第3話
「つい先日までクリスマス一色だったというのに、すっかり正月だな」
大きなアーケードの両側に立ち並ぶ店の様子を見た僕は、思わずそんな言葉を口にした。派手に光っていたネオンは消え、街は次にやって来る大型イベントにさっさと衣替えをしている。
(これまでこんなふうにじっくり眺めたことはなかった)
そもそも正月前の人混みの中に出かけたいなんて思いもしなかった。しかし今年は違う。体は軽いし気分も晴れやかだからか何を見てもおもしろい。
「おうちゃん、本当に寝てなくて平気?」
「平気だと言ってるだろう。何度言えばわかる」
「でも昨日は一日ベッドだったし、無理しないほうが……」
「こうして出歩くことが無理だと思うくらい、アキラくんは手加減しなかったと自覚しているんだな?」
「あー……反省してます」
大きく逞しい体が小さく見えるのは、僕が少し意地悪なことを口にしているからだろう。
(実はこういうアキラくんも気に入っているんだ)
僕の前でだけ見せる姿に胸がくすぐったくなる。
「反省してるし張本人の俺が言うのもなんだけど、本当に大丈夫? どんな変化が起きるかわからないから、あまり出歩かないほうがいいんじゃないかな」
「平気だ。いつもより調子がよくてスキップしたいくらいだ」
強がりではなく本当にそう感じていた。いつもなら眉をひそめるような騒がしい集団とすれ違うことさえ気にならない。
(まぁ、尻のほうは少し気になるが)
お腹の奥も熱っぽい感じはするものの歩けないわけじゃない。こうした感覚にもそのうち慣れるだろう。
僕は二日前、アキラくんにうなじを噛まれた。普段は見えない
その瞬間、僕の体は尋常じゃない熱に襲われた。焼けつくような熱に一瞬火傷をしたのかと思った。その熱はすぐさま体中に広がり、気がつけば指先から頭のてっぺんまでをすさまじい熱に覆い尽くされていた。
(あの瞬間、僕は一度天に召されたのだろう)
背後から組み敷かれ、強い雄に体を暴かれ、押さえつけられるようにうなじに噛みつかれている――そんな自分の姿を想像するだけで強烈な淫楽を感じた。強い快楽は歓喜にも似ていて、ようやくあるべきところに落ち着いたという安堵感もあった。そのままアキラくんは暴走したように何度も僕を組み敷き、失神してもなお僕はアキラくんの欲望を享受し続けた。
(さすがに昨日は起き上がれなかったが、今朝は何事もなかったかのように元気そのものだ)
昨日は起き上がるのも億劫だった体は目覚めとともに元に戻っていた。いや、前より格段に元気になっている。気力も十分で、だからこうして大きなアーケード街に行こうという気にもなった。
「確かに元気そうだけど、まだ変様の全部がわかったわけじゃないから」
「心配しすぎだ。それにあのこと以上の変様があるとは思えないぞ?」
「それはまぁ、そうかもしれないけど」
僕はアキラくんのつがいになった。見た目は変わらなくても
なんと、僕はアキラくんの血しか受けつけない体に変わっていたのだ。二番目の兄から届いた血の香りを嗅いだ途端に気分が悪くなり、心配して顔を覗き込んだアキラくんを見た瞬間にどうしようもない喉の渇きを感じたことで気がついた。
アキラくんは「まさかそんな変様が起きるなんて」と申し訳なさそうな顔をした。なんなら少し涙目になっていた気もする。そこまで心配してくれたアキラくんには申し訳ないが、僕は内心最高だと小躍りしていた。
(だって、一番好きな人の血だけで生きていけるんだぞ?)
今後僕の体は、皮膚も爪も髪の毛に至るまでアキラくんだけで作られることになる。アキラくんから血をもらえない状況になったらどうするんだという問題は残るものの、アキラくんがほんの少しでも僕から離れることはない。つまり、あらゆる意味で僕とアキラくんは一心同体になったということだ。
(まるで聖なる夜に届いたギフトのようじゃないか)
(こういうのが幸せというものなんだろうな)
たとえ食物アレルギーのせいでこれ以上成長できなくても、至高の一族と呼ばれている
「そういえば今朝の電話はお母上から?」
「あぁ。今度里帰りするついでに会いに来ると言っていた」
駆け落ちめいたことをしたため滅多に里帰りしないが、僕のこともあって帰る気になったのだろう。不意に隣を歩いていたアキラくんの歩みがぴたりと止まった。
「どうした?」
見ればアキラくんが神妙な顔をしている。
「俺、殴られるだけで済むかな」
「はぁ?」
「だって許可をもらったのはおうちゃんで、俺が直接もらったわけじゃないでしょ? ……腕、むしり取られたりしないかな」
アキラくんの言葉に思わず呆れてしまった。いくら母上が男で力があるといっても、そこまでは……。
「……大丈夫だ。そのときは僕が守る」
「今ちょっと間があったよね?」
「気のせいだ」
「おうちゃん」
「大丈夫だと言っているだろう。それに父上や兄上たちを説得してくれたのは母上だ。そんな母上が今さら怒ることはない……たぶん」
「たぶんって言った。それにやっぱり間があった」
「いや、大丈夫……なはずだ」
「……はぁ。うん、これは俺の問題でもあるわけだし、俺からもちゃんと話すよ」
「じゃあ二人で話そう。二人で話せばきっとわかってくれる」
二人で。その言葉ですら今の僕には嬉しくて仕方がなかった。
「僕はアキラくんとつがいになれて嬉しい。死が二人を分かつまで僕のそばにいてくれ」
「もちろん。それに死が二人を分かつことなんてないよ。俺はおうちゃんが死んだら後を追うし、おうちゃんを置いて先に死んだりしない」
「いい答えだ」
僕はご褒美だというように、爪先立ちになってアキラくんの唇にキスをした。
聖なる夜の片隅で 朏猫(ミカヅキネコ) @mikazuki_NECO
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます