scene3:護り続ける夢
「今回の探索は大成功だね!」
初任務から5年。
いまやベテランとなったリンは、未探索ポイントへの探索にも加わるようになっていた。
「そうだな。やっとリンの探してたものが見つかったしな」
「何の種かは分からないけど、いっぱい見つかったね!」
「リンの夢に近づいたな」
「うん! この荒野を緑いっぱいに……頑張るぞ!」
「その種が芽吹いてくれりゃいいな」
リンを含めた部隊員4人が集合した時、通信機から声が流れた。
『ヴォイドです。リンは無事ですか?』
「俺が居るんだから、無事に決まってんだろ」
3年前、シェルターから一番近い未探索ポイントで、軍事施設と思われるポイントが発見された。
多くの装備と通信設備が発見されたおかげで、通信範囲は飛躍的に拡がっていた。
「ヴォイド! 私は無事だよ!」
『リン! 今回も無事で良かった』
「心配しなくても大丈夫だよ」
『心配するさ! 僕にとって大切な人なんだから』
「ありがと、ヴォイド」
「待て待て、俺の方が大切に想ってんだからな」
「デンもありがとね」
「お、おぅ……」
「今日も尻尾さんが元気だね!」
「う、うるさい!」
『早く帰ってきてくださいね。リンを抱きしめたいから』
「そ、そんな恥ずかしいこと言わないで! ってデン? 何で私の足抱きしめてるの?」
「あいつより先に抱きしめてやった」
「もう! 二人ともいい加減にして!」
5年の月日が流れる中で、ヴォイドとデンが競い合うような場面が増えていた。
それは、一人の女性を巡る三角関係のようであった。
『待ってるよ、愛しのリン』
「そんな通信早く切れ! バッテリーの無駄遣いだ」
「そんなに怒らなくてもいいのに」
「リンに怒ってるわけじゃねえよ。ん? リン!」
「何か来てるの?」
「……サルの集団だな。数は20。距離はまだある」
「多いね……みんな、今のうちに帰還ルートへ」
リンを最後尾にして帰還ルートを目指す部隊。
察知されないよう静かに動くが、サルたちはその気配を感じ取っていた。
「チッ、気付かれたか。来るぞ!」
「デン! ここで食い止めるよ!」
「無茶だ!」
「数は多いけど、サルなら何とかなる! 全員、迎撃態勢!」
迫りくるサルの集団を迎え撃つ探索部隊員。
戦闘開始から数分。サルの集団は、その数を半分に減らしていた。
リンたちを強敵と見たサルの集団が、戦法を変えてきた。
個々に戦闘を仕掛けず、隊員一人に集団全部で襲いかかっていく。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「逃げて!」
「くそザルどもが!」
狙われた隊員は、一瞬で血まみれとなり絶命した。
絶命した隊員のディフェンダーは、プログラムにより帰還モードに移行し、その場から逃げ出していた。
「所詮プログラムで動いてるだけか……俺もああなるのか?」
サルの集団は、次の獲物に狙いを定める。
リンとデンが援護のために走り寄る。
「デンは右のを!」
「任せろ」
頭突きで2体を仕留めるデン。
日本刀の突きで1体、薙ぎ払いで2体を仕留めるリン。
「残り5体! 行くよ! デン!」
「おうよ!」
「残った二人はサポートお願い!」
隊員二人がリンとデンの後に続く。
デンが1体に噛みつき、リンが1体を切り捨てる。
隊員二人が共闘して2体を倒した。
「デン! 残り1体はどこ……に……」
振り向いたデンの目に映ったのは、リンの胸を貫いた日本刀だった。
「リン! くそっ!」
リンの後ろで、日本刀を握りしめたサルが立っていた。
そのサルの首を瞬時に噛みちぎるデン。
「リン! リン!」
「あはっ……油断しちゃった……くっ」
「喋るな! おい! お前ら早く手当しろ!」
駆けつけた隊員二人による救護が始まった。
「司令部! 聞こえるか! リンが負傷した!」
『デン! どういう事ですか!』
「ヴォイドか! とにかく救援を急がせろ!」
『リンは、リンは無事なのですか!』
「かなりヤバい……」
『リン! リン!』
「ヴォイド……失敗しちゃった……ごめんね」
『リン! しっかりしてください!』
「くそっ、こんな時に……」
血の匂いを嗅ぎつけた動物兵器が集まってきた。
「みんな……逃げて……」
「ばか野郎! そんな事できるか! おい、お前らどこ行くんだ! 戻れ!」
リンとデンを残して走り去る2人の隊員。
「デンも……逃げて……私はもう……」
「最後まで護らせろ」
「ごめんね……デン……夢……叶え……られなかった」
「諦めるんじゃねえよ」
「もう……デンの顔も……見えないんだ……」
「夢の第一歩、やっと見つけたじゃないか!」
「そうだ……種……」
「あぁ、一緒に育てるんだ」
「育て……たかった……な……」
「リン? だめだ……目を開けろ! リン!」
