第28話:エピローグ

 炭鉱の奥深くに、なぜか「ドラゴンの巣」と呼ばれる空間がある。


 そう呼ばれる理由を私たちは知っているけど、他の人々は誰も知らない。


 私たちは炭鉱ではお払い箱となってしまったが、グラニカ商会を中心とした商業都市ベルドにあっては仕事には事欠かなかった。


 周囲の都市との交易も盛んで、伴っていろんな人間が入り込んでくる。近隣諸国で戦争があれば避難民や脱走兵が流れ込んでくる。


 まだまだ武器を使える人間の需要はたくさんあった。サレイもラメルも、警備や護衛の仕事の筋では超有名人となっていて、今はなかなか豪勢な暮らしを楽しんでいると聞いた。


 ジルは学校を作って子どもたちに勉強を教えていた。グラニカ商会の援助もあって、その学校はどんどん大きくなった。十年もしないうちに、近隣諸国にその名を轟かせる魔法学校へと成長した。


 私はといえば、あれから一度もあの甲冑を着ていない。護身用の短剣は相変わらずボロボロだ。剣を抜く機会もほとんどなくなった。


 そんな私が現在何をしているかって言うと、ジルに雇われている。体術の教師として日々少年少女の相手をしていた。魔法学校といえど肉体の鍛錬は必要だというジルの方針の下、生徒たちは例外なく体術の訓練を行っているのだ。


「おつかれっすー」


 授業を終えたばかりの私の所に、ジルがやってくる。手にしたバケツには冷たい水が入っている。いつものことだ。


「スカーレットさんは相変わらず男子生徒に人気ですなぁ」

「女子からも人気だよ」


 嘘ではない。それを聞いてジルはこれみよがしに大袈裟に肩をすくめてみせる。


「スカーレットに近付いた女子は退学にする!」

「学長さんは冗談でもそんなこと言っちゃだめだってば」

「もー。女子の担当教師変えようかな」

「そっちかい」


 思わず突っ込む私である。


「そんなことよりほれ」


 差し出されたのは冷たい水に浸したタオルだ。私はありがたく受け取って首周りの汗を拭く。


「そうそう、今度、ルウダまで出張が入ったんだけど」

「ルウダ?」

「ここから馬でまーっすぐ行っても二ヶ月はかかる場所」

「遠いなぁ」

「ついてきて」


 ジルのその目は至って真面目だ。


「さすがに腕はなまってると思うよ?」

「スカーレットはアタシとイチャイチャしてくれればいいんですー。表向きは護衛だけど」

「本物の護衛もつくの?」

「じゃーん。サレイとラメル、あとグラニカ商会から何人かがね」

「へぇ。サレイとラメル、久しく会ってないけど、元気にやってるんだ」

「うん、前とぜんぜん変わってなくて笑っちゃうくらい」


 ジルは微笑む。私もつられて目を細めた。


「出発はいつ?」

「明日」

「は?」

「あーしーたー」


 こんな急な予定は……今に始まったことじゃない。私はタオルを首にかけたまま、ジルの手を引っ張って膝に座らせた。


「旅となると二人きりになる時間は少なくなるよ」

「キミと長旅するのが夢だったし、それくらいはね」


 往路一週間程度の道程の同行をしたことはある。しかしそれではジルは不満足だったようだ。


「明日となると、準備を急がないとね。ささっと帰るよ、ジル」

了解アイ・コピー


 立ち上がってから、ジルは敬礼まがいのポーズをした。


 帰る、か。


 私は荷物をまとめながら、ほっと息を吐いた。


 ――去っていった人の幸せを信じるためには、アタシたちが幸せじゃなきゃ。


 十年前に聞いたジルの言葉だ。


 私はきっと、幸せなのだろう。





の少女は、遠い宇宙の夢を見る・完~

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《神殺し》の少女は、遠い宇宙の夢を見る 一式鍵 @ken1shiki

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