第50話 最終回はハッピーエンドで!
「いやー、藤沢さんの新しいキャラソン最高!」
教室の席で今日も千代は父の歌を聴いている。前に千代と行った父の握手会で話してた作品が好評でボーカルアルバムも出たらしい。あいかわらず大人気だ。
もはや、何も隠していることはないのでやきもきすることはない。むずむずはするけど。
「いい声すぎる! 耳が妊娠するって! マジで!!」
うっとりしている千代だが、私はちょっと他のことが気になっていた。千代が聞いているのとは別の動画の声が聞こえている。
「ね、ね。ちーちゃん」
私は千代をツンツンして、イヤホンを外すように促す。
「何? 今いいところなのに~」
千代はしぶしぶイヤホンを取ってはくれたが感情の高ぶりは収まらないようで、畳みかけるようにまくしたてる。
「『目覚めたとき隣にあなたがいて欲しい』とかなんなのこの歌詞! キャー! キエー! 最高! えっち!」
「ちーちゃん、あっち」
とりあえず、いつものことなので私はそっと視線だけで示す。
「ん? 何?」
千代も私と一緒に聞き耳を立てる。聞こえてくるのは近くの席のクラスメイトの声。
「ごん、いいやつ……」
「こんな泣ける話だったっけ? 覚えてなかった。この動画チョイスもいいよね」
私と千代は小さくガッツポーズ。
昨日上げたばかりの『ごんぎつね』。ちゃんと聞いてくれてるみたいだ。あいかわらず私だとは気付いてないみたいだけど。
「藤沢さん、Vtuberも認めてくれて良かったよね」
千代がこそこそと耳打ちしてくる。
「あの勢いだと心配してたけど」
「なんだかんだ言って甘いから」
私はあははと笑う。こういう時は親バカで良かったと思う。
「あれから、新居さんにもお父さんが話しちゃったみたいで。よかったら一緒に配信しない? とか言われちゃったんだけど」
「はっ!? 何それ! もちろん、やるんだよね?」
「ちーちゃん。小声で」
「あ、ごめん。て、新居さんが知り合いだったってこともびっくりだったんだけどさ。チャンスじゃん! やらないの? なんで?」
「うん」
私は頷く。
「というか、お父さんまでそれなら俺も一緒にやるとか言い出してて大変だったんだけど……」
「あ、それは言いそう」
「でもね、どうせ共演するならちゃんと声優になってからがいいなって思って。知り合いだからってそんなの、嫌なんだ。ちゃんと自分の力でやりたいから。それで、本当にいつかお父さんとも新居さんとも一緒に仕事が出来たらいいなって」
「天音っち……。なんていい子……。お父さん、泣いちゃう」
「もー、ちーちゃんてば」
実は同じことを父にも言った。そしたら、本当に泣かれてしまった。すごく嬉しかったみたい。
「もったいないとは思うけど、それならしょうがない」
うんうん、と千代が頷く。そして、ちらりと上目遣いで私を見た。
「で、さ。今度、初デートなんだよね」
「う、うん」
急に話題を変えられて、私は顔がぼふっと熱くなってしまった。いきなりそんな話をするなんて反則だ。
「ちょ、天音っち! 可愛い! これは惚れるわ!」
千代はぐふふと笑いながら、ちらりと三島君の方を見る。私もつられてそちらを見ると目が合った。恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
「そんな恥ずかしがることないのに~。もう付き合ってるんでしょ? あの時二人にして正解だったねっ」
「それは、感謝してるけど」
「でしょでしょー。私ってば、キューピッド!」
「ちーちゃん、ずっと知ってたの? 三島君が、その、私のこと好きだったって」
「あー、うん。だって、いつも天音っちのこと見てたし、めちゃくちゃわかりやすかったよ。ずっと一緒にいる私が気付かないのおかしいんじゃない? ってくらい」
「え……。私、全然気付いてなかったんだけど……。本当? いつから?」
「……うん」
千代が遠い目をして私の肩を叩く。
「上手くいって本当に良かったよ。三島、いいヤツだしな」
◇ ◇ ◇
日曜の朝、私は駅に向かっていた。父には千代と出かけると言ってあるんだけど。
「藤沢!」
駅で待っていたのは、千代ではなく三島君だ。そのうち父にも紹介するつもりではあるんだけど、なるべく刺激しないようにタイミングを見るつもりだ。
今日は二人でハコモンセンターに行くことになっている。小学生みたいかなと思ったけど、二人とも好きだからいいんじゃないかということになった。
二人でこんな風に出掛けるのは、ふわふわして変な感じ。
一緒に電車に乗っても、緊張して何を話していいのかわからない。
そして、出た話題が。
「今回の動画も好評だな」
「だ、だね」
Vtuberの話をするときは周りの人には聞かれないように小声になるので、どうしてもちょっと近付いてしまってドキドキする。どこに猫野まふを知っている人がいるかわからないし、正体がバレたら困るから。
「けど……。嬉しいんだけど他のヤツまで藤沢の声聞いて喜んでるかと思うと、あんまりいい気分じゃない」
「え? どういうこと? 嫌だった?」
三島君、本当は私がVtuberやってること嫌なんだろうか。心配になって私が問い掛けると、三島君がちょっと慌てたように言った。
「ご、ごめん。ただのヤキモチ。独り占めしたいなって、思っただけ」
「独り占め……」
思わずオウム返ししてしまって、それからやっと理解して顔が真っ赤になってしまう。三島君、そんなこと思ってたんだ。なんか、嬉しい。
「あ、けど。もし藤沢が声優になったらもっと心配か。ファンが今よりずっと増えるだろうし……」
ぶつぶつと三島君が呟いている。
心配している様子が、なんだか父みたいでちょっと笑ってしまう。でも、三島君は三島君だ。
「大丈夫だよ」
私は言った。
「もし声優になって大勢のファンが出来たとしても、私が好きなのは三島君だけだから」
この未来はきっと確定している。もし、なんかじゃない。私が決めたから。
って、声優になるのはいいとして。三島君の言い方だと、私と三島君がそれまでずっと一緒にいるってことで。
結構すごいこと言われて、私も普通に返しちゃった!?
あわあわと考えていると、目的の駅が近付いてきた。
「あ、駅! 着いたみたい」
私は恥ずかしくて三島君から目を逸らすように外を見る。
「行こうか」
三島君が先に立ち上がる。そして、顔を逸らしながらぎくしゃくと私に向かって手を伸ばす。伸ばして、るんだよね? その角度が伸ばしてるのか、ちょっと曲げてるだけなのかよくわからない。これは私に手を差し出してるってこと?
三島君の顔を見ると、真っ赤だ。ということは……。
「行かないと、ドア、締まるから」
緊張しているのか、三島君がちょっとカタコトになっている。
三島君の言葉に押されるように、私はその手をおずおずと握った。今度は引き止めたりする為にじゃなくて、二人で手を繋ぐ為に。
三島君に手を引かれて、私は立ち上がる。
「ありがとう」
私の言葉に三島君が照れくさそうな顔をしながら頷く。
「ハコモンセンター、楽しみだね」
「ああ」
私たちは顔を見合わせて笑って、それから電車を降りて歩き出した。
もちろん、手を繋いだままで。
うちの父の声が聞くだけで妊娠するとか言われて困ってます 青樹空良 @aoki-akira
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