取り憑かれ騒動

 大学が夏休みに入り、暇になるかと思いきや、バイトやサークル、実家へ帰省といった予定が入り乱れて余計に忙しくなりそうな矢先の出来事だった。

 その日は、もう中々無いであろう、何も予定の無いひたすらに暇な日で、そんな貴重な1日を大切にしようと、俺はぶらぶらと散歩に興じていた。好きな曲を流しながら、晴々とした天気の下で歩くのは心地が良い。多少暑いが、たまに吹く涼しげな風が身に染みる。

 よく年寄り臭い趣味だとか言われるが、散歩は良い。寧ろ現代の娯楽は刺激的かつ飽和状態である分、こうして定期的に穏やかな状態に浸る事が大切なのではないかと思う。

 そんなこと考えながら適当な道を歩いていると、ふと道端に地蔵がある事に気付いた。赤い涎掛けをした、典型的なお地蔵さまの風貌である。

 率直に珍しいと感じた。地蔵ってのは有名な割に意外と見ることは少ない。寺とかに行こうものなら見かける機会はあるだろうけど、こうして道端にぽつんと置かれているものは、案外目にする事がなかったりする。

 こうして出会えたのも何かの縁だしと、何となく手を合わせたくなった。こうした有難い物に対して拝みたくなるのは日本人の習性なんだろうか。少し恥ずかしかったので周りに人が居ないのを確認すると、俺は目の前の地蔵に向かって手を合わせた。

 

 

 

 「あんたそんな事してたの? 馬鹿だなあ」

 

 バイトの締め作業中、先日の出来事を薬袋に話すと、思いがけない罵倒が返ってきた。というのも、最近俺の周りで奇妙な出来事が起きたり、妙に身体の調子が悪かったりするのだ。流石に怖くなってきた為、そっち方面の話に詳しい薬袋に相談を持ちかけたのだが、しっかり取り憑かれてるけど何してきたんだ、との事で心当たりがないかこうして聞かれていたのだった。

 

 「確かにその日以降からなんかおかしくなったけど、本当にこれが原因なのか? お地蔵さんに手を合わせただけだぞ」

 「絶対それだね。道端にある地蔵ってのは拝む物じゃないんだよ。あれは無縁仏とか子供の供養のために置かれているもので、そういうとこには寄ってきたりするの。そこで変に慈悲深い行動したら、勘違いして憑いてきちゃう奴もいるんだよ」

 

 確かに一理ある。地蔵というのは浮かばれない者達を供養する力があるのかもしれないが、霊からすれば、出来ることならそんな不確定な救いを待つより、現実に生きる人間を頼った方が確実に思えるのだろう。

 だからといって、ただの人間が彼等を救える訳ではないし、大人しく地蔵の救いを待つ方が賢明ではあるのだが。

 

 「で、俺にはどんなのが取り憑いてんの?」

 

 問題はそこだ。取り憑かれてるのなら、どんな奴が憑いてるのかとても気になる。怪談の類が好きな人間であれば、お祓い云々の前に、その正体が知りたくなるものだろう。

 

 「え、分かんないの? いくらまともに見えないからって、何となく分かるタイプの奴でしょ。身の回りで起きた出来事もっかい思い出してみな」

 

 煽りながら勿体ぶる薬袋の言い草に腹が立ちながらも、どうにか我慢する。ここで怒りに身を任せてしまえば、さらに馬鹿にされるのは明白だ。どうにか自力で正体に辿りつかなければならない。

 怒りを鎮めて、最近起こったおかしな事を思い出していく。訳もなく肩が重い、寝てる間に誰かが走るような音が聞こえる、物の位置が変わったり落ちたりしている、などなど。

 こうして思い返してみて何となくだが、子供の霊の仕業なのではないかと思った。家の中で走るのなんて子供だけだし、物の位置が変わったり落ちたりするのは、自分の存在を気付かせるような悪戯のようなものなのかもしれない。そんな幼稚な事をするのは十中八九子供だろう。

 

 「あー正解、そいつは多分子供だよ。小学1.2年かギリ入学してないくらいの子」

 

 思っていたよりも幼い。薬袋の言葉に、俺は少し暗い気持ちになった。

 もう少し大きい子供かと思っていたし、何よりそんな年齢の子供が霊としてこの世を彷徨っているのが不憫に思えてならない。

 

 「ちょっと、あんた今可哀想とか思ったでしょ。駄目だよ、そんな風に考えるから憑かれるんだって」

 「それはそうかもしれないけど、普通はそう思うだろ。小さい子供が不幸にも死んでるんだから、可哀想って思うのは仕方ないに決まってる」

 

