第9話
もしも、万が一安田との関係がうまくいけば、久美はさっさとこの会社をやめるつもりなのかもしれない。
そんなことを考えていた時だった。
ドアが開いて戸田が入ってきた。
久美は咄嗟に安田から離れ、自分の席へ向かう。
女性の上司を自分の手の中に落とすことは難しいと、久美もちゃんとわかっているようだ。
「どう? 進んでる?」
「はぁ……まぁまぁです」
戸田からの質問に安田は頭をかきながら曖昧に答える。
もうひとりの仲間も困った表情だ。
久美のせいで話が中断してばかりで、ほとんど進んでいないのが現状だった。
「どうしたの? 困ってることでもあるの?」
「それが……」
澄恵は呟き、つい視線を久美へと向けていた。
聞き耳を立てていたのであろう久美は完全に仕事をする手が止まっていて、視線を向けた瞬間うつむいた。
その様子に戸田は何かを感じ取ったように大きくため息を吐き出し、久美へとあ踏み寄っていく。
「あなたはその程度の仕事もまだできないんですか?」
厳しい口調の戸田に久美の体がビクリと震える。
「で、できます!」
あの久美が背筋を伸ばし、怯えた表情になった。
「あなた、この会社に来て5年目よね? 今やっている仕事は入社してすぐに覚えているはずですよ?」
「はい……」
入社してすぐに今井と関係を持っていたらしいから、なにも覚えていなくてもおかしくはなかった。
久美は悔しそうに下唇を噛みしめている。
「あなたは女性社員からの評判もよくないみたいね」
「あ、それは違いますぅ! みんな、私のことを妬んでるんです!」
久美はパッと顔を上げて言った。
その口元は含み笑いを浮かべている。
「妬む?」
「はい。久美は可愛いし、男性社員からの人気が高いから、女子たちは気分が悪いみたいでぇ」
クネクネと体をくねらせて言う久美。
戸田に向かってよくそんなことが言えたものだと、安田たちも呆れ顔だ。
久美なんて無視して、早く仕事の話へ戻ろう。
そう思った時だった。
バンッ!と音がして振り向くと、戸田が久美の机に書類の束を置いたところだった。
大きな音に久美は驚いて目を丸くしている。
「あなたはなにを言っているの? これだけの書類を自分の後輩に押し付けていたくせに?」
戸田の言葉に久美がうろたえる。
その視線は助けを求めて空中を彷徨うが、久美に加勢する社員はいなかった。
「そ、それは……」
「残念だけど、この会社の中であなたは一番の役立たずよ。それに、男性社員から人気だと自負して恋愛ばかりにかまけているようだけど、どうして結婚しないのかしら? あなた、いいように遊ばれて、本気にされてないからじゃないの?」
戸田の容赦ない言葉に久美は黙り込んだ。
「恋愛も仕事もなにもかも中途半端なのは自分でも嫌でしょう? だったら、真面目に働きなさい!!」
戸田の言葉に澄恵の心のつっかえがスッと軽くなったのだった。
「それにしても戸田さんのおかげでスッキリしたよなぁ」
無事にプロジェクトが終わって打ち上げの日。
風が冷たくなってきた公園を歩きながら、すっかりできあがった安田が赤い顔をして言った。
「ほんとそうだよね。あの時の京野さんの顔、みんなにも見せたかった」
アルコールが入っている澄恵がクスクス笑って頷く。
もうひとりの仲間は妻子持ちなので、早々と帰って行ってしまった。
「でも、そのおかげで邪魔が入らなくなって、こうしてプロジェクトが無事に成功したんだよ」
安田はそう言うと木製のベンチに腰をかけた。
「そうだね」
澄恵は頷きながら安田の隣に座る。
おしりに当たるベンチは少し冷たいけれど、アルコールで火照った体にはちょうど良かった。
「寒くない?」
「大丈夫」
澄恵は頷く。
夜風に当たって少し酔いがさめてきたせいか、安田と2人きりであることに緊張してきてしまった。
その時だった。
ベンチに置いていた手と手が一瞬触れた。
「ご、ごめん!」
小指同士が少しふれただけなのに、2人同時にパッと手を離す。
少し意識しすぎだと思っても、胸のドキドキは隠せない。
「だ、大丈夫だよ」
澄恵はそう言って笑ったけれど、うまく笑えている自信がなかった。
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「あのさ、プロジェクトは終わったけど、またこうして2人で飲みに来たいな」
安田の頬が赤いのは、お酒のせいか、それとも……。
「も、もちろん」
澄恵は恥ずかしくて安田の顔もまともに見ることができなかった。
安田はさっき触れ合った手を伸ばし、澄恵の手を握り締めた。
ぬくもりが澄恵へと伝わってくる。
全部を言葉にしなくても、2人の気持ちが通じ合った瞬間だった。
(やった!!)
澄恵の脳裏に久美や美穂や文音の悔しがる顔が一瞬浮かび、そしてすぐに消えて行ったのだった。
END
ぶりっ子OLのざまぁな結末と、私と彼の恋模様 西羽咲 花月 @katsuki03
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