文化祭前日。彼女は僕に微笑む、かな?
みこと。
本編
神様、ありがとうっっ!!
僕はいま、最高に幸せです!!!
と、そんなことを考えながら、黙々と手を動かしている。
シュコシュコシュコシュコ
「おーい、こっち空気入れくれー」
シュコシュコシュコシュコ
「何個くらい作ればいいのかなぁ?」
「とりあえず、この青いタライがいっぱいになるくらいじゃない?」
目の前に、色とりどりのヨーヨーが、次々と浮かんでいく。
良き!
文化祭前、縁日準備中。
僕のクラスはヨーヨーすくいと、ボールすくいと、的あて担当。
そして僕はヨーヨー班。
少しの水とたくさんの空気を入れながらヨーヨーを膨らませ、道具でゴム紐と栓をつけていく。
水に泳がせると、ぷかぷかとすごく涼しげ。
子どもの頃の楽しい思い出が詰まった、夢みたいな光景。
わくわくする!
それに何と言っても。
チラ、と視線をあげた先に。
……
つややかな黒髪に、白い肌。
小さな顔は愛らしく整っていて、ふっくらした唇はどんな果実より甘そう。
「!!」
目が合いそうになって、あわてて顔を伏せる。
どうしよう。
気になる彼女がちょうど正面でヨーヨーを製作してるとか、これが神の采配でなくてなんだというのか。
こんなに間近で共同作業中。
まずい、ドキドキする。
だってちょうど目の先に、白いブラウスの丸いふくらみが……。
ダ、ダメだ、ダメだ。
集中、集中。
手の中の丸い……じゃない、ヨーヨーに集中だ!
全集中、水の呼吸、ヨーヨー舞──。
「きゃっ」
はじけた声に顔を上げると、平岡さんが栓する前のヨーヨーを落としたらしく、服に水が飛び散っていた。
ごほうびキタ──!!!!
じゃない。じゃないよ。
大変だよ、服濡れちゃって!
「千紗都、大丈夫?」
「着替えてきなよ、ジャージがいいよ」
彼女の友達から、口々に声がかけられてる。
そうだね、風邪ひくと困る。
ジャージがいいと僕も思うよ。
透けないし。ゴホン。
そんなこんなで彼女は一時離脱し、僕はまたせっせとヨーヨーを作った。
◇
神様、ありがとうっっ!!!
こんなにラッキー続きで良いんですか?
あとで何か大変なことが起こったりしませんよね?
一生分の幸運、使い切ってそうでコワイ!
と、そんなことを考えながら、てくてくと歩いてる。
学校からの帰り道。
なななな、なんと! 僕はいま! 平岡さんの隣を歩いていたりするのだ!!
なんでこんなことになったかって?
ヨーヨーを作り終えた後、突風が起こった。
いきなりの強風に僕たちは無防備だった。
まさか縁日用の大看板が、水を張ったタライに半落ちして台無しになるだなんて、誰が予測できただろう。
あの時僕は、クラス全員の声なき絶叫を確かに聞いた。
つか、僕も叫んだ。
ぎゃああああああああ──!!!!
文化祭は明日だ。
それからはもう怒涛の作業だった。
濡れた部分の紙を張り替え、何日もかけて描いた絵をクラス総出で、半日で描き直したのである。
大慌てで下絵を起こし、ブロック状に絵を刻み、担当箇所を分け、各班で塗りに塗った。
幸いヨーヨーとかもほとんど無事で、大惨劇は修復が効いた。
今度はしっかり看板を固定した。
もう大丈夫だ、きっと。
……あれ? これなんか不幸体験のような?
しかし奇跡はここから始まった。
あたりが真っ暗になってからの下校。
先生の指示で、いつもバラけて帰るみんなが、それなりに固まって帰ることになった。
懐かしの集団下校スタイルだ。
なんでも最近、不審者の目撃情報が多発してるから、女子とかカワイイ男子(?)とか要注意だそうで。
そんなわけで、同方向のクラスメイトが、ひとり去りふたり去りと分かれていく中、平岡さんと僕が残っている、という状況だった。
待って、先生。
これ別の意味で危険じゃないでしょうか?
僕の心臓はおそらく今、
明日まで生き残ってられるのか?
いいや、踏ん張れ。
そして頑張れ。
こんなチャンス滅多にないぞ、
いまこそ何かアプローチを……。
「ね、時田くん、静かすぎてもこわいから、お喋りしながら帰らない?」
ホワァァァァァァ──!!??
話しかけられた! 平岡さんから、話しかけられた! あああ、声すごい可愛い。
お喋りですか? もちろん大歓迎です!!!
