2. 神託の儀
いよいよ【神託の儀】の日がやってきた――――。
白いエレガントなドレスを身にまとい、オディールは神妙な面持ちで馬車に揺られていた。ドレスには公爵家の紋章をあしらった青い刺繍が施され、魔法できらきらと光を放っている。これから自分の一生が決まる。オディールはまるで合格発表に向かう受験生の気分で、落ち着かない気持ちを持て余し、何度も手を組みなおした。
やがて大聖堂のファサードの前で馬車は止まり、従者がドアを開ける。
エンジ色の豪奢な馬車から一歩一歩ゆっくりと降り立ったオディールは、キュッと口を結ぶとファサードを見上げた。
そこには神話をモチーフとした壮麗な彫刻が無数彫られ、その上で天を衝く尖塔は見事と言うほかなく、オディールは気おされてふぅとため息をついた。
「お嬢様、お待ちしておりましたよ」
純白の法衣に黄金の煌びやかな帽子をかぶった小太りの男が声をかけてくる。教皇だ。
教皇はオディールの身体をジロジロと舐めまわすように見ると、一瞬いやらしい笑みを浮かべ、聖堂内へといざなった。
オディールは身体を品定めされたことにムッとし、両腕で胸を隠しながら、無言で教皇についていく。
堂内に足を踏み入れると、ゴシック様式の豪華な装飾が広大な空間を彩り、その美しさに圧倒された。精緻なステンドグラスから差し込む日の光が赤青緑の鮮やかな模様を床に描き、奥には大理石でできた大きな女神像が
うわぁ……。
その美しさにオディールは思わずため息をつく。
教皇に導かれるままに多くの公爵家関係者が列席している間を通り、最前列の席に案内されたオディールは女神像を見上げる。純白の大理石が描き出す、ゆるくふんわりとカールした長い髪に、整った小さな顔、それはまさに転生の時に会った女神そのものだった。
サラリーマンが命を落として今、異世界で神託を受けようとしている。その数奇な運命にオディールは言葉を失い、無言でただ女神の彫像を見つめていた。
「ちょっとあなた……」
いきなり後ろから肩を叩かれ、オディールは驚いて振り返る。
そこには濃い化粧をした大叔母がオディールを不機嫌そうに見つめていた。
今日は予想外に多くの関係者が参列している。それはオディールの持つ魔力が異常に大きいと聞きつけていたからだ。今までにない魔力を持つ公爵令嬢、それは伝説レベルのスキルを
オディールはそんな欲の皮の突っ張った
大きく息をつくとオディールは作り笑顔で聞いた。
「な、なんでしょうか?」
「あんたの神託に我がグランジェ公爵家の未来がかかってるのよ、分かってる?」
つり上がった目をギロリと光らせてオディールを威圧する大叔母。
「分かってますが、自分では選べないですよね?」
引きつった笑顔で返すオディール。
「伝説の【女神に愛されしもの】を引きなさい。最低でも【聖女】よ? 神聖力が出せないスキルは絶対ダメ。分かったわね?」
オディールは無理難題を言ってくる大叔母にウンザリし、あまりのバカバカしさにクスッと笑い、返した。
「もちろん叔母さまは聖女以上なんですね?」
大叔母は一瞬目を真ん丸に見開くと、真っ赤になって奥歯をギリッと鳴らし、鬼のような形相でオディールをにらみつける。
この人は自分の事を利権の駒としか考えていないのだと思うと、オディールは心底ウンザリし、大きく息をついた。
カツカツカツ……。
教皇が靴音を響かせながら登場すると、壇上に上がり、【神託の儀】の開始を告げた。
オディールは肩をすくめると前を向き、教皇を見上げる。
一同起立が促され、パイプオルガンの重響が大聖堂全体を包み込み、讃美歌が始まった。美しい歌声が大聖堂を満たし、心なしか純白の女神像も光を纏って見える。
いよいよ始まる神託の儀、しかし、オディールはいまだに何が正解か分からず鬱々としていた。
もちろん、伝説のスキルをもらえたらまるで神のような奇跡を起こせるだろうし、ここにいる関係者は歓喜に包まれるだろう。しかしそれは国のシステムでガッチリと管理されることを意味し、一生宮殿から一歩も出られないような自由のない暮らしになってしまう。何しろ国の守護神なのだ。万が一のことがあっては国の存亡にかかわってしまう。
果たしてそれは本当に自分の望むことだろうか?
その時、ふとミラーナの顔が浮かび、宮殿暮らしとなればもうミラーナとは一生会うことができなくなることに気付いた。孤児院出身の貧しい少女が国の守護神のお付きの人なんて認められないだろう。
オディールはハッとして、皆が賛美歌を歌う中、口を開けたまま立ち尽くした。
自分が今までつまらない貴族暮らしを何とか我慢できていたのは、ミラーナがいてくれたからである。くだらない社交界の
マズい……。
ここにきてオディールは、このまま流されていてはいけないことにようやく気が付いた。
自分を利用しようとする
『僕らしく生きてやる!』
オディールは意を決してグッとこぶしを握る。その瞳には揺るぎない決意の輝きが宿っていた。
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