第70話 明星

「了解」


 馴染みのある一連の動作だ。命令を受け、想像した通りに動く。それらが一本の線となって繋がった途端、勇者の体はひとりでに剣を拾い、彼女の元へと走っていた。

 ひとつ言えるのは、その線の中に勇者の意志は介在しない。

 握りしめた剣で少女を貫いていた。

 勇者が全てを理解したのは、それからだ。


「なんで」


 呟いた疑問符は手応えと一緒に空回りした。そんな夢みたいな状況で少女は小さく笑うと、口から血を垂らしてその場に崩れ落ちる。今度は何も音がしない、嘘みたいな質感が場を満たしていた。現実味を帯びない不思議な感覚に戸惑うも、すぐに耳を貫くような悲鳴が辺り一帯にこだました。


『つまらない』


 後ろから何かが聞こえたのに、振りかえると何もなかった。

 半年ほど前にも似たようなことがあった。火の国で起きた百鬼夜行との一戦でのことだ。声が聞こえたかと思えば、おぶっていた筈のシアがいつの間にか地面に倒れていたのである。胸に刺し傷を残して。


「シア?」


 魔法とは願いを叶える為の“方法”である。願いを具現化する為に詠唱や術式という下準備を行う。

 魔王とはこの世界において、魔法で最も願いを具現化出来る存在である。

 その命令が“明確な意思”を持って発動されたということは、


「シア! シア、目を覚ましてくれ!」


 無機物のような冷たさだった。死んだ人間と変わらないと言われれば納得するだろう。

 それでも彼女は笑っている、その真意が勇者にはわからない。声が聞こえない、息がない、鼓動が聞こえない。


 空に放たれた魂の叫びは、あなたに届かない。


 魔王は死んだ。

 勇者は魔王を討ち取った。

 罪を犯した国は滅んだ。


 そんなことは勇者にはどうでもよかった。

 迎える明日にシアがいない。生きる意味なんてあるのか。そんな自問自答を重ねたところで何が変わるわけでもない。


「この眩しさで、俺を浄化してくれ」


 夜が明ける。数多もの思念や記憶を洗い流して。

 多くを失ったものたちが迎えた朝は、清々しいほどに青く、美しかった。


第七章 天啓 終

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