ストーカー悪役令嬢が常識人で、雄っぱいルートに進めない~使用済みスプーンの回収は、初歩の初歩なんです~

鬼ヶ咲あちたん

第1話

「この間、教えたでしょう? オスカー王子が食堂から立ち去ったら、すかさず使用済みスプーンを回収するの」




 悪役令嬢エリザーベトに、私はストーカーの極意を熱血指導している。


 それもこれも、うらやましすぎる隠しエンディング『雄っぱいルート』に、エリザーベトが最短で進むために必要なのだ。




「ライラさま、スプーンは学園の備品です。持ち帰るなど、してはいけませんわ」


「このスプーンを持ち帰らないと、ストーカー悪役令嬢としてのエリザーベトのポイントが上がらないのよ」




 ライラというのが、ここでの私の名前よ。


 マッスル愛好家の女子大生だった私は、どうやら死んだみたいで、死ぬ間際にプレイしていた学園系乙女ゲームの世界に転生してしまったの。


 転生先がヒロインだと知ったときには、絶望したわ。


 なにしろ私の推しはヒロインの攻略対象ではなく、悪役令嬢エリザーベトと結ばれる、隣国のイケオジ将軍アヒムだったのだから。


 アヒムは全身が筋肉でバッキバキ、40歳にして国宝級の雄っぱいの持ち主なの。


 乙女なら誰しも、その胸に顔を挟まれたいと思うでしょう?


 だからこうして、エリザーベトの断罪後に始まる『雄っぱいルート』への案内役を、買ってでていると言うのに。


 


「さあ、このスプーンをオスカー王子コレクションに加えるのよ。コレクション数が10点を越えたら、また次のルート選択肢が現れるから」


「あの……実はこれまでに、ライラさまから渡されたスプーンは、全て食堂に返却していて……」


「な、なんですって……私のこれまでの努力が……」


「オスカーさまはこんなことをされたら嫌がりますわ。自分の使用済みのスプーンを持ち帰られるなんて、いい気持ちがしませんもの」


「それでいいのよ。そうやって粘着して嫌われて、オスカー王子から婚約破棄をされて、隣国に追放されるのがエリザーベトの『雄っぱいルート』への道なんだから」




 頭を抱える私の背後から、件のオスカーの声がする。




「私の使用済みスプーンを回収していたのは、ライラ嬢だったのか。エリザーベトが困り顔で食堂へ返却しているから、何が起きているのかと調べさせてみれば……」




 ヒロインの攻略対象者であるオスカーは、金髪緑眼の王子さまらしい外見の王子さまだけど、どう贔屓目に見ても細マッチョ。


 これじゃ、胸筋の間に顔を挟むなんて無理。


 やっぱりアヒムしか勝たん。


 私がブツブツ呟いているのを、オスカーがいぶかしそうに聞き返す。


 


「アヒムというのは、隣国の将軍の名前だな。ライラ嬢はもしかして、隣国のスパイか何かなのか? それで私とエリザーベトの仲を、裂こうとしているとか?」


「オスカー王子は何も分かっていない! 乙女を幸せにするのは雄っぱいの力なのに! その薄い胸筋では、顔は挟めませんよ!」




 これまでの孤軍奮闘を台無しにされた私は、王族への敬いなんてどこかへ放り投げて、オスカーを指さして糾弾する。


 私の乱心ぶりに、エリザーベトが心配して駆け寄ってきた。




「ライラさま、どうしてしまわれたの? そんなことをしては、不敬罪に問われてしまうわ」


「私よりも先に、オスカー王子が筋肉に対して不敬罪を働いているの! メインヒーローなのに! シャツの第3ボタンも弾けさせられないなんて!」


「ライラ嬢、君の言動は私には理解しがたい。スパイではないというのなら、一体何が目的なのだ?」




 人が好いオスカーは、私を気遣うエリザーベトの肩を抱き、話を聞こうとする。


 だから私はぶっちゃけたのよ。


 至高の『雄っぱいルート』へエリザーベトを導くために、どれだけ尽力してきたのか。


 私は二人に筋肉愛を語りつくし、最後には感極まって涙ぐんでしまった。


 ぐすぐすと洟をすする私に、オスカーとエリザーベトはお互いの顔を見合わせ、そして申し訳なさそうに告げる。




「私はエリザーベトを愛している。決して婚約破棄をするつもりはない」


「ライラさまが私の幸せを願ってくださったことは、とても嬉しく思います。ですが私も、オスカーさまとの結婚を心待ちにしているのです」


 


 つまり私が熱く薦めていた『雄っぱいルート』は、余計なお世話だったということか。


 ここにきて、ようやくその事実に気がつき、私はうなだれる。


 そんな私が可哀そうに見えたのか、オスカーがこんな提案をしてきた。




「よければ、隣国への留学許可を出そう。乙女の幸せと信じて止まない『雄っぱいルート』とやらに、ライラ嬢が挑戦してみてはどうだ」


「な、なんですってっ?」




 そんな簡単にシナリオからの逸脱が許されるの?


 ヒロインの私が学園にいなくても、乙女ゲームは進行するってこと?


 バグらないのだったら、最初から全力でアヒムに愛を伝えに行けばよかった。




「今すぐ旅立ちます!」


「いや、手続きをするまでは、待って欲しいのだが……」




 オスカーとエリザーベトに宥められ、私はなんとか許可が出るまでは大人しくした。


 しかし、許可が下りてからは即断即決、隣国のアヒム目指して一直線、幸せの雄っぱいルートへ突撃したのだった。


 






 ――かなり年が離れた私に求愛されて戸惑っていたアヒムを、3年かけて納得させ、無事にふわふわ雄っぱいに顔を挟まれたことを皆様に報告します。




「やっぱり、幸せはここにあったのよ」


「ライラは僕の雄っぱいだけが好きなの?」


「そんなことないわ! 乙女ゲームをプレイするだけでは分からなかった素敵なアヒムを、この3年間でたくさん見てきたもの」


「良かった。僕はこれから年を取って枯れていくだけだから、萎れた筋肉に用はないとライラに言われたら、どうしようかと思ったよ」


「ああああ、ギャップ萌えぇ……ガチムチの体に宿る傷つきやすいピュアな心……アヒム、愛してるわ!」




 私はアヒムの逞しい体に抱き着き、それを軽々と抱き留めてくれるアヒムと、これからも二人の世界を繰り広げていくつもりだ。


 このポジションを譲ってくれたエリザーベトには、感謝しかない!!!

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