第15話 謎のロリ先輩

 ピピピピピピッ!


 スマホのアラームがけたたましく鳴っている。

 し、死ぬほどうるさい……。

 どこだ、どこに置いたスマホ……。


 俺はもぞもぞと手を動かして、ベッド脇に置いてあったスマホの動作を止めた。

 寝ぼけ眼で画面を見てみれば、


 07:49


 と表示されている。

 ……こんな早い時間に起きたのは、それこそ高校生ぶりかもしれない。 

 

 なぜこんな早くに、眠い目を擦って起床したのか。

 それは昨日のこと……入学式と過去のトラウマ、そしてそれを瀬奈に打ち上げたことで、「この子に恥ずかしいような生き方はしたくない」と思い直したからだ。 

 心機一転……とまではいかずとも、ちょっと今までのやり方を変えてみようと思うきっかけになった。


 なに、心配はいらない。

 俺はずっと自分の『居場所』が無いことに怯えていた。大学で孤立し、どこにも居られないのがひたすら怖くて、いつの間にかニートになってしまっていた。


 でも今は、違う。


 瀬奈と暮らすこの家が、自分の居場所だって分かったから。俺が居ていい場所がちゃんとあるって分かったから。

 もう不安になる必要なんてない。

 大丈夫だ。俺は戦える。


「……よしっ!」


 声を出して気合を入れる。

 うおおお! 俺はやるぞ!


 掛け布団を跳ね除けた途端、予想外の冷気が寝巻きの裾に入ってきた。

 ……………うぅ。

 もう気持ちが折れそうだが、そういうわけにもいかない。


 どうにか起き上がり、適当な服に着替える。上着はどうしようか……四月は寒暖調整が難しい。



「瀬奈、おはよう!」

「おはようございま……えっ、長塚さん!?」


 部屋を出て、リビングで勉強中の瀬奈に挨拶。


「どっ、どどどどどうしたんですか!? まだ朝の8時にもなってないですよ! 普段は午後にならないと起きてこないのに……まさかお腹でも痛いんですか?」

「違うよ。今日は早く起きようと思って」

「キョウワハヤクオキヨウトオモッテ……?」


 宇宙人に話しかけられたみたいなテンションで、目をパチクリさせる瀬奈。


「ごめんなさい、ちょっと理解が追いつきません……あっ!」

「どうした?」

「まだ長塚さんの分の朝ご飯できてないんです。すぐに作りますね」


 慌ててキッチンに立とうとする瀬奈。

 勉強の最中だったろうし、中断させるのも悪いな……。


「そっか。じゃあコンビニでなんか買って食うよ。そのまま大学行くからもう出るわ!」

「いっ、行ってらっしゃい……」


 瀬奈に挨拶をし、玄関で靴をつっかけてそのまま出ていく。

 背後から「今日は雪でも降るのかな……」というナチュラル失礼な呟きが耳に届いたが、何も聞こえなかったことにした。





 電車から降り、大学に向かう。

 昨日と同じ道だが気分は全く違う。

 ……不安が消えたわけじゃない。でも大丈夫だ。気合入れていくぞ!


「よし!」


 覚悟を決めて、キャンパスに足を踏み入れる。敷地の中はザワザワと騒がしい。


「ラグビー部! 未体験の人も大歓迎だよ!」

「そこの君、いい身体してんね。ボディビル同好会に興味ない?」

「ラテン音楽やってま~す」

「濃ゆいオタク来たれ! 自主制作アニメ研究会!」


 四方八方から響く勧誘の声。

 そうか、今日は入学式の翌日。新入生のためのオリエンテーションの期間だ。授業や学科についての説明があったり、サークルの新入生歓迎会があったりする。


 特に我がナントカ大学(通称ナン大)はサークル活動が盛んで、新歓は年に一度のお祭り騒ぎだ。どの団体も新しいメンバーを確保しようと、血眼になってビラをばらまいている。

