あるかもしれない二人の未来④

「それじゃあ」


 そう言ってミーティングが始まった。


「今日の議題だけど……」


 私は事前に渡された資料を見ながらホワイトボードを見ていた。


「立山美夜子デビューについてね」


「は、は、はい!?」


 私は思わず声を上げた。


「もういいでしょ? 流石に。それに、色んなところから声が多くてね」


「……自信、ないです」


「お芝居に関しては、でしょ? 今回はこれよ」


 ホワイトボードをどけ、スクリーンを下ろすとプロジェクターから映し出されたのは……。


「そ、その映像は!」


「立山美夜子ちゃんの初ステージの時のね。この前、音楽プロデューサーに見せたら結構好評でね」


「そんなのお世辞ですよ!社交辞令!」


「いいじゃん美夜子、歌手デビューで。売れなかったら辞めたらいいだけなんだし」


「そんな簡単なことは……」


 高校三年生の頃の文化祭のステージ映像を見せられながら、私は顔を覆った。


「美夜子ちゃん、声綺麗だしさいいと思うんだけどなぁ」


「声だけなら声優さんとか……」


「歌声がってことよ。ね、社長?」


「ああ。これなら推せると思ってな」


 私は外堀を埋められるかのように、その場に賛成の人間しかいない状況で追い詰められていた。


「少し、考える時間をいただいていいですか?』


「ええ、もちろん。良い返事を期待しているわ」


 その日は返事することなく、そのままミーティングは進んでいく。しかし、その内容をあまり覚えていない。手元の資料のことくらいしか覚えていなかった。


「それじゃあ、陽菜の午後の現場のあとは直帰しますので」


「気を付けてね」


 佐竹さんに見送られ、私は陽菜を乗せて撮影スタジオへ向かった。

 私は運転に集中しなければと、真っ直ぐ前を向きながらハンドルを握っていた。


「ねえ、美夜子はどうするの?」


「どうって?」


「歌手デビューだよ」


「正直、想像つかない。私が人前で歌を歌うのは……ちょっとね」


「でも美夜子上手いし……」


「もっと上手い人は五万といるでしょ。私より努力してる人もいる。なのに私が覚悟もないのに……」


「まあそうだよね」


 陽菜はそう言うと窓の外を見つめた。


「頑張ってね」


「……昨日もそれ言われた」


「じゃあ……頑張ってね」


「むう……」


 陽菜は不機嫌そうにスタジオに入って行った。

 私はしばらく車を走らせて考え事をしていた。

 私が歌手デビューなんてありえない。丁重に断ろう。でも……どうして私なんだろうか?

 亡くなったお祖母ちゃんには、歌が上手だと昔から言われていた。

 だけど、それくらいであとは高校の軽音部の人に助っ人を頼まれてやったくらいで、友達とカラオケだなんてこともしたことがない。

 時間があったので近くのカラオケ店に寄った。

 とりあえず好きなポルノグラフィティの楽曲を歌うと、ピッチの安定度を機械に褒められたが、表現力がイマイチだと言われた。

 ほらみたことかと、私はその結果を写真に撮り佐竹さんに送った。


「お疲れー」


「陽菜こそお疲れ様」


 私は佐竹さんからのメールを見て、動揺していた。

 それを陽菜はすぐに見抜き「どうしたの?」と助手席から声を掛けてきた。


「いや……その……」


 私はそう言うとハンドルをいつも以上の力で握った。


「あ、一度事務所寄りたい。朝、台本持って帰ろうと思って忘れてて」


「先に言ってくれれば取りに行ったのに……」


「えーだってドライブしたいじゃん」


「免許持ってないくせに」


「えへへ……お願いします。マネージャーさん」


 事務所に着くと佐竹さんが私の顔を見るや否や「あ、美夜子ちゃん。話は勧めておいたから、今度打ち合わせね」と言い、陽菜はキョトンとしていた。


「え、美夜子決めたの?」


「違う!カラオケの採点結果送っただけ」


「えーどうだったの?」


「表現力がないって」


 私がそう言うと、佐竹さんは「でもピッチの安定度が良いって。声質もいいし、あとは練習次第じゃない?」と陽菜に言った。


「いや……だから……」


「いい美夜子ちゃん。世の中にはそりゃ歌が上手い人は五万といるかもしれない。でも、その中でデビューしたり事務所に入れるのはほんの一握りだけ。わかる?」


「……じゃあ、その席を明け渡します」


「違う!上手いだけじゃない、実力だけじゃないところ。そう、運もよくなければデビューなんてできないのよ」


「佐竹さんは私に運がある、と仰りたいんですか?」


「ええ。とびきり強運があると思っている。だから、私達はあなたの魅力をもっと広めたいって思う」


 私は俯いて「ダメだったらすぐに引退しますからね?」と言うと「それはもちろん。うちだって予算があるからね」と佐竹さんは笑いながら言った。

 かくして、私の歌手デビューが決まったわけである。

 その後の話はまた別のお話だ。


「ほら美夜子?」


「……恥ずかしいな」


 背中合わせで陽菜と写真を取られている。

 どうやらアーティスト写真のようだ。


「ユニットなら早く言ってくださいよ」


 スケジュール表には【HINA&MIYAKO(ヒナミヤ)】と書かれている。


「この後MV撮影だからね」


「わかってるわよ。なんで陽菜がマネージャー面なのよ」


「いいじゃん。たまには」


 慣れないリップシンク、多少のお芝居。撮りながらプレビューを確認していると、徐々に楽しくなってきた。


「これは一種の麻薬ね」


「何言ってるの美夜子」


「だって、良くなっていく度に、楽しくなっていく」


「やめられないでしょ?」


「うん」


 そうして私と陽菜のデビューシングルは発売され、お渡し会には長蛇の列を作った。

 意外と私が作詞した曲が人気曲になったり、大好きなポルノグラフィティさんと番組で共演したり、私はかけがえのない経験をした。

 そして……。


「ほら陽菜ちゃんも美夜子もこっち見て」


 お母さんがカメラを構えて写真を撮ろうとしている。

 ウエディングドレスの陽菜に、左手の薬指にリングを嵌めてそのまま手の甲にキスをした。


「美夜子がその感じなの、演劇の時を思い出す」


「真っ白の燕尾服、よく似合ってるわ。美夜子はドレスよりパンツスタイルにして正解だったわね」


「さすが玖美子さん」


 陽菜とお母さんがそう言って笑い合うと、私は自分の指輪を自分で嵌めた。


「ああ!もう、私がやるのに」


「じゃあお願い」


 陽菜が私の薬指に指輪を通すと大量のフラッシュライトが焚かれ、拍手が沸き起こった。


「これで私達、本当に幸せになれたね」


「まだまだこれからでしょ。色んな事があるだろうけど、二人で乗り越えていこう」


 そう誓って、私達はブーケを空高く放り投げたのだった。

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いつかの、夢の続きを myacoichi @Mako2157mako

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