第16話 ラクゴ・ラボ


 ラクゴ・ラボ。

 浪人生だの留年生だの、落ちこぼれの落伍者らくごしゃばかり集めたとんでもないサークルらしい。ヤバすぎ。

 そんな団体、絶対入りたくねえ!


 ……って、あれ?


「そういえば先輩。なんで俺が留年生って分かったんですか?」

「そりゃあ分かるさ。コソコソ新入生の列を避けて脇道に隠れる。背伸びしたオシャレ服でもなく、くたびれたジーンズとTシャツを着用。おまけにヒゲの剃り残しまである。一目瞭然だとも」


 ハスノネ先輩はニヤリと笑いながら言った。

 うっ。そんなとこまで見られてたのか。恥ずかしいな……。



「安心したまえ、キミを馬鹿にしに来たんじゃあない。あくまでも目的は勧誘だよ」

「でも……」

「いいから、ほら。部室だけでも見学していきたまえ」


 白衣を翻し、スタスタと歩き去る先輩。

 仕方ない。気乗りはしないが付いていこう……。





 ナン大は百年を有に超える歴史のある大学で、その起源は明治維新以前に遡る。

 関東大震災の被災や東京大空襲による焼失などを経て、増築と改築を繰り返した結果、キャンパスの敷地は建物でギュウギュウだ。


 正門付近は新築のビルが理路整然と並ぶが、奥に行けば行くほどカオスな構造になっていく。



 グネグネと入り組んだ通路。

 なぜか五つもある体育館。

 講義棟の間、蜘蛛の巣のように張り巡らされた渡し廊下。

 どこに続いているのかも分からない螺旋階段。


 とにかくゴチャゴチャしていて、どこに何があるのか全く分からない。まるで子供の散らかしたオモチャ箱みたいな混沌だ。

 

 そして、そのカオスの極地が……




「……うわぁ」

「なんだ、君。『臨サ』に来るのは初めてか?」

「そりゃ来ないですよ、こんなスラムみたいな場所……」


 ぎゃあぎゃあ、とカラスが騒がしく鳴く。

 ここは『臨時サークル棟地区』。ナン大キャンパスの最奥に位置する空間だ。


 他のエリアから木立で隔てられたこの場所。都内の大学らしからぬ薄暗い雰囲気が漂っている。

 古びた建物の壁、トタン屋根、明らかに違法増築の外階段。空気からしてヤバい……。


「スラムとは失礼な。正式な大学の設備だぞ」

「本当ですか?」

「まあ大学当局からは立ち退きを求められているのだが……それはさておき」


 さておくな!


「ここまで来ればすぐそこだ。行くぞ」


 臨サ地区の建物の外壁には、縦長のロッカーがいくつも並んでいた。風雨に晒されてボロボロだ。

 先輩がそのうちの一つの扉を開ける。どうしたんだ?


 不思議に思って目を凝らすと、ロッカーの奥にはぽっかりと暗い空間が広がっていた。


「隠し通路だ。こっちの方が近道なのでな」


 ええ……。

 なんだよ隠し通路って。マフィアのアジトかよ。

 中はちょっと埃っぽいが、通れない程ではなさそうだ。


 ハスノネ先輩の後に続く。

 通路には電球の薄明かりが灯っている。


「君、臨サ地区についてはどのぐらい知ってる?」

「なんか大学のアングラな場所で、あんまり近寄らない方がいいとか……」


 俺は友達が全然いなかったので詳しくないが、それでも噂ぐらいは入学当時に聞いた。


 曰く、東京の九龍城だとか。

 曰く、一度足を踏み入れたら二度と出られないとか。

 曰く、暗黒医学部デス・メディシンが秘密の人体実験をやっているとか。


 普通にしていれば実害を被ることはないが、関わるのはあまりオススメしない。そういう場所らしい。


「その理解で間違ってない。だがここだって悪くないぞ。特に、我々みたいな日陰者にとってはな」

「…………」


 言いたいことは分かる。

 俺だって入学式から逃げ出した身だ。


 でも、やっぱり、ラクゴラボとかいう怪しい団体には――



「ついたぞ! ここが我々の本拠地……『象牙の社』だ」


 視界が開ける。

 桜が、咲いていた。



 広場だ。臨サ地区の建物に囲まれて、ここだけぽっかりと空間が開けている。

 そこに一本の桜が咲いている。枝葉を広げた、満開の桜だった。


 その傍らに、鳥居。暗い白色をした立派な鳥居だ。

 なんで大学内に鳥居が……?