 どこに入るかは完全に新入生次第。運動部系の部活動から、ゆるいお遊びサークルまで多種多様だ。


「非公認の地下出版学生新聞! 単位売買結社『カドミウム』の真相に迫る!」

「埋蔵金、徳川埋蔵金探索研! 君も一攫千金目指さないか?」

「ウサギ研でーす。ウサギを愛でるだけでーす」

「焼きうどん愛好会! 焼きそば食ったら除籍!」


 ……あまりに多種多様すぎる気もしてきた。

 ていうか最後のはなんだよ。なんで焼きそば食べたらダメなんだよ。


「色々サークルあるんだね〜」

「この『さつまいもアンチの会』ってなんだろ……気になるわ」

「やめとけって、絶対変だよ」


 ビラ配りの上級生だけでなく、新入生らしき姿も見える。大量のビラのパンフを抱え、キョロキョロと周囲を見回している。

 俺も入学直後はあんなだったなあ。どこのサークルに入るべきか迷い、結局「後でゆっくり考えればいいや」と放置してしまったから、今こんなことになってしまった……。


 ……考えるのはよそう。ここに長居したら無駄にダメージを負いかねない。さっさと用事を済ませて家に帰ればいいんだ。


 人で溢れたメインストリートから外れて、建物の裏手に回る。

 ふぅ。まずは何から済ませようかな。


「そこの君!」


 ……ん?


「君だ、君! そこの留年生!」


 これ、俺のことか?

 周囲をキョロキョロと見回してみるが、声の主は見当たらない。あれ?


「下だ、下! 下を見ろ!」


 下?

 視線を下に向けてみると……そこには小さな人影があった。


 小さな……女の子だ。

 小学校高学年ぐらいだろうか? 百四十センチぐらいの小柄な身体に、なぜか科学者みたいな白衣をまとっている。ロリ体型なのに偉そうにふんぞり返ったその姿は、なんだろう、すごく微笑ましい。


 誰だろう。新入生の妹さんかな? でも入学式は昨日終わったし……。


「なんか失礼なことを考えてるな? 一応言っておくと、私は君の先輩だぞ」

「へ?」

「ほら、見るがいい」


 白衣から取り出されたのは、ナン大の学生証カード。その右側に写っているのは紛れもなく眼の前の女の子だ。


 ま、マジか……。

 このロリっ子が俺の先輩? 信じらんねえ。どうみても小学生だぞ。いや言われてみれば、妙に白衣が似合ってるような気も……?


「えーっと、じゃあ、先輩。そんで俺に何の用です?」

「うむ。呼び止めたのは他でもない。君を勧誘したくてな」


 勧誘?


「私は、『ラクゴ・ラボ』というサークルを主催しているんだ」

「ラクゴ? 落語ですか。ジュゲムジュゲムとか話すんですね」


 落語かあ。

 眼の前のロリ先輩が高座に座って、「おあとがよろしいようで〜」とか言ってるイメージあんまりつかないな。ていうか落語家なら白衣じゃなくて着物の方がいいんじゃないか?


 ていうか勧誘って言ってたよな。俺を落語家にしたがってるのか、この人は。

 無理じゃないかな……。俺、人前で喋るのあんま得意じゃないし。その辺の新入生に声かけた方がいいと思うけど。


「ちがーう! 違う違う。そっちの落語をやってるサークルは落研おちけんって呼ばれる方だろう。私のラクゴ・ラボは別の『ラクゴ』だ」

「別の?」


 落語以外のラクゴなんてあるんだろうか。


「大学にはな、色々な人間がいる。意識高いやつ、留学するやつ、部活に打ち込むやつ、勉強マジメにやるやつ、サークルではっちゃけるやつ。……そして、そのどれにも混ざれずに落ちこぼれちゃったやつ。心当たりがあるだろう?」

「はあ。まあいますよね」


 最後のはまさに俺の事だし。


「分からんか? 落ちこぼれ……つまり『落伍者』だ」


 落伍者? 落伍者……らく……

 ま、まさか……!


「ふふん、気づいたようだな!」


 バサアッ!

 盛大に白衣をはためかせて叫ぶロリ先輩。


「新入生の会話に混ざれない浪人生や、大学に馴染めない留年生だけを集めた、『落伍者』の『落伍者』による『落伍者』のためのサークル! それが我がラクゴ・ラボなのだ!」

「な、なんだってーー!!」


 な、なんて……。

 なんて変なサークルだ!


「自己紹介がまだだったな。私は『ハスノネ』と名乗っている。気楽にハスノネ先輩と呼んでくれていい」

「ああ、どうも。長塚大和と申します」

「大和か……良い名前じゃないか」


 ニヤリと笑って、ロリ先輩……改めハスノネ先輩は手を差し出してきた。


「これからよろしく頼むぞ」

「……え?」


 いや、まだ入るなんて言ってないんですけど!?

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