night drive ✖️SF

ブロッコリー展

近未来Tokyo

君に一目惚れした次の日に新車を買った。唯一無二の流線型。スポーツ自動運転を楽しむタイプの完全自動運転車だ。


同世代の平均年収を下回っている僕なんかでも超高級車が手に入る時代。


テクノロジー連動型仕組ローンを組めば平気。


バイオテクノロジーの進化でどんどん健康寿命が伸びていくことを前提として独自の試算で組まれたカーローンなので、新技術が生まれるたびに月々の支払は楽になっていく。


今の金利設定が示唆しているところだと、100年生きた頃には300年生きられるようになってるらしい。


金曜の夜。念願の君とのドライブデートだ。


『仕事おわりました』と君からのメッセージが届く。


君ファーストの設定にしてある僕の車はすでに玄関前で僕を待ってる。


今日の一本みたいなジーパンを履いて、乗り込んで発進。


途中の自販機で、個人情報を買う。今日の分のだ。


毎日漏洩しまくってほとんど逆流状態の個人情報なんてその都度買って入れる時代。基本。


ジーパンのポケットに個人情報と音楽をつめて再出発。


軽快に走る車。


星が煌めく夜空とスーパーシティ。窓を開ける。


自動運転が起こす風も気持ちいい。


デジタル街路樹たちからどんどん車に給電があるのでどこまででも走れる。


どこまでも


どこまででも


寿命が伸びて人々は物事を先送りする傾向を一層強めた。


でも


恋愛を先送りにする人は少ない。


世の中はデジタルテクノロジーが資本主義を終わらしてグレートリセットしてくれたおかげで、まさかの恋愛至上主義の台頭でマジにハッピー。


研究都市街に入って、君の勤め先の建物が見えてくる。


君は『AIに癒しを与える仕事』をしている。


具体的にどういうことをしているのかは社外秘なので教えてくれない。


建物前に立つ君を車が認識して止まる。全てのトレンディドラマの車の止まりかたの中で1番かっこいい止まり方をチョイスしてくれている。


長い髪の君は今夜もパンツスーツを知的に着こなしている。


仕事終わりの君って魅力的だし、それ以外はもっとだ。


僕側の窓が自動で開く。開き切るのを待ってから声をかける。


「やあ、待った?」


「少し」


「アディッショナルタイムに加えとくよ」


「ふふ、厳しい主審がおうちから笛を吹くの。とくに金曜の夜には」


「門限はきちんと守るよ」


もちろん、きちんと。


すぐに車から降りて、彼女が乗る側のドアを開けてエスコート。急がないと、車に先を越されてしまう。自動で彼女をお姫様抱っこ風に乗車させてしまうのだ。


滞りなく二人とも席につき、ドライブデートスタート。


まずはバックで車道に出る。その際に女性がグッとくる運転仕草の助手席に手を回すやつをやる。自動運転だけど。


言い忘れてたけど、事前に僕は若者に人気のモテアイテムのハンドルとギアとアクセルとシフトレバーとクラッチとブレーキを買って取り付けてきている。機能しないけど。


だって、ただ前を向いて座ってるだけじゃカッコつかなくない?


さっきよりもさらに軽快に走る。


本当は空を飛びたい気持ちだけど、空の航行は遥か昔から自動化されているからSFにならない。


僕らを乗せた車はスーパーシティ首都高速道路へ。


オール自動運転レーン。


自動で君の側にドリンク。


「ありがとう」と君。


僕へ?車へ?


自動化っていちいちデートの醍醐味を奪う気がする。いや、男の役割を、か。


「あったかいもの飲みたかったの」


君のその横顔は少し寂しげで……


ずっと見ていたくて……


ずっと見ていられて……


自動運転  だから。


今夜のドライブデートで一気に二人の距離を縮めたい。


あわよくば  口づけ  まで


そういえばいかなるサイボーグ推進論者たちも唇だけには手をつけなかった


だから理論上、君と、美しい口づけが、できる。


そして理論上、恋は、向上していく。


ためらいは禁物。


自動運転車の走行システムを支えるディープラーニングシステムみたいに


僕らも過去の恋愛からディープに学んできている。


もしもシェイクスピアの頃に自動運転があったら、


『進むべきか、とどまるべきか』いちいち考えたりしないだろう。


進むべき時に進んでいくし


とどまるべき時にとどまりゆくのだから……。


夜景スポットにさしかかる。スーパーオフィスビル群のところだ。


「きれい」と君は目を輝かせる。


僕は全力で君を癒したくなる。


AIがもうあらかた人間のする仕事をなくしたから本当はオフィスビルにそれっぽい明かりとかはないんだけど、それじゃああんまりだから、夜景遺産に指定されて自動でオフィスが明るくなっている。


いい夜景の中なのに、そこで自動運転にあるまじき追い越しをかけてくる輩がいて、僕はハンドルに手をかけていかにも紳士的な振る舞いを保った。


君が微笑んで僕を見てくれた。


「いい曲ね、この曲」


「だろ、全AIが泣いた曲なんだ」


「AIは癒しを求め出してる……」


「仕事たいへん?」


「やりがいはあるわ。あなたは?」


「そこそこね」


まだ仕事をつくっている段階だとも言えない。


車内はいい感じの雰囲気になってきた。


僕は君の唇を見つめてしまった。


トップギアに入る。


──その時


ウー、ウー、とけたたましいサイレンの音。


そしてハイウェイパトロール登場。


僕らは止められてしまった。なんで?


ミラーボールみたいなヘルメットをかぶった取締官のおじさんが現れてドア越しに覗き込んできて言った。


「いかんよ、ちみちみー、鼻の下伸ばし運転だめなの知ってるよね」


「なんすかそれ、それに自動運転だし」と僕は不満顔で。


お構いなしな彼はなんかへんな計器を僕の鼻下にかざしてきた。


「赤いランプついたら基準値より鼻の下が伸びてることになりますから、一緒に確認してくださいね」


いちいち鼻の下測るのにAI使わないで欲しい。


ランプ点灯。


助手席の君は反対方向の景色に顔を向けている。


自動運転免許証を見せる。免許制度はなくならなかった。利権。


パトロールもロボでいいのに人なのはやっぱ利権なのかと思って聞いてみたら、責任をとる人と憎まれ役は必要だから、と答えが返ってきた。


世知辛い近未来。


「あー、ちみ、自販機の個人情報を紐付けてるね、それも減点だから」


「えー」


そのあとで取締官が計算を終えて実に気の毒みたいな顔を作って言った。


「じゃあ、デート中かもしれないけど、恋愛停止となりますので」


── 恋愛停止


「このまま自動運転はいいんですか?」


「恋愛感情がなければ道路交通法上問題ないですが」


問題あるだろ、法律に。


この先に検問あるから気をつけてと言い残して彼は去っていった。


「あー最悪」と君。


「ごめん……」と僕はうなだれる。


「ここからはただの輸送ね」


君はそう言った。


理論上は  そうだね。


僕は暗然たる気持ちのままハンドルを握り、アクセルを踏んだ。


ギアはローに入れたままで。




                                  終

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