第50話(最終)

 坂巻は残りの階段も、増山の案内のもと、一気に駆け登り、社長室へ飛び込んだ。

「よう、待っていたぞ」

 そこには一人の老人。

 坂巻が以前、雑誌で見た、年相応にシワは入っているものの、引き締まった精悍な顔。

 九十九那須を率いる、一騎討ち存続派の有力者。

「あなたが『根源』所有者の那須容堂!」

「そうだ。おれこそが『根源』を保有する、この世界で唯一の人間、那須容堂だ」

 容堂はうなずいた。

「お前は坂巻、だったな」

「その通り。話が早いですね」

 彼は深呼吸して気持ちを鎮めた。

「ここまで来たからには、『根源』を出してもらいましょうか」

「まあ待て、とりあえずおれの話を聞いてからでも」

「お断りします」

 彼は切って捨てた。

「事前に伝え聞いた限り、あなたは肝心なところは譲歩しないでしょう。なぜなら野心と、存続派の党利党略でしか動いていないからです」

「そこが間違いだというのだ」

「聞く耳も持ちません。そして私も譲歩する余地はない。作馬さんを葬り去り、犬飼海妃さんを害したその悪行は、必ずや『根源』の破壊をもって終わらせなければなりません」

「つれないな。少しぐらいは年寄りの話でも」

「お断りだ」

 言うと、彼は勝負師の指輪を見せた。

「この指輪をはめてください。私が勝ったら、『根源』は破壊させてもらいます」

 しかし容堂は受け取ろうとしなかった。

「断る。作法にのっとった一騎討ちは受けない」

「なら締め上げて『根源』の場所を聞き出すまでだ」

「そうもいかんな」

 彼は口の端を吊り上げた。

「しかし面白いことだ。上のヘリポートへ行くぞ。そこで指輪抜きの、真の果たし合いをしよう」

「指輪を着けてください」

「断る」

「これ以上は言いません。指輪を着けて、真っ当な一騎討ちをしましょう」

「断る。指輪抜きの、命を懸けた戦いこそ本当の一騎討ちだ」

「何度も言いましたからね。やむをえない……」

 もとより容堂が指輪を着けるとは思っていなかった。何度も働きかけたのは、指輪を使わない一騎討ちは、状況により違法となりうるからだ。

 もっとも、この状況では、坂巻を責める者はいないだろう。自律型カメラもこの経緯をしっかり捉えている。

「ならば戦いましょう。この争いは私とあなた、どちらかが打ち破られるまで終わらない」

 轟音が聞こえた。きっと空中庭園で激闘が繰り広げられているのだろう。

「話はまとまったな。ついてこい、その粋がりはどこまで続くかな」

 容堂は「年寄りの最後のあがきだ」とつぶやいた。


 ヘリポートで、空に打たれたコインが舗装された地面で跳ね返った瞬間、最後の戦いが始まった。

 開幕から白兵魔術を矢継ぎ早に繰り出す容堂。魔力の槍が坂巻に迫るが、当たることもなく空の彼方に去ってゆく。

 急戦を好む気性か。坂巻は戦いつつも観察する。

「かつて、裏社会の賭け一騎討ちに挑んだ男がいた!」

 魔術の間合いから急接近し、手刀を横なぎに、首を狙ってくる容堂。

「その男は、才能を開花させ、みるみるうちに番付を駆け上っていった!」

 顔面への打撃を繰り出すも、坂巻はこれを防ぐ。

「やがて裏社会で名を馳せ、その男こそが最強とうたわれるようになった!」

 坂巻から反撃の足払い。至近距離での白兵魔術。みぞおちへの打撃。

 すべてその老戦士はさばき切る。

「しかし男は愛する者のため足を洗い、ふとしたきっかけで商売に目覚め、やがて九十九那須を率いるまでとなった!」

「それが自分だとでもいうのか!」

「そうだ、おれこそがその男だ!」

 反撃への反撃。またそれへの反撃。

 互いの攻防は、言葉より激しく繰り交わされる。

「坂巻、お前は最強と噂されているらしいな、その誇りはあるか!」

「知ったことではない、俺が求めるのは強さではなく理想、力はその手段にすぎない!」