「う、うん、そうだね。何か話を……。あれ?」
会話を探して気づいたけど。
「平岡さんのジャージ、大きめなんだね?」
袖口が長いみたいで、指先だけが見える感じ。
全体的にゆるだぶで、はっきり言って……可愛い。
「でしょう? これ、お兄ちゃんのお下がりなんだ」
「お兄さんがいるの?」
「うん。3つ年上でいま大学一年生。お兄ちゃんのなんかイヤだ、って言ったんだけどね。卒業間際に買って殆ど着てなくて、もったいないからって」
ため息をつきながら、平岡さんが言う。
ジャージは苗字部分が刺繍だけど、家族なら着まわせる。
そういえば僕、平岡さんのこと何も知らない。
どんな曲が好きなのか、とか、普段どんなことしてるのか、とか。
それで思い切って聞いてみたら、そこから会話が広がって、結構イイカンジで夜道を歩いた。
平岡さんは明るくて、話題が豊富で、話しててすごく楽しい。
笑うと夜がぱっと輝く。
眠ってないのに朝が来るとは、これいかに。
夢みたいだ。
こんな時間を過ごせるなんて。
帰り道、方向一緒で良かった!
──? 変だな。
「どうしたの、時田くん」
「あ、ううん。なんでもない」
たぶん気のせい。
……だと、思ったんだけど。
なんだか見られてる気がする。
それにさっきから、誰か僕らの後をついて来てる……ような?
こんなこと、平岡さんには言えない。
こわがらせてしまう。
でも。
でも!!
「走って。平岡さん!」
「えっ?」
僕は平岡さんの手をとって走り出した。
このあたりは交番もコンビニもない。
街灯以外、民家しかなくて、かなり暗い。
こっち方面に予定なく歩く人なんていないだろうし、もし走ったのについて来たとしたら──。
って、ついて来たぁぁぁ!!!! 足音ォォォ──!!
まずい、まずい、まずい。
やばい人かもしれない!!
平岡さんは僕が守らなきゃ。
なんとかして。なんとしても。
僕がそう覚悟を決めた時だった。
「おい、待て! 待てって。千紗都!!」
ん?
んんん?
いま平岡さんの名前、呼んだ?
僕と平岡さんが足を止める。
振り返った彼女が驚いたように叫んだ。
「お兄ちゃん??」
お、お兄さまぁぁ────!?!?!?
◇
足音の正体は、平岡さんのお兄さんだった。
暗くて遅いから迎えに行け、そうお母上に命じられたお兄さんが、平岡さんを迎えに来ていたらしい。
でも僕たちがなんだか、い、いい雰囲気に見えたから(ありがとう、お兄さま!)、声をかけずに見守ってくれてたそうで。
勘違い、恥ずかしい。
さっきから僕は、恐縮しきって謝り通しだ。
「すみません、すみません。本当に」
「ああ、いいよ。そんなに気にしなくて。俺も驚かせて悪かったよ」
「そうだよ、時田くん。悪いのはお兄ちゃん。それにお兄ちゃんも変な誤解しないで。時田くんとは、そんなんじゃないから」
グハッ!!
い、いや、そうだよね。
まだ少しお話した仲というだけだもんね。
でも僕は、その少しで、ますます平岡さんのことが気になるようになってしまった。
ウェルカムだよ、その誤解。
どんどん誤解して貰って、いつか真実にしたいと思ったよ。
それにしてもプリプリしながらお兄さんを怒ってる平岡さんはすっごい可愛い。
最上級に可愛い。
もはや可愛いしか言ってないけど、本当だから仕方ない。
可愛さに死角なし。
語彙を可愛いがハイジャック中。
好きな子との至近距離、脳が正常に働くほうが異常だ。
思考回路が焼き切れる寸前、平岡さんが言った。
「大体、私とじゃ時田くんに失礼だよ」
全然失礼じゃな……。
「時田くんはとってもカワイイんだから!」
え、カワ……?
ええエぇぇぇッッッッ???
まさか僕って、平岡さんの中でそんな位置づけなの──???
お兄さんが、気の毒そうに僕を見た。
◇
今日は本当にいろんなことがあった。
濃厚な一日だった。
でも文化祭本番は明日なのだ。
ヨーヨー班として、平岡さんともっと距離を詰める。
……クラスメイトがいるから、難しいかもだけど。
無我夢中だったけど平岡さんの手だって握ったんだ!!
大前進だ!
……「カワイイ」と言われるとは、思ってなかったけど。
とりあえずうちにあった牛乳は飲み干した。
疲れてヘロヘロだったけど、腕立て伏せと腹筋はやった。
成長期に期待して、カワイイ評価をカッコイイに塗り替える!!
あと、強くなりたいな。
何かあった時、好きな子を守れるように。
神様、今日はありがとうっっ!!
都合の良い時だけ信じちゃってごめんなさい。
でも、明日もハッピーな一日になりますように!
おしまい
文化祭前日。彼女は僕に微笑む、かな? みこと。 @miraca
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます