深い深いその場所に……【カクヨムコン応募中】

三愛紫月

どうして傷つけるの?

嘘をつけるなら、とことんついていたかった。


愛があるなら、とことん想っていたかった。


20年前に終わった恋。


懐かしくて、胸が暖かくて、幸せだった。


そんなあの日々を……。


時々、取り出しては、僕は君を懐かしく思う。


元気にしてるのだろうか?


もう一度会えるだろうか?


幸せだろうか?


また、話したい。


そんな風に、思いながら……。


また、今日も一日が終わるんだ。



そんな毎日が、繰り返されると思っていたのに……。


ブー、ブー


7年ぶりに、狭間光夫はざまみつおからのメッセージがやってきて俺の日々は終わりを迎えた。



【りっくん、元気にしてる?】

【元気だよ】


すぐに、メッセージに返信する。


僕の名前は、松風陸十まつかぜりくと


今年で36歳になる。


光夫は、僕の中学時代からの友人の一人だ。



僕には、もうすぐ結婚する彼女がいる。




光夫と僕は、他愛ないやりとりを繰り返す。


【りっくん、結婚式はするんだっけ?】

【来年の2月だから、後3か月先だな】


僕は、光夫を結婚式に招待していなかった。


それは、光夫の住所を知らなかったってのもあったけれど……。


それだけじゃなくて光夫は、僕に彼女が出来た時に「おめでとう」と言ってくれなかった。


【まだ、結婚してなかったのにビックリだよ?】   

【彼女が、まだ22歳だったからね。7年前は……】

【そっか、そっか】

【29歳になったから、そろそろしたいって思い始めたみたいでね】

【そっかーー。俺も結婚しようかなって相手がいるんだよ】

【そうなんだ!よかったな】


僕は、光夫にメッセージを送りながらキッチンにお湯を沸かしに行く。


【誰だと思う?当ててみ!りっくんが知ってる人】


光夫は、この謎のゲームが昔から好きだった。


で、僕はというとこのゲームが大嫌いだ!


光夫とは、学生の頃は居るのが大好きで楽しかった。


なのに、二十歳を過ぎた辺りから急に光夫といるのが楽しくなくなったのだ。


馬鹿をやるのは、いいけれど……。


それ以外は、苦痛だった。


大人になっていく事へのズレを感じていたんだと思う。


それが、何かもの凄く悲しかったのを覚えている。


何とも言えないズレ。


それを埋める術がない現実。


それが、悲しかった。


カチッとケトルが音を立てる。


インスタントのカフェインレスのコーヒーをマグカップにいれてからお湯を注ぐ。


彼女の寺浦花未てらうらはなみが、夜はカフェインレスしか飲まないから置いてある。

僕は、いつの間にか花未と同じものを飲むようになった。


コーヒーを作ってから、僕はソファーに戻る。


「はあーー。めんどくさいな」


僕は、光夫の謎のゲームの答えを考えてみる。


あっ、わかった。


春日井菜穂子かすがいなほこだったりして】


僕のメッセージに光夫は、【正解】と送りつけてきた。


【それは、凄いなーー。光夫、ずっと好きだったもんな】


光夫は、春日井さんが大好きだった。

中学三年の夏から、ずっと大好きだった。


【だろう!】

【想い続けてたら叶うもんなんだな】


僕の言葉に、光夫は【そうだな】と言った。


その後、すぐに光夫は【でも、離れてるから。別の人とちょっと付き合ってた】と送ってくる。


僕は、コーヒーをフーフーしながら飲む。


返事を返そうとしたら、光夫からまたメッセージがやってくる。


【その人も、りっくんが知ってる人】


僕が知ってるって事は、光夫が高校に入って好きになった人だから……。


中本遥なかもとはるか?】

【違う】


光夫からのメッセージに、僕は頭を悩ませる。

中本じゃないなら、友達だったやつか?


僕は、大嫌いなこのゲームをどうやら頑張って攻略しなくちゃならなくなってしまった。


誰だ、誰だと悩んでいると……。



【りっくんが、告白した人】



その言葉に僕は胸が掴まれて、息が出来なくなるのを感じる。



【まりも?】



僕のメッセージに、光夫は嬉しそうな笑顔のマークをつけてメッセージを返してくる。



【そうだよ。懐かしいだろ?】



懐かしいか……。


光夫にとっては、もうどうでもいい過去なんだ。



僕は、その告白を受けて胸がザワザワとモヤモヤに支配されていくのを感じる。



【懐かしいね。まりも】

【だろーー。】

【そうなんだ。光夫が付き合ってたんだ。でも、まりもって結婚してなかったっけ?】

【してたよ!離婚したけど……】

【へーー、離婚したんだ】

【また、再婚してるみたいだけど】

【そっか】


聞きたくないのに、この指は動く。


【まあ、去年付き合って別れたんだよ】

【まりもと去年付き合ったんだ。そっか……】

【まりもからSNSにDMがきて!色々話してるうちにまりもと付き合ったんだよな】


俺も去年まりものSNSを初めて見た。

まりもは、幸せそうな写真を載せてたから……。

結婚生活、うまくいってるんだなーーって思っていた。


去年、まりもにDMを送ろうか迷った日が俺にもあった。

付き合いたいとかじゃなくて、俺はまりもとまた話しがしたかったんだと思う。


【そうなんだな。で、春日井さんとはどれくらいいんの?】

【4年】


はっ?僕は、光夫の告白にさらに苛立っていた。春日井さんがいながら、まりもと何で?


