第1部最終回 今年もガチでよろしく頼むよ!?

【稲荷家コガネの日記帳より】


■嘉永3年。1月1日

 今年も無事にお正月を迎えられました。江戸へ来てからははじめてのお正月です。初日の出を拝んで若水わかみずを飲んでから寝ようとしたら、カナさんから「初詣に行こうよ」と誘われました。


 そういえば、最近は二日にお参りに行く習慣が江戸の街で流行っているらしいです。カナさんがやってきた未来の江戸(本当は東京って名前になっているってこっそり教えてくれました)では、1月1日にお参りに行くのが普通になっているんだそうです。


 元日にお出かけなんてしても面白いことは何もないですし、神様だって元日ぐらいはゆっくりされていると思うのですが、未来の風習と言うからにはきっと何か理由があるんでしょう。


 付き合って初詣に行ってみたのですが、肝心のカナさんは「屋台のひとつもない!? というか人っ子一人いない!? 一体どうなってんの!?」と文句を言っていました。


 うーん、元日から働く人なんていないと思うのですが、未来の日ノ本は1年中休みなしだったのでしょうか? そう考えると、カナさんがやたらとあれこれやりたがるのもわかる気がしました。


■1月2日


 眠りから目覚めたように、早朝から江戸の街が活気づいています。最近はすっかり慣れっこになっていましたが、この騒々しさが江戸の街の色なんですね。私も修行をがんばらなくちゃって気持ちになります。


 行商から買った小鰭コハダのお寿司を食べながら、カナさんと一緒に街を歩いていると遠くから賑やかな演奏が聞こえてきました。豊作を願う鳥追とりおいの人たちですね。実家の方では子どもたちが主役でしたが、江戸では大人の女太夫が数人連れでやっているようです。三味線や胡弓を弾きながら歌っています。


♪あの鳥ャどっから追ってきた

♪信濃の国から追ってきた

♪何もって追ってきた

♪柴抜いて追ってきた

♪一番鳥も二番鳥も

♪飛び立ちやがれホーイホーイ

♪ホンヤラホンヤラホーイホーイ


 思わず楽しくなって体を揺らしていると、カナさんが「正月から辛気臭え!」なんてことを言いながら三味線を奪い取り、すごく騒々しい曲をかき鳴らし始めました。


 商店の店先にある空樽を叩いたり、異国の言葉で歌い出したりとやりたい放題です。しかし、これもまたなんだか楽しくなって、体が自然と揺れてしまいます。気がつけば、大勢の人たちで囲まれて、手拍子や掛け声がはじまっていました。


「アスタラビスタ! ベイビー! これがロックだぜっ! 江戸っ子だったらわかるだろう? さあ、おひねりは弾んでくれや!」


 カナさんはそう言っておひねりをせびって小遣いを稼いでいきました。カナさんは何でもできてすごいなと思いますが、正直に言うと才能を無駄遣いしているんじゃないかって気がします。


■1月3日


 元日は寝正月。2日は江戸観光とすっかり遊んでしまったので、私たちも今日から仕事始めです。


 カナさんは「えっ、まだ3が日だよ!?」となぜかびっくりしていました。なんでも未来の江戸では3が日はゆっくり休むものだったそうなのですが……うーん、未来の人は忙しいのかのんびりしているのかわかりません。そもそも、カナさんが本当のことを言っているとは限らないからなあ。いや、法螺を吹いている可能性の方がずっと高い気もする……。


 渋るカナさんのお尻を叩いて、寄せ場に行って姐さんから仕事をもらいます。いつものマシラオニ退治だけど、カナさんと組むことでずっと捗るようになりました。私の法術は「しょせん水芸」だなんて馬鹿にされることが多かったのに、カナさんはすごいすごいと褒めてくれるのが嬉しいです。……いや、もっと修行をしてたくさんの法術を修めなくっちゃいけないんですけど。


 あぜ道の霜柱をざくざくと踏みながら、カナさんと肩を並べて歩きます。すると、少し先を歩いていたカナさんが突然振り返りました。


「あ、言い忘れた。旧年中は大変お世話になりました。今年も1年よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げるカナさんに、思わずくすくすと笑ってしまいます。


「いやいや、マジだからね!? 今年もガチでよろしく頼むよ!?」

「はいはい、わかりました。私こそ、旧年中は大変お世話になりました。今年も1年よろしくお願いします」


 私もぺこりと頭を下げて、再びあぜ道を歩き出します。カナさんは掴みどころのない人だけれども、一緒にいると妙に楽しいです。今年も1年よろしくお願いしますと、心の中でもう一度つぶやきました。




※若水:江戸では1年の最初に井戸から汲んだ水のことを指す。これを飲むと寿命が伸びるなどといった俗信があった


※初詣:現代では1月1日に大きな神社を詣でるのが普通になっているが、これが当たり前になったのは明治中期頃かららしい。それまでは2日頃から、氏神を祀っている神社にお参りに行ったのだそうだ。いまでも初詣は近隣で氏子になっている神社へ詣でる人は多い気がする。


※小鰭の寿司売り:コハダの寿司の行商が江戸の正月の名物だった。押し寿司を箱に詰めて、それを大量に重ねて肩に載せて売り歩いていた図が残っている。なぜ正月の縁起物とされたのかはよくわからない。「コハダは出世魚であるため」という説がネット上では優勢なのだが、確たる典拠を示したものが見つけられなかった。とくに武家ではコハダの別名であるコノシロを食べることが、「この城を食う」と謀反のように捉えられるため嫌われたなんて話もある。まあ、美味しいし江戸湾でたくさん獲れたから色々理屈を後付けしたのではないのかなと個人的には想像する。


※鳥追:一部地方では今も続いている行事。害鳥を追い払い五穀豊穣を願うものだったが、その文化が江戸に入って芸能めいたものに変化したようだ。


――――――――――――――――――――――


 作者より:1日遅れになりましたが、あけましておめでとうございます! 10万字も過ぎたところでキリがよいので、本作はここで一旦【第一部完】と区切りをつけさせていただきます。1ヶ月ほどの連載でしたが、お楽しみいただけたでしょうか? 楽しんでいただけたなら、お年玉ということで★などいただけると幸いにございます。


 例によって新作の準備をしておりますので、よかったら作者フォローをしてお待ちいただければと思います。いま構想しているものとしては、ぶっ飛んだ異世界ファンタジーになる予定です。


 それでは、本年もよろしくお願いします!

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