紅い服の男

@me262

第1話

 世間がクリスマスで賑わう中、その少年は独り自室に閉じこもり、ベッドの上で布団をかぶっていた。中学校で酷いいじめに遭い、不登校になり、高校受験も棒に振り、今も引きこもり生活を続けている。両親と妹は共に外食に行ってしまい、誘いを拒んだ少年は皿に載ったフライドチキンを黙々とかじっている。

 彼はずっと思い続けていた。

 あいつのせいで。あいつのせいで。

 いじめの主犯だった元同級生の近況は知らないが、彼への怨み辛みは未だに少年の身内に燻っており、そのために彼は何処にも行けず、何者にも成れなかった。

 もっと視野を拡げて、先を見透す眼を持っていれば、実際はそうではないことが分かるのだが、他者との交流を絶ってすっかり頑なになっている少年はそう信じ込んでいた。

 不意に窓が開く音がして、外の冷たい空気が流れ込んで来る。ここは2階。不審に思った少年が顔を向けると、何者かが立っていた。

 紅い服と帽子に身を包んだ、大柄な男で、同じくらい大きな白い布袋を背負っている。仰天した少年が上擦る声を漏らした。

「サ、ササ、ササササン……」

 男はそれを遮るように片手を挙げ、野太い声で挨拶する。

「メリークリスマス」

 男は陽気な表情でウインクをする。

 ベッドの上で縮こまる少年に構わずに、男は部屋の中央へ紅いブーツを履いた足を運ぶと布袋を床に下ろして言った。

「君にプレゼントを持ってきたよ」

 男は袋を少し傾けた。中からゴロリと音を立てて何かが転がり出た。顔中を血まみれにした金髪の若い男で、既に絶命している。その姿を見た少年は息が止まりそうになった。彼が憎みに憎んできたいじめの主犯だった。

「ど、どうして……。プレゼント?」

「私へ手紙を出しただろう?だからさ」

 数日前、少年はクリスマスのプレゼントを紅い服の男へ願い、その旨をしたためた手紙を出した。

『あいつの死体が欲しい』

 叶う筈のない、非力な自分でも出来る些細な復讐のつもりだった。切手も貼らない封筒をポストに投函する途中、突然の強風にあおられて手紙はもぎ取られる様に空に飛ばされて消えてしまった。まさか、本人に届くとは。そして願いが叶うとは。

 男によって袋からすっかり外に出され、床に転がっている金髪頭は余程強く殴られたのだろう。顔中痣だらけで口や鼻のみならず、大きく見開いた充血した目の端や耳の穴からも血が吹き出していた。紅い服の男の、本来なら白く長い髭も全部が紅く染まっている。その先からは時折紅い液体が滴り落ちていた。この男は少年の復讐相手を死ぬまで殴り続け、拳に付いた血をその髭で拭ったのだ。

 暫く死体を眺めていた少年は、やがて乾いた笑い声を上げた。

「やった!やったぞ!ざまあ見ろ!当然の報いだ!」

 そして少年は、この数年間浮かべたことのない晴れやかな笑顔で紅い服の男に叫んだ。

「ありがとう!これで僕もやっと前に進めるよ!本当にありがとう!」

 それを受けて男もホッホッホと笑みを返す。

「君が喜んでくれて私も嬉しいよ」

 世の中には綺麗事では納得出来ない人間がいる。例えやってはいけないと分かっていても、自らの怨念を晴らさなければどうする事も出来ない者もいる。この少年がそうだった。

「この野郎!今までの借りを返してやる!思い知れ!」

 これまでの鬱積した想いを吐き出す様に、少年は転がっている死体を蹴りつけた。最早何の抵抗も出来ない相手へ、何度も何度も渾身の蹴りを繰り出した。端から見れば胸の悪くなる、卑怯極まりない復讐は、少年の体力が尽きるまで続いた。

 肩を激しく上下させて荒い息を吐く少年は漸く死体蹴りを止めた。

 今はこれくらいで勘弁してやろう。暫くして元気を取り戻したら、また再開だ。今度は何をしてやろうか。今度は……。

 そこまで考えた少年は、紅い服の男が未だ部屋で微動だにしない事に気付いた。自分の方に顔を向けた少年に向けて、男は静かに告げた。

「さて、気は済んだかね。実は、私の所にもう1通手紙が届いている。君、幼稚園生の頃に同じクラスの女の子を酷くいじめていたね?」

「え?」

「手紙はその女の子からの物だ。君のいじめが原因で小学校から今までずっと引きこもっているそうだ。彼女の手紙には君の死体が欲しいと書かれていたよ」

 顔面蒼白で後ずさる少年に、紅い服の男は陽気な表情でウインクした。

「メリークリスマス」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅い服の男 @me262

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