3. イカしたお天気

 讃美歌が終わり、緊張感のある静けさが大聖堂を包んだ――――。


「オディールよ、ここへ……」


 女神像の下に呼ばれるオディール。いよいよ神託が下されるのだ。


 女神像の前でひざまずくと、オディールは思いのたけを込めて必死に祈る。


『女神さま! 外れスキルをください! ミラーナと一緒に自分らしく生きられる、とびっきりイカした奴をお願いします!!』


 オディールは生まれて初めて、情熱的な信念を持って理想の人生を願った。それは目指すものがなく、ただ流れに身を任せてきた前世とは、驚くほど対照的な強烈な決意であった。


 その決意に呼応するように女神像から祝福の光の筋が降り注ぎ、オディールを神々しく明るく照らし出す。大聖堂は神聖なるステージと化したのだ。


「おぉぉ……」「こ、これは……」


 列席者のどよめきが大聖堂内に響きわたる。


 目をギュッとつぶり、強い想いを込めながら祈るオディールの身体は黄金色の光の微粒子の渦に包まれていく。


『外れを望むか……、面白い。なんじの覚悟、見せてもらおう……』


 耳元で女神がささやく声がした。


 オディールを包んでいた無数の光の微粒子がパァッと激しい閃光を放ち、カランカランとどこからか鐘の音が響いてくる。


 【神託の儀】でこんなことが起こったのは初めてだった。


 出席者たちは驚きに打ち震え、神聖な奇跡に目を奪われる。


 やがてオディールを包んでいる光の微粒子が、まるで湯気のようにゆらゆらと立ち上ると女神像の上の方で形を作っていく。


 一同が固唾を飲んで見守る中、文字が浮き上がってきた。


 やがてくっきりとした三文字が浮かび上がり、そこには、


『お天気』


 と、書かれたのだ。


「え……?」「は?」「何……これ?」


 一同、目を丸くしてその見たこともないスキル名に言葉を失う。


 普通、スキル名とは【精霊に愛されしもの】や【魔を退けるもの】といったような機能の想像できる名前がついている。しかし、【お天気】というのは何を意味しているのかよく分からないし、こんなスキルをもらった者など誰も聞いたことが無かったのだ。


 オディールは自分だけに見えるステータスウィンドウを開き、


『雨、雲、雷、風など天候を操るスキル』


 という、説明を見てニヤッと笑う。それは天変地異すら起こせる、まさに神のような強大なスキルに見えたのだ。


 しかし、出席者は一様にガッカリとし、パラパラと帰路につくものも出る始末。王家に重用されるには神聖力を出せるスキルが必須だったのだ。


 そもそも台風も豪雪もない穏やかな気候のこの国では、天候を操れることの意味が全く分かっていないようである。


 公爵は慌てて教皇のところへ行くと、説明を求めたが、教皇も前例がないと首をひねるばかりで返答に窮している。


 公爵は怒鳴り散らし、親族たちも教皇に詰め寄って騒然とし始めた。


『さすが女神様、絶妙なラインを突いてくれている』


 希望通り外れスキルを得たことになったようで、オディールは思わずニヤッと笑った。これでミラーナとは離れ離れにはならなくてすみそうだ。


 オディールはグッとガッツポーズをする。その輝く瞳には未来への希望が満ちていた。清々しい笑顔で女神像に一礼すると壇上からひらりと飛び降り、出口を目指す。


「オディール! 待ちなさい!」


 公爵は叫んだが、オディールは振り返りもせずにそのまま外へと飛び出していった。


 石畳の道を駆けながらオディールはスッキリとした気分でピョンと跳び上がる。


「ヤッター! きゃははは!」


 権力の虜となっていた魑魅魍魎どものかせから解放された喜びに、オディールの心は晴れ晴れと澄み渡っていた。


 バラの甘く華やかな香りが脇の庭園から立ち上り、まるで未来を祝福しているようにオディールを包みこんだ。



    ◇



 その夜、オディールは青を基調とした可愛いフリルのドレスに身を包み、王子主催のパーティに来ていた。


 外れスキルを得たことはもう王子も知っているだろう。きっとロクなことにならないと、オディールは出席を渋ったが、ミラーナに『例えそうだとしても出席するのが令嬢の務めです』ときっぱりと言い切られ、嫌々ながら会場までやってきたのだ。ミラーナにそこまで言われては出る以外ない。


 夕闇がせまる中、微かに揺れ動く魔法のランプが白亜の宮殿を幻想的に照らし出している。この地で最も絶賛される宮殿の華やかさに、オディールはふぅとため息をついた。


 宮殿のボールルームの窓からは、煌びやかなドレスを身に纏った貴族の令嬢たちが賑やかに談笑する様子が垣間見れる。


 あの中でうまく立ち回らなくてはならない、それはサラリーマンの処世術しかもたないオディールには極めて憂鬱な難問だった。しかし、ここまで来て引き返すわけにもいかない。


 オディールは深く息を吸い込みグッとこぶしを握ると胸を張り、女の戦場へと自らバーンとドアを勢いよく開けた。


 すかさず集まる視線……。


 オディールは会場を見渡し、ニコッと笑うと、ツカツカとヒールを鳴らし、何食わぬ顔で入っていった。


 ザワっと会場がどよめく。


 王子の婚約者である公爵令嬢は外れスキルだった、という情報はすでに全員に知れ渡っているようで、みんな眉をひそめながらチラチラとオディールの方を見てくる。


 いつもなら、いい関係を築こうと田舎貴族の娘たちがオディールの周りに集まってくるのだが、今日は誰もやって来ない。現金なものである。


 そんな針のむしろのような状況ではあったが、オディールは逆に踏ん切りがついてどこかスッキリとした気分だった。自分には女神からもらった最強のスキルがある。そう思うだけでどんな状況になっても道は切り開ける気がしたのだった。


 クスッと笑い、ウェイターからリンゴ酒シードルのグラスを受け取るオディール。


 シュワシュワとするリンゴ酒シードルのさわやかな刺激を感じるうちに、果たしてどういう展開になるのかオディールは楽しみにすらなってきた。


 その時だった。


 パッパラー!


 儀仗ぎじょう隊のラッパが高らかにボールルームに響きわたる。

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