 恐らくまともな人間であれば俺と同じ事を思うのではないだろうか。勿論、怖いとか嫌悪はあるだろうが、それは一旦置いておいて、子供が幼くして亡くなった事は嘆かわしい事のはずだ。

 薬袋は、俺の言葉を聞いて、それもそうか、と一応の納得をしたみたいだった。俺としては、言わなければその思考にならなかった時点でおかしいとしか思えないのだが。

 やっぱり日常的に霊が見えるとそういう感情が薄くなるのだろうか。霊感とやらに興味はあるけれど、そうした情緒的な部分がおかしくなってしまうのであれば、持つべき物ではないのかもしれない。

 

 「で、結局どうしたいの?」


 ふと、そんな分かりきった事を薬袋が尋ねてきた。

 いや、どうも何も、お祓いというかこの子供の霊を俺から引き剥がしてほしいのだ。霊障と呼ぶべきか、それのせいで普通に生活するのに色々不便だし、体の調子が悪いのも不快なので、この霊とは縁を切りたい。

 そうした旨を薬袋に伝えると、彼女は少し考える素振りを見せた。

 

 「んーまあ、お祓いとかのツテはない事はないけど、うーん、どうしよう」

 

 何を迷っているのだろう。ツテがあるなら紹介してくれれば良いのに。それとも、なんかやばい所なせいで紹介しづらいのだろうか。

 もしそうなら、絶対に嫌だ。腕は確かだが大金取られるとかだったら本当に最悪かもしれない。こんな飲食店でちまちまバイトしてる時点で、金に余裕なんてある訳がないのだ。

 こうして暫く最悪な想像をしていたのだが、その間もまだ悩んでいたので、俺は痺れを切らして何をそんなに迷っているのか聞くことにした。

 

 「お前は何をそんなに悩んでるんだよ、お祓いのツテがあるなら教えてくれたら良いのに」

 「いや、普通に私が霊障とか経験してみたくてさ。子供のやつはまだ経験してないんだよ。だから、あんたが良ければ家に行って体験してみたいなーって」

 

 意味の分からない事を言う薬袋に少し引いてしまった。確かに、薬袋は怪談の類を集めるのが好きな人間であったが、まさかここまでイカれていたとは思わなかった。霊がいる事が分かっていながら、その被害を体験したいだなんて、何をどうしたらそんな発想が出るのだろう。

 

 「はあ? 何それ、そんなこと考えてたのかよ」

 「いやでもさ、こう、男の家に女が1人で行くのってなんかあれじゃん。だからさー」

 

 さっきまで頭のおかしい事を喋っていたのに、なんか変な所で真面目な奴だなと思った。基本的に冷淡な人間で、ある程度親しくなればそれなりに優しくはあるが、それでも何処か冷めた態度をとるような奴だ。そんな奴が男の家に上がりこむくらいで何を戸惑っているのか。

 いや、まあ確かに言われてみればあまりよろしくない状況ではある。こうして言われると意識してしまう。

 

 「っていうのは冗談で」

 「いや、冗談にするな」

 

 ふと、変に入っていた力が抜けた。揶揄うような声色に何処か安心してしまう。

 結局、冗談にしちゃいけない状況であるのは変わりないのだけれど、何というかそういう気まずい空気になるくらいだったら、いつも通りの雰囲気で話している方が気が楽だ。

 

 「あーなに、意識してんの? ムードなんて皆無に決まってるじゃん。子供が走り回ってる中で、そんな雰囲気になる方がおかしいよ」

 「そうだけどさあ……」

 「それより私が悩んでたのは、あー、まあとりあえず、あんた、その子供の霊見たい?」

 

 急な彼女の問いに、少し思考が止まる。子供の霊が見たいかとはどういう事だろう。いや、まあ見れるんであれば見てみたい。勿論怖さはあるが、俺はそういう霊視的なものには興味しかないし、家で散々暴れている奴の正体を知りたいっていうのもある。

 

 「まじで? 見れるなら見たいけど」

 「え、いいの?」

 

 俺の返事に、薬袋は珍しく嬉しそうに顔を綻ばせた。俺が霊を見ることに、彼女に対してなんのメリットがあるのかは分からなかったが、まあ悪い気はしなかった。

 

 「それにしても、何で俺の家来るの渋ってたんだよ」

 「えーと。私が家に行くと、それが影響してあんたにも見えちゃうと思うんだ。だからビビっちゃうかなって。でも私も子供の霊の霊障を経験してみたかったから、どうやって説得しようかって悩んでてさ。で、めんどくなって正直に話した」

 

