた温もりが、ゆっくりと離れていく。

 

「……結局、呼び捨てしてもさん付けしても、キスするんじゃないですか」


 そう言って笑うと、マーヴィさんは私から視線を逸らし、


「……あんなことを言われたら、我慢出来るわけがないだろ」


と、恥ずかしそうに呟いた。


 可愛すぎる夫の一面に胸が高鳴り、自然と笑みが零れる。

 幸せすぎてだらしなくにやけてしまう顔が見られたくなくて、すっかり甘々になった彼の大きな胸にきゅっと抱きついた。


 ――こんな感じで戦いを終えた私たちは今、穏やかでありながら、甘く幸せな蜜月を過ごしている。


<了>

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この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ めぐめぐ @rarara_song

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