【かぶってない?】

【俺の悪いとこが出ちゃってさ!菜穂子と、仕事の都合で遠距離なんだよ!で、寂しくてさ。まりももそれはわかってたよ】

【そっか】



それを分かってて、まりもは光夫といたのか。

光夫は、僕の気持ちを過去の思い出に勝手に変えて話し出す。


その言葉、一つ一つに怒りと悲しみが襲ってくる。


だって、僕は……。


20年前、16歳だった高校一年生の僕の前に現れたのが、佐野真理夏さのまりかだった。


あだ名がまりもになったのは、中学の修学旅行先でまりもを買ったと話てきたのがきっかけだったと思う。


僕とまりもは、お互い人見知り同士だった。だけど、僕はまりもとはうまく話す事が出来た。

そして、まりもも僕にだけは学校の外で会っても話しかけてきてくれていた。


だから僕は、まりもと付き合えると思っていた。

だから、まりもに告白した。

だけど、あっさり断られてしまった。


あーー。もう終わりだ。


そう思ったのに、まりもは僕に対する態度を何一つ変えてこなかった。

それよりもっと距離が近づいた気がする。


まりもは、学校外で僕を見つけると「ねぇーー、君」と僕を呼んできた。


そして、近くに行くと隣に座って話し出すんだ。

そしたら、何故かまりもは耳まで真っ赤に顔を染めるんだ。

そして、早口で話すんだ。


それが何故かは僕には理解出来なかった。


だって、まりもは僕を振ったから……。


僕は、勇気を振り絞ってまりもに二回目の告白した。

そしたら、僕はまたまりもにごめんなさいって断られた。


今度こそ駄目だと思ったのに、まりもはまた僕に話しかけてくるんだ。


僕はまりもの気持ちが、ずっと理解出来なかった。


ブブッて、スマホが震えて視界がスマホにうつる。

光夫からのメッセージだ。


【3ヶ月で俺から別れたんだ】

【光夫、凄いな。僕は、まりもに嫌われてたから……】

【りっくん、凄く好きだったもんなーー。嫌われてたんじゃなくて、まりもがツンツンしてただけだろ?】

【好きだったね、凄く。そうだっけ?】


この言葉で、光夫が理解してくれる気がした。

もう、光夫がまりもの話をしないって信じてた気がした。


それに、まりもはツンツンしていた時なんか一度もなかった。


僕に話しかけてきてくれてた。


一生懸命、まりもらしく精一杯に……。


僕はずっと、まりもの気持ちを知りたかった。


あの日のまりもの気持ちを……。


卒業する三日前に仲が良かったまりもの友人の速見詩織はやみしおりから、僕に連絡がやって来たんだ。


『明日、りっくんは休みだっけ?』

「うん」

『明日って、雨でしょ?』

「そうだな」

『傘持って、学校に来なよ』

「何で?」

『傘差しながら、まりもと話して帰りなよ』

「何だよ!それ。詩織ちゃん、まりもから何か聞いてるの?」

『聞いてないよ』

「まりも、僕の事なんか言ってるの?」

『だから、知らないって!明日、絶対来るんだよ』


そう言って、詩織ちゃんからの電話が切れた。

次の日、僕は勇気がわかなくて……。

まりもに会いに行けなかった。

詩織ちゃんからは、何で来なかったの?って聞かれたから……。

僕は、怖かったとだけ言ったんだ。


今思えば、物凄く臆病だったんだ。


まりもと二人で話してしまったら、また告白しちゃいそうで……。


気持ちを伝えて、またごめんなさいって言われたくなかったんだ。


これ以上、まりもとの関係を壊したくなかったんだ。


だけど、実際は卒業と共にまりもとの関係は終わっていった。


まりもと僕は、家が近かったから……。


連絡先の交換はしなかった。


縁が切れたら会わなくなるもんだな。


僕は、まりもといつの間にか全く会わなくなったんだ。


僕は、誰かに恋をして、付き合って、振られたら、またまりもを思い出して泣いてを繰り返していた。


ようやく、まりもを忘れられたのは、花未に出会ってからだった。


だから、僕の中では、まだまりもは過去と呼ぶには浅すぎる傷だ。



【そうだよ!彼女は、凄く俺を好きって言ってくれたんだけどさ。俺が菜穂子にバレたくなくて別れたんだ】


光夫からのメッセージに、胸の奥の深い深い場所に大切にしまっていた宝箱が割れた気がした。


時々、取り出してはニコニコしながら思い出していたまりもとの日々が……。


ぐしゃぐしゃと踏み潰されていくのを感じた。


ザワザワして、胸が苦しい。


【春日井さんがいるなら、駄目だろ?】

【わかってるけどさ。寂しくてさ!エッチしたい日があるんだよ】


その言葉に、まりもと寝たのがわかった。


僕は、まりもとそうなりたかった。


まりもは、光夫にどんな風に抱かれたの?


まりもは、光夫に……。


僕は、聞かなかった。


いや、聞けなかった。


もう、これ以上、僕の中のまりもを汚したくなかった。


今さらどうにかなりたかったわけじゃない。


僕は、まりもがずっと好きだったんだ。


それは、花未への好きとは違うもので……。


それはずっと、大切な宝箱にしまわれていたんだ。


飲もうとしたコーヒーに涙が吸い込まれていく。


【寝るわ!おやすみ】


光夫からのメッセージを見て安堵した。



胸にあるざわめきが、ずっと拭えなくて苦しくて、僕は気づいたら正樹まさきにメッセージを送っていた。



今までの話を正樹にした。


正樹は、【今すぐりっくんとこに飛んでって話を聞いてやりたい。だけど、ごめんな。無理で】と言ってくれた。


僕は、その正樹の気持ちだけで充分だった。


正樹に色々と話を聞いてもらった。


正樹のお陰で、気づいたら胸のザワザワが静まっていた。


【わかるよ!りっくんの気持ち。今度、パアーーっとしよう】

【そうだな】



僕は、正樹にメッセージを送る。



正樹の言葉で、いつの間にか胸のざわめきが減ったのを感じる。


だけど、あの頃のまりもへの想いが消えたわけじゃない。



僕は、胸に手を当てる。



深い深いその場所に、あの時の形のままで今も残っているんだ。



取り出せば、いつでもあの頃の気持ちが甦ってくる。



それは、色鮮やかで!


触れればたちまち僕は、まりもに恋をしていた瞬間に戻るんだ。



僕のそこにあるまりもへの気持ちは、今も真っ白でほんのりピンクの色をつけてる柔らかな積雪みたいなもので……。


それを光夫は、泥だけの靴で踏みつけた。


まりもへの想いが、薄汚れてしまったのを感じる。


それが、抱えているざわめきやモヤモヤの正体なのがわかる。


赤の他人なら、何も思わなかった。


光夫は、あの頃の僕を知っている。


そんな光夫が、踏みつけてきたから痛いのがわかる。


本気で、人を好きになったのならわかるだろ?



本気で、人を愛したのならわかるだろ?



本気だった想いが、過去になんてならないんだ。



光夫なら、わかってくれると思っていた。



今さら、まりもとどうこうしようなんて気持ちはない。



だけど、僕にとって歳を重ねても、まりもへの想いは大切な思い出だったんだ。



それを汚せる権利なんてないんだよ。



まりももまりもだよ。


あの頃は、光夫を苦手だっただろ?


それを知ってるから、よけい悲しかったのかな?


いや、想い続けたら叶ったんじゃないかって思ったから悲しかったのかな?


まりも今だから正直に話すよ!


僕は、まりもと付き合えなくたって、ずっとまりもの友達でいたかったんだ。


だって、まりもといると僕は僕らしく笑えたから……。


それと、もう一つ伝えたい事があるんだ。




今でも、まりもへの想いは



深い深い



その場所に



あの頃のままで



眠ってる。


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