 ああ、なるほど。彼女なりの気遣いというか、俺に配慮があったんだろう。そんな事気にしなくても、お前には散々怖い目に遭わされてるとは思ったけれど、本来安全圏である自宅の中でそういう目に遭うとなると、また意味が変わってくる。

 確かに、1人で見るのはちょっと怖いかも。ただ今回は薬袋もいるし、自宅でそういう存在を見ても、とりあえずは、まあ大丈夫だと思う。

 

 「家の中で見るとなると、まあ……とはなるかな。でも、前に心霊スポット行った時にお前の霊感のせいで見ちゃったし、もう今更変わらんよ」

 「ああ、そうだっけ。そういやそんなこともあったねえ。あの時はだいぶびっくりしてたでしょ」

 「当たり前だろ。あんな他人を巻き込むほど強いものとは思わん」

 「えーでも、霊感強い奴に近付けば、近付いた方も強くなるとか言うじゃん。そういうもんなんだよ」

 

 それもそうか、と納得してしまう。こうなると俺はいつも薬袋に丸め込まれてしまう。こうした言い合いみたいになると、彼女は妙に強い。たまに勝てる時もあるけど基本は上手く納得させられてしまう事が殆どで、これは最早特技といっても過言ではないだろう。

 

 

 こうして、暫くの間雑談を交えながら、締め作業を終えると、薬袋は早速俺の家に来ることになった。何でも、今は深夜だし雰囲気があるだろう、との事らしい。あまり意味のないような気もするけれど、丑三つ時とも言うし、幽霊と遭遇するとなると確かにこういう時間帯の方がそれっぽいのだろう。

 帰り際、適当に近くのコンビニ寄って飯やら酒やらを買い込み、帰宅する。

 最近家で発生する霊障は、部屋の中で誰かが走る音がするとか物が気付いたら別の場所に動いてるだとかそういうものだ。それらは基本的に俺が帰ってきて、一息ついたあたりで発生する事が多い。1Kの部屋なんだから走るスペースなんて殆どないのにも関わらず、廊下あたりでずっとその音が聞こえたりするのだから、余計にうるさくてたまらない。

 

 「で、ここがその現場と」

 

 玄関を開けて家に入ると、薬袋が開口一番そういった。初めて来てんだからまずはお邪魔しますって言えよ。

 

 「うわー思ったより汚い」

 「しょうがないだろ。掃除する暇なかったんだし。それに男の一人暮らしなんて大抵こんなもんよ」

 「まあいいや、座れるとこあればそれで良いし」

 

 図々しい奴だ。まあ、良く言えば肝が据わってるのだろう。こうした霊関係の話ではそういう態度がとても頼りに見える。

 

 「とりあえず、酒でも飲むか?」

 

 俺はそう薬袋に聞きながら、レジ袋から安い缶チューハイを取り出す。もう早速、缶の蓋を開けてしまおうかと思った矢先、ふと薬袋がぴくりと動きを止めた

 

 「飲んでも良いけど、そろそろ来るよ」

 

 そう一言告げて、廊下の方を睨み出した。

 早い、いつもはもう少し時間が経ってから起きるのに、まだ家に着いてほんの数分程度だ。これも薬袋の霊感とやらが影響してるのだろうか。

 それに、来るって一体なんだ。俺に取り憑いているんだからずっと近くにいるんじゃないのか。

 

 「取り憑いているとは言ったけど、あんたから見えたのは本体の残りカスみたいな物だった。本体はこの家に留まってたんだよ。あんたが連れてきてそのまま居着いちゃったんだね。それが私らが帰ってきたから、こうして出てきたみたい」

 

 薬袋がそう言うや否や、途端に廊下から足音が聞こえてきた。あの音だ、誰かが走るようなそんな音。どたどたと落ち着きのない、それでいて小さく軽そうな音が部屋中に響き渡る。

 ここまではいつも通りだ。この後、足音が消えるまでは音楽などを流して無視をするのが最近の日課となっているのだが、薬袋が来たことでこれからその霊障や俺の日常がどう変化していくのか、俺はそれが気になって仕方がなかった。

 そんな足音が暫く続くなか、唐突に、廊下と居室を仕切る引き戸が激しく叩かれた。想定外の出来事に、一瞬身体が跳ねる。

 磨りガラスでつくられてたその引き戸は、あまり頑丈ではない分、叩かれる度に揺れていき、不快な衝撃音を響かせていた。そしてその磨りガラスからは、小さな子供の手が何度も現れては闇に消えてを繰り返していて、それが引き戸を叩いている犯人なのは明白だった。

