9. 最凶【お天気】

「あ、あぁ……、ミ、ミラーナ……」


 美しいミラーナの頬を伝う真っ赤な鮮血はオディールの心に鋭い痛みを刻み、手の震えが止まらなくなる。


 カチッ。


 真っ青になって固まるオディールの頭の中で何かのスイッチが入る。ミラーナを穢したものは全力をもって裁かねばならない。オディールは怒りの炎が体全体を覆っていくのを感じた。


「ゆ……、ゆるさん!!」


 オディールは森に向けてバッと手を伸ばし、美しい金髪ブロンドを逆立てながら全身の魔力を最大限に振り絞る。


「ぐぉぉぉぉぉ! 【風神よ、猛り狂い全てを薙ぎ払えぇぇぇ】!!」


 オディールの身体中から緑色の光の微粒子がブワッと噴き出し、馬車はまぶしい光に覆われる。直後、緑の微粒子は一気に天をめがけ吹き上がり、雲を呼んだ。


 辺りに暗雲が立ち込め、一気に暗くなる。


 やがて、空気が震えだし、ゴゴゴゴゴという地鳴りにも似た振動が森に響き渡った。


 直後、真っ黒な一本の巨大な竜巻が暴風をまといながらすっと立ち上がり、ありとあらゆるものを吸い上げ始める。バリバリっと衝撃音を放ちながら木々は抜き取られ、岩も倒木も軒並み巻き上げられていった。森を構成していた全てが激しい音をたてながら次から次へと空に舞う。


 まるでこの世の終わりのような激甚災害が一帯を飲みこみ、安全距離にあるはずの馬車も激しく揺れ、壊れんばかりにギシギシときしんだ。


 ひぃぃぃ!


 ミラーナはその恐ろしい轟音におびえ、耳をふさいでうずくまる。それはまさに地獄絵図だった。


「まだまだぁぁぁ! 風神よ、猛り狂えぇぇぇぇ!」


 オディールは青き炎をその碧眼の奥に揺らめかせながら叫ぶと、次々と竜巻を追加し、徹底的に蹂躙していく。ミラーナを傷つけた者は絶対に許さない、という激しい怒りがオディールの無限魔力のチートを最大限に引き出していったのだ。


 辺り一帯には竜巻の群れが這いまわり、全てを蹂躙しつくしていく。


 馬車の屋根にも枝や小石が降り注ぎ、激しい衝撃音が車内に響いた。


 きゃははは!


 瞳孔の開ききったオディールは、緑に輝く微粒子に包まれながら歓喜の叫びをあげる。


 明らかにやりすぎだったがオディールは力におぼれ、正気を失いかけていた。


 ミラーナはダッと立ち上がると、そんなオディールに抱き着く。


「もういい! もういいのよオディ!」


 オディールはミラーナのふんわりと優しい香りに包まれ、我に返る。


 え……? あれ……?


 オディールは肩で息をしながら辺りを見回し、辺り一帯がはげ山となっていることにハッとして慌ててスキルを解除した。


 猛り狂っていた竜巻たちはひとつずつ、見る間に空高く消えていく。


 戻ってきた静寂。もはや、馬車の周りには何も残っていなかった。 


 オディールは山賊を探してみるが、見渡す限り荒れ地となっており、山賊どころか草一本見つからない。


「これが……【お天気】?」


 オディールはその凄まじさにブルっと震え、自分の手のひらをじっと見つめた。


 ピロローン、ピロローン、ピロローン……。


 脳に響く電子音、淡い光に包まれる二人。


 二人のレベルが凄い勢いで上がっていく。一体何をどれだけ倒してしまったのか?


 きっと山賊たちも全員殺してしまったに違いない。オディールはもう人殺しだった。


「こ、殺し……ちゃった……」


 オディールはその事実に心臓がキュッと締め付けられる。日本だったら大量殺人犯、重罪人なのだ。


 そんな震えるオディールの隣でミラーナはあっけらかんと言う。


「山賊の証拠があったら報奨金もらえたのに残念だわ……」


「ほ、報奨金!?」


 いきなりお金の話をするミラーナにオディールは驚かされた。


「そうよ? あいつら放っておくとどんどん人を襲って殺すの。オディのおかげで多くの人が助かるのよ。報奨金くらいもらわなくっちゃ」 


「助かる……?」


「あいつらに親を殺された子が孤児院にもいたわ……。でも、孤児院に入れたらいい方、多くはスラム行きなのよ。地獄よ……。オディは貴族様だったからそんなこと知らないでしょうけど」


 ミラーナは孤児院時代を思い出し、悲痛な面持ちでうつむいた。


「そ、そうなんだ……」


 オディールはがく然とした。この世界では山賊殺しは完全なる善行なのだ。らねばられる世界において命の意味や価値は日本とは全く違うということなのだろう。


 オディールは目をつぶり、割り切れない気分で軽く首を振った。



       ◇



 ミラーナに馬車の手綱を操ってもらって何とか隣町までやってきた二人は、教会で傷の手当てをした後、冒険者ギルドで護衛を雇うことにした。やはり若い女の子の二人旅は不用心すぎる。襲われるたびにはげ山を造ってはいられないのだ。


「こんにちはぁ……」


 石造りの重厚な建物の木製ドアをギギギーときしませながらゆっくり開け、オディールは中をのぞきこむ。もわっとたばこの煙が漂ってきてオディールは思わず顔をしかめる。


 室内には年季を感じさせる茶色のタペストリーが高い天井から垂れさがり、緩やかに揺れる魔法ランプの光に照らし出されていた。冒険者の寛ぎの空間となるロビーは手前に配され、奥の方にはカウンターが見える。


 ロビーにはダンジョン帰りの若い冒険者たちがたむろっており、ちょっと近づきがたい。二人は目立たないようにそっと歩いてカウンターを目指した。


 カウンターにはブラウンの髪を編み込んで、ピチッとしたシャツにエンジのジャケットを着た受付嬢が背筋を伸ばして座っており、笑顔で迎えてくれる。


「いらっしゃいませ、どういったご用ですか?」


「あー、護衛を一人頼みたいんだよね。二人で旅しててさ、物騒なんだよ」


 オディールは辺りを気にしながらそう伝える。


「護衛……ですか? どういった方がいいですか? 剣の腕が凄いとか……」


「あ、全然弱くていいんだ。気が良くて見た目が厳ついのがいいね。変な奴が絡んでこなくなるようにしたいんだ」


「よ、弱くて……いい? いや、女性二人だったら強い方が……?」


「大丈夫! こう見えて僕ら最強だからさ」


 オディールはニヤッと笑う。


「皆さんそうおっしゃるんですよね……」


 受付嬢は渋い顔で首を振り、ため息をついた。


「本当だって! 僕の一言でこの街くらいドバーッと押し流せちゃうんだから」


「はぁ、それは凄いですね……、で、護衛ですよね……、うーん……」


 受付嬢はオディールの話をさらっと流すと、ファイルを取り出して候補を探し始める。


 本気にされなかったオディールは口をとがらせ、ミラーナを見た。


 ミラーナは苦笑いをしながらポンポンとオディールの背中を叩く。こんな華奢な女の子が『最強だ』と言っても誰も信じてくれないのは仕方ないのだ。


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