あるかもしれない二人の未来③

「いいよ」


「え、いいんですか?」


「まあ普通に自分の車で来るタレントもいるし……そろそろ美夜子ちゃんも慣れてきただろうし、自分の業務の管理はもうできるだろ?」


「はい……」


 黒部社長はそう言うと、私の肩を軽く叩いた。それを見た佐竹さんは「あ、セクハラ」と溢したが、思わず心の中で「佐竹さんの方がセクハラしてるじゃないですか」と言ったつもりが、口に出してしまった。


「おっ、言うようになったねぇ。美夜子ちゃん、スタイルいい割には肉付き良くて……」


「おい、それがセクハラだろう。佐竹」


「あはは……」


 私はエレベーターに乗り込んで駐車場へ向かった。


「でも……陽菜に相応しい車じゃないと……」


 ミニクーパーでマンションの下まで向かう。

 陽菜には「もうすぐ着くから支度済ませておいて」とメッセージを送った。


「おはよう」


「おはよー」


「ちゃんとしなさい。髪、乱れてるよ」


「いいじゃん。ヘアメイクさんがやってくれるし」


「だとしても!どうするの、写真とか撮られたら」


「もう……美夜子はお母さんかって……」


 陽菜は自然と深緑のミニクーパーの助手席に乗り込むと「何してるの?」と立ち尽くす私を見た。


「い、いや……なんでもない」


 すぐに運転席に乗り込んでシートベルトを締める。車を走らせると、陽菜は「いつものじゃないんだ」と呟いた。


「嫌だった?」


「ううん。こっちの方が好き」


 陽菜はそう言うと私のシャツの袖を握った。

 信号待ちで車を止めると私は陽菜に「何?」と訊ねた。


「なんでもない」


「何よそれ」


 現場について陽菜を送り出す。まるで幼稚園へ我が子を送り出すような感覚だ。


「頑張ってね」


「言われなくても」


 陽菜はその日、卒なく撮影を終えると、私はいつものように車で送った。


「ねえ……」


「何?」



 玄関の扉が閉まると、陽菜は私に抱きついた。


「いきなり何?」


「美夜子、何か怒ってる?」


「……怒ってないけど?」


「だったらなんで今日、素っ気ないの?」


「素っ気ないつもりはないけど……」


 私はそう言うと、陽菜を離して家の中に入った。


「ねえってば!」


「だから怒ってないって!」


「嘘。絶対何か怒ってる」


 陽菜から目を逸らして私はソファーに体を沈めた。


「怒ってないってば。陽菜は考え過ぎ」


「じゃあなんで……」


 私は顔を上げて真っ直ぐ陽菜を見た。


「なんでって言われても……」


 私はそう言うしかなかった。なんで陽菜がそう言っているのか分からなかった。


「ねえ陽菜」


「何?」


「陽菜は私の事、どう思ってる?」


「好きだよ。それはずっと変わらない」


 陽菜はそう言うと、唇をキュッと結んだ。


「そう……」


「何なのさっきから」


「それはこっちの台詞」


「だってそれは美夜子が怒ってるから……」


「怒ってないってば……」


 私は辟易として立ち上がってウォーターサーバーから水をコップに注いだ。

 一気にその冷たい水を飲み干すと、近づいて来た陽菜の唇を奪った。

 しばらくそのまま、舌を絡めつつ鼻から息を吐いては吸い、陽菜の奥深くまで感じると、陽菜は私の体をこれまでにないくらい抱き締めた。


「はぁ……はぁ……」


「み……美夜子……」


 私は蕩けた陽菜の顔を見ると、私はそのまま彼女をベッドへと連れて行った。

 その後、陽菜は私の体から離れようとせず、ご飯を食べる時もお風呂に入る時もずっとくっ付いたままだった。


「その……ごめん。本当に怒ってなかっただなんて……」


「だから言ったでしょ? 私、そんなに信用ないんだ」


「違う違う……本当にごめん。私も疲れててどうかしてたみたい」


 陽菜はそう言うと、私に腕をギュッと抱きしめた。


「タレントのメンタルケアするのもマネージャーの仕事だから」


 私はそう言って陽菜の頭を撫でると、不機嫌そうに「タレントだとぉー?」と膨れた。


「じゃあ美夜子のメンタルケアは誰がするの?」


「それは佐竹さんとか社長とか……」


「私じゃないんだ。ふーん」


「もちろん、陽菜も。じゃなきゃ一緒に住んでないよ」


 その日はそうやっている内に眠りに落ちて行った。


「まずいまずい!」


「なんで美夜子、起こしてくれなかったの!」


「私も寝てたからだよ!」


 二人で大慌てで支度をして家を飛び出した。


「お、おはようございます!」


「おはよう」


 私は乱れた髪を手櫛で整えながらミーティングルームへ入った。


「さては寝坊? 二人とも、凄い状態よ?」


 佐竹さんは私達を見て笑いながら、姿見をこちらへ向けた。


「あ……」


 私はブラウスのボタンが違え違えになっており、陽菜はTシャツを前後ろ反対に着ていた。


「それに、ミーティングは十時からのはずだけど?」


「え?」


 私達は壁に掛けられていたデジタル時計を見るとそこには九時五分と表示されていた。


「み、美夜子がスケジュール間違えて……」


「陽菜が早とちりしたからでしょ!私はまだ余裕だって言ってたのに……」


「はいはい……。とりあえず二人とも服を整えて……」


 私はブラウスの胸のボタンをかけ直そうとすると、ボタンが爆ぜた。

 陽菜がそれを見て「美夜子、太ったんじゃない?」と言ってきたので「最近、毎晩揉まれてるかもね」と言い返した。


「二人、ほんと仲がいいわよね」


「昨日は喧嘩してましたけどね。一方的な」


「え,そうなの? 別れたら言ってね。美夜子ちゃん、私が貰うから」


 佐竹さんはそう言うと、私の腕に抱きついた。

 すると陽菜は「絶対あげません!」とそれを引き剥がした。


「もう集まってるのか?」


 社長が入ってくると、私達の様子を見て「すまん、取り込み中か」とすぐに部屋を出て行った。

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