 こんなのは初めてだ。今までは精々廊下で走るくらいだった筈だ。引き戸まで叩き始めるとは、何か相当訴えたい事があるのか、それとも単にイラついているのだろうか。

 まあしかし、確実に薬袋の影響でこれが起きているのは間違いないと思う。現に俺ですら手が見えだしているし。薬袋の話で俺が霊の存在を認識した事で、気付いてもらえると思ってこうしているのかもしれない。そんな事されても何も出来ないし困るだけなんだが。

 

 「うるさいなあ、やっぱ子供の幼稚な悪戯って感じだ。大人の奴はもっと大人しめだったりするよ。じわじわ来る感じとかね。でも流石に子供だからそこまで頭が回らないんだろうな」

 

 薬袋に至っては、他の霊と比較して変な考察までしていた。その話も確かに気になるが、今はそれを置いといて、まず引き戸を叩かせるのをやめさせてほしい。賃貸なんだから家の物が壊れたら、色々と面倒なことになる。不動産に電話とかしなきゃいけないし、そういうのは苦手だ。

 

 「それにしても、ここまで激しいのは久々かも。やっぱあんたが気付いてるってのを、私との話で勘付いたんだね。だから、もっと存在を認識してほしくて強硬手段に出たんだろう」

 

 廊下からは、あまりの激しさに通報されそうな程の音が依然として鳴り響いている。そろそろやめさせないと本格的にまずくなりそうだ。このままだと、俺達2人の身体的な安全と社会的な安全の両方が危ぶまれる。

 薬袋曰く、取り憑いてくる霊には大きく分けて2つに分けられるらしい。一つは、ずっと無視を続ければ諦めて去っていく霊。こういう手合いはそこまで大きな力を持った者は殆どいないそうだ。

 もう一つは、無視しても去らないどころかエスカレートしていく霊。こういう霊はとにかく執着が強いし、何より力が強い事も多く厄介なんだそうだ。そういう霊は、そもそも生前からそういった気質の者である事が大半で、さらに感情の強さというのが霊の強さにも直結する事から、余計に面倒な存在になりやすいとの事だった。

 

 「で、この霊はどっち側なんだ? やっぱ後者の方なのか?」

 「私もその可能性の方が高いとは思うけど、でもどうだろう。やっぱ無視してたら大丈夫なパターンだったかもしれないや。私が刺激させたせいだな」

 「なんだよそれ、いい迷惑じゃないか」

 「いいじゃん別に。それに、今ならあんたにも見えてるんでしょ。私のおかげなんだから感謝しなよ」

 

 そんな茶番をしてる間も、子供の霊とやらは廊下を走り回り、引き戸は叩き続けている。俺も強がってはみせているが、本心ではもう充分だと言いたいほど恐ろしくてたまらない。

 そうして段々と、引き戸を叩いていた手が、それだけではなく、薄らとだが全体像も見えるようになってきた。

 確かに、身長は小学校低学年ほどであり、髪型は短髪、半袖半ズボンの少年の様な格好をしている。

 磨りガラス越しであるため、顔などの細かい様相は分からないが、正直そこまでは見たくない。こんなぼんやりと見えるだけでも怖いのに、死んだ者の顔なんてのはもっと悍ましいものに思えてしまうだろう。

 霊が鮮明に見えてくる一方、身体は少しずつ恐怖に支配されていくの感じる。こういう時、俺は何も出来ないただの人間である事を酷く実感する。何の力もないくせに、闇を覗きたがるのは俺の悪い癖で、しかも、俺は覗くところまで誰かに連れて行ってもらわないといけないのだ。恐怖と情けなさで、俺の身体はついに動けなくなった。

 そんな中、不意に薬袋が立ち上がった。

 

 「そろそろ飽きたなあ。もう追っ払っちゃおう」

 

 呆気らかんとしたその声に、俺は正気に戻った。情けなさはまだ消えないが、その頼り甲斐のある態度に恐怖は大分和らいだ気がする。

 薬袋は、確かプレステあるんだっけ、なんて言いながらテレビ付近を物色した後、電源を勝手につけて、プレステのホーム画面を開いた。

 

 「え、何してんの?」

 「プレステってネット検索出来るでしょ。Switchだと出来ないからめんどいよねえ」

 

 一連の謎の動きに対して困惑する俺に、薬袋は答えになってない返事をする。

 意味が分かってない俺を他所に、薬袋はインターネットブラウザを開いたと思うと、急に大手のアダルトコンテンツサイトの名前を打ち込んで検索をかけた。

 

 「はあ!? お前何やってんだよ」

 「まあまあ。これも追い払う為だから黙って見てな。どうせサンプル動画だけで十分でしょ」

 

