scene2:夢のために


 物資探索隊へ配属された翌日。


 初出動に心躍らせながら、地上へのエレベータに向かうリン。


 リンの後ろを歩きながら、デンがヴォイドに話しかける。



「それにしても、何て貧相な装備だ。物資が足りねえってのは本当なんだな」


「デンが開発された頃は、まだ物資が潤沢だったのですね」


「プロテクトスーツにアサルトライフル、戦闘車両だってあった。ヴォイドは見たことねえのか?」


「画像でしか見たことはありません。いや、残骸であれば見たことがあります」


「残骸か……。まあ、新品があったところで、燃料も弾薬もなければ只の飾りだ」



 そう言いながらデンの視線がリンへ向く。


 叩けば割れそうなヘルメット。


 申し訳程度に鉄板が貼られた作業着。


 胸にあるのは簡易的なガイガーカウンター。


 背中にはボロボロになったリュック。


 腰にあるのは唯一の武器である日本刀。



「……動物兵器の前じゃ、裸で棒切れ持ってんのと一緒だ」


「だからディフェンダーが必要なのです。リンをよろしく頼みますよ」


「貴様に言われるまでもねえ」



 デンとヴォイドの心配など知らないリンは、陽気な笑顔でエレベータに到着する。


 同行する3名は既に集合しており、ようやく現れたリンに冷たい視線を向ける。



「遅くなってごめんなさい!」


「探索中に遅れたら置いてくからな」


「おい、小僧。そんな事しやがったら俺が許さねえからな」



 牙を剥き出しにして威嚇するデン。



「な、何だこいつ! 何で犬が喋ってんだよ!」


「ごめん! 私のディフェンダーなの。デン! 怖がらせちゃ駄目じゃない!」


「お前を護るのが俺の任務だ」


「方法が間違ってると思う!」


「お前を護るために手段は選ばねえ」


「リン、デン、そこまでです。隊長のお出ましですよ」



 ヴォイドが二人を止めたところにサカキ隊長が声をかける。



「その元気は探索に取っておけ」


「はい……すみません」


「ふんっ」



 サカキ隊長はリンの横を通り過ぎ、探索隊4人の前に立って振り向く。


 そして、4人の顔を順に眺めてから、今回の探索任務について説明を始めた。



「今回の探索任務は、君たちが探索に慣れるためのものだ。比較的安全なポイントではあるが、決して気を抜くな」


「隊長!」


「なんだ、リン隊員」


「探索のターゲットは何でしょうか!」


「特に無い。今回の探索は訓練だ。各自の判断で採集してくればいい」


「了解しました!」


「他に無ければ探索に向え。とにかく、生きて帰る事だけを考えろ」



 サカキ隊長はそれだけ伝えると、足早に司令室に戻っていった。


 リンたちはエレベータに乗り込んだ。



「リン、無事に帰ってきてくださいね」


「うん! 行ってくるね、ヴォイド!」



 エレベータの扉が閉まり、体に軽くGがかかる。



「みんなは何回目なの?」


「俺とトモユキは3回目だ」


「シオリは……2回目です」


「もっと大きい声で話せよな」


「ひっ……ごめんなさい……」


「ケンジ、女の子には優しくしてあげなよ」


「はいはい。トモユキはお優しゅうございますな」


「何だよ、その言い方は」


「ちょーっと待った! みんな仲良くやろうよ!」


「うるせえな。ど新人は黙ってろよ!」


「貴様が黙れ」



 ケンジを威嚇するデン。



「貴様らはリンの言うこと聞いてりゃいいんだよ」


「い、犬は黙ってろよ!」


「喉元に噛みつきゃ、少しは静かになるかな」



 牙を剥き出しにして飛び掛かろうとするデン。



「デン! 殴るよ! い、痛ーい!」


「何やってんだリン。俺の頭なんか殴ったらケガするぞ」



 涙目で手に息を吹きかけるリン。



「とにかく! みんな仲良く! 特にデン!」


「何で俺が悪者になってんだよ」


「ケンジくんもね!」


「勝手に仲良しごっこやってろ」



 エレベータは、険悪なムードを乗せたまま地上へ着いた。


 開いた扉の先には、薄暗い地上への通路が伸びていた。


 通路を歩いて地上へと向かう4人。


 通路の終端へ辿り着くと、地上への入り口となるシャッターが開いていく。



「わぁ……これが地上か……すごいね!」


「リン、何がすごいんだ?」


「明るい! 広い! 空が高い!」


