終章 門出
最終話 俺の余生
死ねば全てリセットなんて嘘っぱちである。
死んだところで地続きに新しい人生が始まって、カオスに揉まれながらその後を生き直すしかないのである。あとは、過去の精算とか? まあ、やってた方がいいとは思う。いろいろと来世で引きずるし。
「暇」
誰にでもなく口にしたこのセリフが、より俺の幸せに色をつけてくれる。へたくそな白で塗りたくったような曇り空も、つい体が震えてしまうような
風の国と呼ばれた大国の一角にある、これまた小さな宿屋の一角で、白けた目で日光浴をするアンニュイな北欧系の金髪美女はそう思った。
……自分で美女は恥ずかしいな。
「じゃあ、お茶ちよ! お姫しゃま」
「へい、小僧。どうやって俺の居城を知ったってんだい」
「小僧じゃない! ぼくはビスマルク=アイゼンブラッド……」
ゴツン。
「いったぁい! なにすんのぉ!!」
「話を逸らすのはよくないな。あと、大人をおちょくった罰だ」
「ぼくのほうが大人なんだけどぉ!?」
我ながらいい拳骨に涙目の小僧。理由を問い詰めると、生活圏でうろつく俺をひたすら付けてたんだって。将来が心配だよ、こんなんじゃ。
「……まあ、こうやって生きてるってことは、ぼくがどうして生きてるのかもわかったんでしょ?」
ニヤニヤとこっちの顔を覗き見る小僧。もう一発お見舞いしてやろうと思ったが、俺は寛大なのでリクエストに答えてやることにした。
「まあ、な。仮説が見事ハマったって感じだ」
「やるじゃん、さすが元魔王!」
正直出来過ぎだけどな。
魔王ってのは、この世の罪をかき集めたような存在だと教えられた。実際、両親のやらかした外法って奴がその罪であり、魔法に当たるんだけど、俺はこの魔王と魔法の関係性が妙にしっくりいってなかった。
「大体ややこし過ぎるんだよ。魔王だとか、魔法だとか、勇者だとか。名前と役割がまるで一致しないし」
「ひねくれた世界だからね!」
魔王が罪の象徴なら、罪を払拭できれば良いんじゃないか。ついで、魔王という存在を曖昧にしてしまえば良いんじゃないか。
そこで考えたのが勇者への“命令”。勇者を使っての戦い方が魔法そっくりだってのと、魔王に当たる条件が魔力の総量に当たるなら、魔力を魔法で“消化”してしまえば魔王にならないんじゃ。
駄目だ、自分で言っててややこし過ぎる。とにかく、魔王でなくなること。勇者には魔王を倒してもらうこと。罪が払拭されること。この三つがクリア出来れば、今回の問題はまるっと解決だと思ったんだ。
「まあ、上手くいってよかったよ」
なんて口では言ったけれど、実際のところは色んなものが噛み合っただけだ。親には死んで欲しくなかったし、当然国も守らないといけなかった。なにより、
「ちみって、ほんとにやさしいね!」
「どうだか。でも、あんたもそんな感じだろ?」
「へへん」
褒めてねえよ、は無理があるか。
まあ、ひとえに同情というやつである。なんというか、あまりに境遇が気の毒すぎてな。あの鉄仮面、この期に及んでめちゃくちゃ寂しそうな顔してたし、なんなら目的も果たせないでいたからな。
少しくらいは良い夢見させてやろうと思ったわけだ。まあ、気まぐれというやつだ。うん。
「とはいえな、十七にして祖国が滅んだ元王女とかどうなってるんだよ。不幸にもほどがあるだろ、魔王ってやつは」
「やたらこの世界に嫌われるからね。でも、もうお役御免だから良いでしょ?」
「全然良くない。両親は亡命、しかも親父は生首ひとつでのご存命。あとの市民は散り散りだからな、やることは山のようにあるさ」
復活させないといけない、ヴェーミールという国を。
両親と別れたのも、二手に分かれた方が事が早く進むと思ったからだ。あそこでしか生きられない人たちもきっと居たはずだ。過去を聞いている限り、相当世間に馴染めなかったらしいし。
だから、その人たちの居場所を取り戻してやろうと思ってる。色々世話になったからな。
「その割には気負ってる様子は無いよね」
「そうか? 不安すぎて夜しか眠れん」
「十分じゃん」
「胆力がついただけで実際は不安だよ。強いて言うなら、時間に余裕があるからだろうな。責任は両親が取るって言ってくれたし」
そう言うと、小僧はちょっぴり悲しそうにして、
「やっぱり、死ねなかったんだね」
「……まあな」
結局俺は、魔法が生み出した“成果”に過ぎないということだろう。魔王として死んだところで、俺という存在は死ねなかった。ひょっとすると、一生死ねないのかもしれない。
皆があの世にいく中で、ひとりだけこの場に留まるというのは想像以上に辛いと思う。死に方を探す必要も出てくるかもしれない。
多分俺は、俺の知らないところで想像以上に業を背負っている。
「まあ、ゆっくり考えていけばいいさ。最悪、“神”が俺をやっつけてくれるだろ」
「あんまり期待しない方が良いけどね。アレは超常現象、予測して引き起こせるモノじゃないから」
「……ですよねー」
現実は非情である、ってか。
まあ良いさ、可能性はゼロじゃ無い。
「ところで、小僧」
「小僧じゃないよ! どちたの?」
「ここに来たってことは、本題があんだろ」
ずっとモゴモゴして何か言いたげだったのでキッカケをくれてやると、待ってましたと言わんばかりに顔をニパッとさせた。
「迎えにいこう!!」
「えー」
この世界で二度目の冬に肌寒さを感じつつ、もう一度与えられた時間にほんの少しを感謝を交えながら、お子様に引きずられるように、なだらかな道を踏み締めて歩く。
先人の足跡を辿るのも人生。
過去の禊に精を尽くすのも人生。
見え隠れする微かな光を頼りに、道なき道を作るのもまた人生。
生きていれば歩む道は十人十色で、きっとすべてが苦くも尊いものなのだと、しょっぱい人生なりに身に染みた。
やってしまったことは消えないけれど、やってて良かった明日は今からでもきっと作れる。そんなバカみたいな理想を頼りに、怠惰な自分に鞭を打って今を生きる。
そうすれば、
「久しぶりですね、勇者さん」
「……これは、夢か?」
「夢でないといいですね。貴方は死んでないのでしょう?」
「当然だ。俺は絶対に死なない」
今日のように、互いが笑える未来にたどり着けるのかもしれない。
ラジコン勇者とつぐないの旅 終
ラジコン勇者とつぐないの旅 木戸陣之助 @bokuninjin
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