 力は手段にすぎない。坂巻は主張する。

 それは、暗殺は理想のための手段にすぎないとする容堂に、少し似ていた。

「ハッ、やはりおれと同類ではないかね、掲げる理想が違うだけで、結局は同じだ!」

「お前がそう思いたければ一生思っていろ、誰も同意しないだろうがな!」

 距離を取り、互いに白兵魔術を乱射する。

「ふん、口先だけは回るようだな若造!」

「老いぼれは余計なことばかり考えるものだな!」

 反論しつつも、しかし、坂巻はわずかに容堂が、消耗により構えを緩める、その瞬間を見逃さなかった。

「くらえ!」

 その絶叫とともに繰り出したのは、いつかの召喚獣ボール。

「なんの、これぐらい避けるわ!」

 容堂はすぐに体勢を立て直して距離を取るが、それも関係ない。

 現れた狼に、特別製の指輪を自身の指にはめながら、坂巻は命令する。

「やれっ!」

 完全に奇襲であったが、しかし容堂はこれすらも避けていなす。

「まだまだだな若造――」

 直後、特別製の指輪が輝き、三倍以上に増幅された坂巻の得意魔術。

【zelt】

 ほんの一瞬であったが不意を衝かれた容堂に、その必殺の一撃が命中した。


 かくして戦いは終わりを告げ、何日かは飛ぶように経った。

 容堂との決戦に勝った後、坂巻は発見した「根源」を破壊し、その事後処理は六条門が主に行った。財閥は司法関連にも調整できる力があるらしく、法的には坂巻らは何のおとがめもなかった。きっと実際上も、処罰する実質的な理由が見当たらなかったのだろう。

 九十九那須、というか容堂の陰謀と暗殺行為は、翌日すぐに倉の動画アップロードもあって明るみになり、世間は大騒ぎだった。

 その中心にいたはずの坂巻らは、六条門に一時的にかくまわれ、学校も少し休んでいる。

 幸い、学校側は勝負師に最低限の理解があり、また犬飼と綾島が成績優秀の優等生だったこともあって、彼らに協力的だった。その間の勉強は特別に学習用タブレットの使用をもって代えることが認められた。ともあれ、主に日頃の行いが幸運を生んだのだった。

 六条門のシェルターから、ビデオ通信で彼らは犬飼海妃と話した。

 容堂を倒し、「根源」を破壊したその日から、急激に体調が快復し、衰えた筋肉を取り戻すべくリハビリに励んでいるという。

 ありがとう。海妃はおそらく万感の思いで、坂巻に告げた。

 彼は報われた。


 シェルター生活の中。犬飼は海妃に対面で会うべく不在。

 天文室から、満天の星空を、坂巻は綾島とともに眺めていた。

「きれいな星空ですわ」

「そうだな」

 静寂。決して気まずいものではない。

「色んなことがありましたわ」

「そうだな。だけど俺たちの理想への道は、決して終わってはいない。ほとぼりが冷めたら、また事務所も学校生活も再開しよう」

「そうですわね」

 また静寂。

 綾島が坂巻の手を、恐る恐る握った。

「綾島?」

「坂巻くん」

 彼女はほのかな月光を浴び、清らかに光る輪郭と、ふわりとした笑顔をたたえて。


 ――本当に、ありがとう。





◆◆◆


 この物語はこれで終わりとなります。最後までお付き合いいただきまして、まことにありがとうございました。

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 その「よかったな」をわずかでも形にしていただければ、作者もまた頑張れます。

 よろしくお願いいたします。


◆◆◆

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激闘の不戦主義者――最強の闘士が、理想と折り合いをつけながら一騎討ちを引き受ける物語 牛盛空蔵 @ngenzou

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