「当たり前の事過ぎて、何がすごいか分からん」


「デン! 初めての感動を壊さないで!」


「リン隊員。早く来ないと置いてくぞ」


「あっ、ケンジくん待って!」



 4人に各自のディフェンダーが追随し、今回の目標となるポイントへ移動する。


 途中には街だったであろう面影もなく、荒野と呼ぶに相応しい光景が拡がっていた。


 雑草らしきものが所々に見えるものの、それ以外に生命と呼べる存在は見当たらない。


 しばらく歩くと、前方に探索ポイントの目印となる、ビルの残骸が見えてきた。



「ここが探索ポイントね!」


「あの……リン隊員……シオリも一緒に探索してもいいですか……」


「うん! 一緒に探索しよ!」


「ピクニックじゃないんだから、もっと緊張感持てよな」


「いいじゃないか。このポイントなら、そんなに心配しなくても大丈夫だろう」


「まあな。トモユキはどうする?」


「俺はケンジと行くよ」


「じゃあ行くか」



 男女に別れて探索を開始するリンたち。


 しかし、過去に探索され尽くされたポイント。


 特に成果もないまま時間が過ぎていった。



「鉄くずが少々、植物は雑草だけ、大した成果は無かったね」


「ここは……そんなものですよ」


「リン、今日は外に慣れるための任務だろ。誰も物資の探索に期待してねえさ」


「ディフェンダーと話せるのって……いいですね。羨ましいな……」


「羨ましい? この口の悪いのが?」


「口が悪いとは聞き捨てならんな。人間らしくフレンドリーだと言え」


「物は言いようね」


「やっぱり……羨ましいです」



 その時、デンの表情が険しくなり、何かに対峙するように身構えた。



「デン?」


「気をつけろ。何か来る」



 少し遅れて、シオリ専属ディフェンダーの警戒ランプが赤く光りだした。


 そして、デンと同じように警戒態勢に入った。



「デン、何が来るの?」


「小型の動物兵器だな。数は……2体か。リンは俺の後ろに」


「こっちに来るの?」


「ああ。察知されてるみてえだ」



 日本刀を抜きながら後ろに下がるリンとシオリ。


 2体の動物兵器がゆっくりと近づいてくる。



「安全じゃなかったね」


「比較的ってだけで、危険が無いってことじゃねえからな」


「ど、どうしよう……どうしよう……」


「シオリちゃん落ち着いて。デンたちが居るから大丈夫だよ」


「ありゃネコ型だな。ちょこまかと面倒なやつだ。司令部には繋がらねえか。ヴォイド! 聞こえるか!」


『……な……とか……ます』


「通信範囲ギリギリかよ。聞こえてたら司令部に伝えろ! 小型2体出現!」


『りょ……い……す』



 その間にネコ型動物兵器が、リンにも目視できるほどに近づいていた。


 リンとシオリの構える日本刀が震える。



「おい、四角いの。お前はここで二人を護れ」



 そう言うと2体のネコ型動物兵器に向かって走り出すデン。


 1体が真っ直ぐデンに向かって疾走する。


 もう1体は、デンの横から回り込むように走る。



「そんなもん俺に通用するかよ」



 更に加速するデン。


 前からの1体が飛び越えようと跳躍する。


 そのタイミングに合わせてデンが地を蹴る。


 空中で無防備になった腹部に、デンの牙が突き刺さる。


 そのまま首を捻り、もう1体の方へ投げつけた。


 2体が激しく衝突し、1体はピクリとも動かなくなった。


 腹部に噛みつかれた方は、蹌踉よろめきながら立ち上がるが、それが限界のようだった。



「リン! とどめを刺せ」


「えっ……とどめ……」


「見た目はネコだが、あいつらは普通の動物じゃねえ。兵器だ」


「……そうだね」


「生きるために躊躇するな」


「デン……私には夢があるの」


「そうか」


「その夢のために、私は生きなきゃいけないの」


「その話、後でゆっくり聞かせろ」


「うん」



 ゆっくりと動物兵器に近づき、振り上げた日本刀を地面に叩きつけるように振る。 

 

 リンの手は、もう震えてはいなかった。



「……デン! 私は強くなる。だから、それまで私を護って! 私の夢を護って!」


「任せろ」



 リンに抱きしめられるデン。その尻尾は、嬉しそうに揺れていた。

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