第27話:帰還

 目を覚ますと、まず見慣れた天井が目に入った。ジルの家だ。聞こえる寝息に首を巡らせると、ベッドサイドに置かれた椅子でジルが居眠りをしていた。


「ジル」 

「ん……」 

「ジル?」

「……! ね、寝てないよ!」

「寝てた」

「寝てません!」

「寝てたよ」


 不毛なやり取りを繰り返してから、私たちは笑い合う。


「よかったー! 目を覚まさないかと思ったよ、スカーレット」

「何日くらい寝てたの?」

「半日くらい?」

「なんだ、半日か」


 身を起こすと肋骨のあちこちが痛んだ。


「起きちゃダメ。骨があちこち折れてるって」

「なるほどね」


 道理で脂汗が浮くわけだ。


「それで、この家は無事だったんだ?」

「それがね」


 ジルは難しい顔をした。意味が分からず、私はその視線を追って、開け放たれた窓の外を見る。


「街が……?」

「そうなんだよ」


 ジルは何度も首を傾げた。


「まるで何事もなかったかのように、というのが正しいのかな」

「私の大剣アスタルテは?」

「それは……」


 ジルが言い淀み、私はそれで状況を察する。


「夢では、なかったということか」

「うん、夢なんかじゃない」


 そっか、と、私はため息をついた。


「そうそう、スカーレット」

「なに?」

「アタシ今、キミといっしょにいたんだよ」

「そりゃ、いたよね」

「そ、そうじゃなくて。今、とってもくらーい所にキミと二人でいたんだ」


 暗い所。ああ。


 私は頭を掻こうとして諦めた。右腕が持ち上がらなかったからだ。見れば包帯でぐるぐる巻きにされている。知らぬ間に重傷を負っていたらしい。私は尋ねる。


創世ゲネシスの話、した?」

「したした! えっと、なんで知ってるの?」

「私も同じところにいたから、ね」


 私の端的すぎる答えに、ジルは目を丸くする。


「アタシ、セブンスになってた」

「うん。色々教えてもらった」

「アタシも知らないことばっかりだったけど、なんかアタシ、喋ってた」

「うん」


 私はほっと息を継いで、尋ねてみる。


「ジルはさ、どっちがよかった? この世界と、新しい世界と」

「アタシはスカーレットがいてくれるならどっちでも……と言いたいところだけど」

「だけど?」

「この世界が好きだなーって!」


 ジルはそう言って微笑んだ。私の胸がキュッとする。


「私の選択は間違えてなかった?」

「正解も正解。大正解でーす」


 ジルは両腕で大きな◯を作ってみせた。私は胸を撫で下ろす。


「よかった」

「スカーレット」

「う、ん?」 

「早く治してね。じゃないとイチャイチャできない」

「もー」

 

 そのねたような表情に、私は思わず噴き出してしまう。


 しばらく他愛もない話をしてから、私はふと空を見た。


「あっちの宇宙でメルタナーザさんとか生きているかもね」

「絶対そうだよ。きっと居心地いいねぇ、とか言ってお風呂にでも浸かってるよ」

「だったらいいな」

「こういうのってさ、信じたもん勝ちなんだよ、スカーレット」

「……そうだね」

「それに去っていった人の幸せを信じるためには、アタシたちが幸せじゃなきゃ。だからそういう暗い顔はおすすめしないぞ?」


 そう言ってジルは私の頬にキスをする。


「今はこれで満足しておいてあげるよ」

「お手柔らかに」


 私はそう言って左手でジルの頬に触れる。ほのかな温かさが指先に伝わってきた。


 これでよかったんだ。


 私はゆっくりと息を吐いた。

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