デンの呼びかけに応えること無く、リンは静かに人生の幕を下ろした。
「くっ……」
『ヴォイドよりデンへ』
「なんだ……」
『リン隊員のライフシグナルロストにより、データリセット実行後に待機モードへ移行します』
「何だよそれ……愛しのとか何とか言ってたのも、結局はプログラムかよ。俺の気持ち……これもプログラムなのか? いや、違う! リンへの想いはプログラムなんかじゃねえ!」
遠巻きに眺めていた動物兵器が、このタイミングで襲いかかってきた。
「こんな時くらい……静かにしてろよ!」
愛する者を護れなかった悔しさ……。
愛する者を失った悲しみ……。
夢を叶えられなかったリンの想い……。
その全てを動物兵器にぶつけるデン。
「愛されようなんて思っちゃいなかった……ただ、リンの横に居られれば……そんな夢すら与えちゃくれねえのか!」
再び静けさを取り戻した荒野には、動物兵器の無惨な姿が転がっていた。
傷つきボロボロになったデンは、各部から火花を出しながら、ゆっくりとリンの傍へ歩いていった。
「嬉しい時に尻尾振る機能はあるのに、悲しい時に泣く機能はねえのかよ……」
リンの横に穴を掘り始めるデン。
「悪いな、リン。シェルターまで連れて帰れそうにねえ。せめて、あいつらに荒らされねえように」
掘った穴にリンを引っ張り込むデン。
そして、リンを隠すかのように土を被せ、その上に立つ。
「俺も……ここまでのようだ。すぐに行くから……待っててくれよな」
デンの目の輝きが、徐々に暗くなってゆく。
「AIに魂はねえのかな……。だとしたら、リンに……逢えねえ……じゃねえか……」
目の輝きが無くなり、完全に機能を停止するデン。
もう動くことのないデン。しかし、その姿は雄々しく、守護者たる風格を感じさせた。
司令部のモニターに、DP001ロストの文字が点滅していた。
「司令、DP001機能停止しました」
「ノダ、DP001に帰還モードは?」
「ディフェンダーには全て搭載されております」
「解析できなかったブラックボックスが原因か」
「断定は出来ませんが、その可能性が高いかと」
「AIに自我が……。ノダはどう思う?」
「司令と同じことを考えておりました」
「そうか。しかし、確かめる術はもうない」
「司令、DP001の回収は?」
「回収したところで再稼働は無理だろう。傍に居させてやれ」
「了解しました」
「リン隊員、DP001……いや、デン。君たちの夢は、我々が引き継ぐ」
カダイ司令はそう呟き、静かに司令部を後にした。
――――――――――――――――――
〔その後、リンが眠り、デンが護る地に、小さな、とても小さな生命が誕生したのです。
デンの足元から、小さな芽が出てきたのです。
カダイ司令はリンの夢を護るため、その地を最重要ポイントに定めました。
小さな芽だったものは小さな樹となり、デンを包み込むように成長していったのです。
デンの体は、樹の成長とともに天へと近づいていきました。
小さな芽だったものは、やがて大きな樹となりました。
そこから広がっていく沢山の緑。その中心にあったのが、このリンデンの樹なのです〕
「先生! リンちゃんと、デンちゃんの樹だから、リンデンの樹なの?」
「そうだね。昔の人がそう名付けたんだろうね」
〔実は、詳細な資料は残っておりませんが、動物兵器反乱前の世界には、リンデンと言う名の樹が実在していたようです〕
「そうなんだ〜」
〔リンデンの花には、素敵な花ことばがございます。隣のコーナーに花ことば辞典が用意されておりますので、ぜひ調べてみてください〕
「デンは、リンに逢えたのかなぁ?」
「先生は、逢えたって信じてるよ」
「そうだよね! デンの心は機械じゃなくて、本当の心なんだよね!」
「先生もそう思うよ」
「じゃあ、きっと逢えたよね。良かったね! デン!」
良かったね!って言われてるよ。
まあ、良かったんだから間違ってねえ。
相変わらず素直じゃないなぁ。尻尾は素直なのにね。
うるさい……。
ねえ、デン。
なんだ?
もう私たちが居なくても大丈夫だよね。
そうだな。この子たちが、俺たちの夢を護ってくれるさ。
じゃあ、そろそろ行こうか。
ああ、行くか。
今度は人間に生まれてきてね。
今度はリンが犬だったりしてな。
私が犬だったら愛してくれないの?
……リンはリンだ。
ふふっ。デン、好きだよ。
お、おぅ……。
あっ、ここかな?
そうみたいだな。
明るいね。
俺たちの未来のようだ。
ここに入ればいいのかな?
一緒に入るぞ。
うん、また後でね。
ああ、また後でな。
光の輪が二人を包み込む。
リンデンの花が咲き誇る。
二人を祝福するかのように……。
荒野に咲く かいんでる @kaindel
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