「驚いただろう。ここには元々大きな神社があったらしいんだが、火事だか空襲だかで丸ごと焼けてしまったんだ」

「その焼け跡に臨サ地区ができたんですか? なんて神社だったんです?」

「さあ、何も分からない。だから本殿があったはずのここも、単に『象牙の社』と呼ばれている。鳥居が象牙色だからな」


 なるほど。


 鳥居と桜の奥には、一軒の平屋があった。これがラクゴラボの部室なのだろう。



 その建物のドアがガチャリと開いた。

 中から出てきたのは二人の人影。

 ガッチリとした体格の、細目の男。それに派手な赤色の髪をした女だ。


「おっ、ハスノネ先輩」

「遅かったじゃないですか。何してたんです?」

「悪いな。新入部員をスカウトしに行ってたんだ」

「新入部員だァ?」


 赤髪女にギロリとにらまれる。

 ちょっと待て、新入部員って俺のことか!?


「いや、まだ入るとは……」

「オレの名前は柴田。テメエ『いくつ』だ」

「はい?」


 なっ、何がですか?


「『いくつ』かって聞いてんだよ。ちなみにオレは一浪二留だ」


 え?


「に、二留です……」

「……ふん、悪くねェな」


 鼻を鳴らす女――柴田さん。

 どうやら認めてもらえたらしい。『いくつ』って留年浪人数の話かよ!


 口調は荒いが、綺麗な女性だ。

 スタイルもいい。炎のような印象の鮮烈な美人である。


「どうも、2年の八谷です。一浪一仮面だ。多分同い年だろ? よろしくな」

「おお、よろしく……。長塚です」


 細目の男――八谷と握手を交わす。

 俺より背は低いが、手は大きい。武道でもやってそうな感じだ。


「二人はどこか行くのか?」

「オレはゼミです。八谷は?」

「図書館で勉強ですよ。一応まだ受験生なんで」

「そうか。頑張れよ」


 ロリ先輩に見送られて、二人は隠し通路から出ていった。

 あれがラクゴラボのメンバーか。


「本当に、留年だの浪人だのしてる人ばっかりなんですね……」


 ラクゴラボ、やはりヤバい団体だ。


「君を誘ったわけが分かっただろう?」

「ええ、まあ」


 落伍者の、落伍者による、落伍者のためのサークル。

 構成者は浪人生と留年生。

 文面だけ見れば俺のために作られたような集まりだ。最適と言っても良い。


 でも……。



「入りずらいよな、サークルって」


 え?


「分かるよ、長塚クン」


 ハスノネ先輩が――白衣のロリが、俺を優しい目で見つめていた。


「既に出来上がった人間関係に後から入っていくのは難しい。新入生歓迎会なんてわざわざ開催するのはそのためだ。あれは一つの儀式なんだ……新参者をコミュニティに迎えるためのプロセス」

「…………」

「留年生はその儀式に参加できない。社会の外側の、アウトサイダーだ。だから苦労する」


 …………。


「まるで見てきたように言いますね」

「見てきたさ。私だって君と同じだ」


 微笑む、ハスノネ先輩。



「先ほど、君に声をかけたのはね。あの浮かれた新入生の中で、長塚クンだけが戦場の兵士みたいな目つきをしていたからなんだよ」


 兵士?


「俺が、ですか?」

「そうさ。周囲の敵に怯えて、今にも人を殺しそうなほど追い詰められた表情だった」


 そんな風に……見えてたのか。


「だから私は声をかけたんだよ。教えてあげたかったんだ――大学は戦場じゃないし、周囲の人間は敵なんかじゃない。このキャンパスにも君の居場所はちゃんとある」


 俺の、居場所。


「心配は無用! ラクゴラボは、落ちこぼれのための居場所なんだ」

「俺は……」


 ずっと居場所が欲しかった。

 自分がいても許される居場所が。


「俺はクズですよ。朝も起きられないし、面倒だとすぐサボるし……」

「恥じるな。どうせウチはそんな奴ばかりだ。そういう人間を好んで集めたんだ」

「本当に俺でいいんですか」

「君だからいいんだ。二留の君だからこそ」


 俺の、居場所――



「……先輩」

「なんだい?」

「俺も――大学生活、楽しめると思いますか」


 二留の俺でも。

 大学から逃げ出した、俺でも。


「もちろんだとも! せっかくの大学生活だ、全身全霊で楽しみたまえ」


 そう言って、ニッコリと先輩は笑った。

 その笑顔を見た瞬間、俺の心は決まった。


「分かりました」


 桜が咲いている。


「先輩。俺を――ラクゴラボに入れてください」

「ああ。歓迎するよ、長塚クン」


 象牙色の鳥居の傍らで、俺と先輩は固く握手を交わした。

 先輩の手は小さかったが、何よりも頼もしい感触だった。




 こうして、俺はラクゴラボに所属する事になった。

 まさかこんな成り行きでサークルが決まるなんて。人生何があるか分からないな。


 それにしても……ラクゴラボにいるという事は、ハスノネ先輩も留年か浪人かしているはずだ。

 外見だけだと白衣のロリにしか見えないけど、実際は何歳なんだろう?






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大学2留したら2浪の美少女受験生と甘やかされ同棲生活する事になった 仮野屋号 @karino_yagou

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