あるかもしれない未来の二人②
「今日はここまでかな」
撮影スケジュールは全てチェックが入り、その日は終了となった。
私は陽菜のメイク落としや細かい打ち合わせを待っていると、さっきの男性が声を掛けてきた。
「さっきはごめんね。でも、勿体無いと思うけどなぁ。黒部君も」
「いえ……」
「渡邉さん?」
「いや、さっき思わずスカウトしちゃってね……陽菜ちゃんところのマネージャーさんとは露知らずで」
渡邉さんは大手事務所の社長で、そこはバラエティタレントやお笑い芸人と俳優部門もあるマルチなプロダクションだ。
「まあ社長も打診してるんですけど、頑なで……」
「そうなの? まあそうだろうけど」
渡邉さんはそう言うと迎えの部下が来て車に乗り込んで帰って行った。
「私達も帰ろう」
私は車を回してくると、陽菜は助手席に乗り込んだ。
「後ろの方がゆっくりできるよ?」
「こっちがいい」
「じゃあちょっと走るかな」
陽菜が助手席に乗ったら、ドライブをしたいと言う合図で、私は車を走らせた。
七人乗りのバンに二人しか乗っていないのは寂しいが、私は少し山手の方まで車を走らせた。
「送迎車変えてほしいなぁ」
「運転しない陽菜がそれ言う?」
「だって後ろ座っててもつまんないし」
そう言うと陽菜は私の方を見て「横に座ってるのが好きだし、2《ツー》シーターのスポーツカーとかがいいなぁ。ほら、芸人さんとか大御所の人は自家用車で来るでしょ?」
「陽菜はお笑い芸人だったっけ?」
「違うけどさ。事務所の送迎車のままってわけにはいかないじゃん。いつかは自分の車で来たいなぁ」
「そうなると、私は仕事なくなるから助かるけど」
私はそう言うと無料のパーキングに車を止めた。
街頭に照らされた湖面を眺めながら近くの自動販売機で缶コーヒーを買い少し黄昏れていた。
「誰もいないね」
「そうね」
「もしかして、わざとここに連れてきた? 美夜子の発情期」
「誰が発情期よ!」
「あはは!」
笑う陽菜の頬を突っつく。
学生時代から変わらないこの関係が私は好きだ。
私が一方的に好意を寄せて、再び出会えた私達。
結ばれるとか、そう言うことを考えていなかったあの頃。大人になってからは、それを考えるようになった。
でも、陽菜が誰かを好きになったら、その時は引き下がろうと思っている。
私が願うのは陽菜の幸せだ。私がもし邪魔になるならば……。
「どうしたの美夜子?」
「なんでもない」
「もしかして、忙しすぎて……」
「ち、違う!」
私はそう言うと、陽菜の顔を見る。仄かに香るコーヒーの匂い。少し冷たい風が吹き付けると、私は少し身震いをした。
「そろそろ車の中に戻ろう」
「うん」
私は運転席に座ると、陽菜は後部座席に座った。
そのまま車を走らせていると、陽菜は寝息を立てていたので、また少しだけ遠回りして自宅まで戻った。
「陽菜、起きて」
「ん……んぁ?」
「家着いたよ」
「抱っこしてー」
私は息をを吐きながら陽菜を抱える。
エントランスに入ってロックを解除してエレベーターに乗り込むと、ニヤついている陽菜を揺さぶった。
エレベーターが止まり、陽菜の部屋に入ると陽菜を降ろした。
「じゃあ会社に車置きに行かなきゃだから……」
「ん!」
「何?」
「んー!」
「だから何?」
「キスだよ。行ってきますのキス!」
陽菜はそう言うと、私の顔を掴むと無理矢理キスをした。
私はエレベーターに乗り込み、また降りるとすぐに車に乗って事務所まで向かった。
「おうお疲れ」
「お疲れ様です社長」
「どうだ、この後飲みに行くか?」
「すみません。帰らないと寂しがる子が居るんで……」
「わかってるよ。じゃ、お疲れさん」
社長はそう言って歩き、夜の街に消えていった。私は自分の車に乗り換えて走り出した。
「この車で直行直帰できると楽なんだけどなぁ」
私は深緑のミニクーパーを走らせながらそう言うと、スーパーに寄って食材を買ってから自宅へと戻った。
スーパーの出口のガラスに映る綺麗目な服と両手に抱える膨らんだエコバッグ、少し乱れ始めた髪を見て、まるでお母さんだなと思いつつ、車に荷物を乗せた。
「ただいま」
「おかえり!」
そう言って、無邪気に玄関へ走ってきて私に抱きつくと、荷物を持ってキッチンまで運んでくれた。
「何作るの?」
「カレー」
私はそう言うと、材料を切ってカレーを作り始めた。
「まだかなぁ」
「作り始めたばかりだから、ちょっと待ってて」
出来上がりに合わせて炊飯器のスイッチを入れる。
煮込んでいる間にサラダの準備をしていると「野菜は……」と彼女が言う。
「ちゃんと食べなさい」
「はーい」
お気に入りのドレッシングとクルトンを散らし、テーブルに持っていくと、彼女は素直にそれを食べる。
カレーが出来上がり、ご飯も炊けたのでカレー皿に注いで同じようにテーブルへ運ぶと、彼女は目を輝かせた。
「これこれ!美夜子のカレーが食べたかったんだぁ」
「慌てて食べると溢すよ? ほら、もう……」
私はティッシュを手に取り陽菜の顎についたカレーを拭き取った。
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