 慣れた手つきで、18歳以上か確認のページを通過し、そのまま人気ランキングのページに到達した。その後、何を思ったのか、引き戸の方に向かって歩いて行き、それを一気に開けた。

 俺は霊の顔が見えると思って、すぐに目を逸らしたので、恐らくはっきり見えたであろう詳細な姿はほとんど見えなかったが、一瞬見えた感じだと、あの霊の方も薬袋の行動が意外だったのか、驚いたような挙動をしていた。

 引き戸を開けた薬袋がそのままこちらに戻ってきた。適当に選んだであろう商品を選び、そのままサンプル動画を再生する。そうして俺のテレビは途端に卑猥な映像を垂れ流す何かに変貌してしまった。女優の喘ぎ声がいつもより生々しく感じ、肉が打ちつけ合う音が部屋に響き渡る。

 薬袋が何を意図したのかは分からないが、正直すごく気まずい。気心知れた仲だとは思っていたが、こうしてエロ動画を一緒に見るとなると、向こうが女である分、妙な緊張に襲われる。

 本来であれば、すごくそういう感じのシチュエーションなのに、全くそんな感じがしない。男と女だけならまだしも、そこに子供の幽霊が一つ同じ屋根の下にいるからなのだろうか。

 しかし、ふと気付くと先程まであんなに煩かった物音や足音が、途端に消えていた。断じて女優の喘ぎ声にかき消されて、なんていう訳じゃない。明らかに気配がなくなっていた。俺は意を決して廊下を見たが、少年の霊の姿は何処にも居なくなっていた。一体これはどういう事だろう。

 

 「幽霊はエロい事考えるといなくなるって言うじゃん?」

 

 廊下に何もいなくなったのを確認したのか、薬袋は無表情で動画を止めた後そう言った。そうしてレジ袋に入っていた、もう温くなってしまっただろう酒缶を取り出している。その動作はまるで全てが解決したかのようにやる気のなさが垣間見えた。

 

 「あれはさ、エロい事考えてる時って、負の感情から凄い遠ざかる訳で、だから霊が付け込める隙が無くなるって感じだと思うんだよ」

 「さっきのはそれを意図してってことか?」

 

 蓋を開けて、一気に酒をあおると薬袋は首を横に振った。違うのか、まあ確かに、あの状況でエロ動画見せられたってエロい事を考える心の余地なんてなかっただろう。だとしたら一体何の意図であんなよくわからない事をしたんだ。

 

 「まあでも、エロい事ってので思いついてさ。あの年齢の子供って多分そういう殆ど知識無いでしょ」

 「あー多分そうだろうな」

 「だからあの霊からしたら、ああいう事って訳わかんないけど、なんかやばそうなものって見える訳なんだよ。生前にそういう知識が無いからね。だから思いっきり見せてビビらせてやろうと思ったんだ」

 

 要するに、性知識のない子供の霊に対して、何もクッションが挟まれてないダイレクトな性事情を見せつける事で、無い筈の脳みそをパンクさせて追っ払おうという作戦だったという事か。

 なんだそれ、いかに幽霊だと言っても、子供にそんなもん見せつけるとか、なんか色々可哀想にも程がある。

 

 「霊も自分の分からないものとか予想外の行動に対しては驚くらしいんだよ。現に私が引き戸開けた時もビビってたし。だから手っ取り早くなんかないかなーってなったらこれを思いついたんだよね。今日の私冴えてるなー」

 「お前これ即興でやったのかよ! せめて追い出す方法考えてからだろ普通は!」

 

 全くこの女は。人がピンチだったっていうのに、自分の趣味を優先し過ぎてる。最早呆れすら出てくるレベルだ。

 

 「まあまあ、成功したんだから怒るなって。でも、これにて一件落着でしょ」

 「そうだけどさあ……」


 そんな形でまたしても上手く丸め込まれた俺は、多少疲れを感じながらも、全てが終わった事に安堵しながら酒をあおった。これでもう体調が悪くなることも騒音に悩まされる事も無いのだと思うと、本当に気分が良かった。

 結局その日は調子に乗って2人して飲みまくった挙句、朝方頃に疲れ果てて寝落ちしていた。起きると時刻は既に昼過ぎで、1.2限の時間はとっくに過ぎていたし、加えてとにかく二日酔いが酷くて、最悪な気分だったのは言うまでもないだろう。

 とりあえず、取り憑かれ騒動に関しては一応の解決はしたのであるが、俺はこの後も度々似たような事件を起こす事になる。まあその度に薬袋の力を借りて解決していくのであるが、それはまた別の話だ。

 

 

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バイト先の変な女の子の話 めそふ @mesofu

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